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「馨……」
起こさずに眠ろうと思ったが、着替えさせているうちにどうにも我慢が出来なくなった。
キスをしたら触れたくなって、触れたら声が聞きたくなって、あっと言う間に馨は下着姿。
眠っている女相手に欲情するなんて、変態かよと思いながらも、止められなかった。
「馨……?」
反応のないキスは物足りない。
下着を脱がせて全身に口づける。
「ん……」
馨が息を漏らし、身を捩る。眠っていても身体は正直で、物欲しそうに雫を溢れさせた。
イケナイことをしていると思うと、いつになく興奮する。
マジで変態じゃねーか……。
「馨」
今度ははっきりと、彼女を起こそうと呼んだ。瞼がギュッと締まり、ゆっくりと開く。
「ん……」
「シていいか?」
「な……に……」
寝惚け眼の馨は突然唇を塞がれ、苦しそうにもがく。
「やっ——、なに……」
「大丈夫。ちゃんと濡れてるから」
馨の足を肩に乗せて、勢いよく挿れる。
「ひゃあっ!」
馨の身体が大きく仰け反り、キュウッと締め付ける。
俺は身震いし、歯を食いしばって快感を味わい、大きく息を吸い込んだ。
セックスは好きだ。気持ちいい。
けれど、我を忘れるほど夢中になったことはない。
いつもどこかで女の反応に合わせて加減したり我慢したりしていた。そうすることで、俺は余裕をもって女を悦ばせられたし、そういうものだと思っていた。
それが、馨相手には余裕のよの字もなくなる。
四六時中触れたいし、一度では足りないし、俺なしでは息も出来ないほど溺れさせたくなる。
『馨ちゃん好きすぎて腑抜けになったの?』
姉さんの言う通りだな——。
『そんなんじゃ婚約解消されちゃうわよ』
させるかよ——。
「ま……って……」
馨が息も絶え絶えに訴える。
さっきから何度もイッているのに、絶え間なく揺さぶられて、ふっと反応が途絶える。そして、快感に目を覚まし、またイく。
「も……う……。勝手に出て行くとか……許さないからな……」
返事の代わりにきつく締め付けられて、俺は絶頂と共に馨をきつく抱き締めた。
*****
夜通し抱き合った。
「もう……だめぇ……」
涙を浮かべてそう呟かれると、もっと啼かせたくなった。
俺の腕の中にいる今だけは、ただ快感に身を任せて欲しかった。
馨を悩ませる全てのことから、解放してやりたかった。
俺自身も、馨の熱以外の何も感じたくなかった。
「これ以上したら、また家出するから」
背を向けた馨にそう言われて、俺はようやく理性を取り戻した。
気を失うように眠りについた馨の身体をタオルで拭いて、パジャマを着せた。
俺は熱いシャワーを浴びて、馨の隣に戻った。
目を覚ますと太陽はすっかり傾いていて、馨に叱られた。
「家出なんかした罰だ」
俺が開き直ると、馨は口を尖らせた。
「しばらくシない」
「するよ」
「しない! 腰も足も痛い!」
嘘じゃなかった。
ベッドから出ようとした馨はフラフラで、しきりに腰を押さえていた。
「悪かったよ」
「本当にそう思ってる!?」
「思ってるよ」
「じゃあ、なんで笑ってるの!」
他愛のない会話が楽しくて、思わず顔がニヤける。
「そもそも! 雄大さんが隠しごとするから——」
言いかけて、やめた。
気まずそうに視線を逸らす。
「腹減ったな……」
俺はスマホを手に取った。
「ピザでも頼むか」
ピザを二枚とフライドポテト、サラダをネットで注文した。夕飯時には少し早く、三十分で到着すると表示された。
ピザを待つ間に馨はシャワーを浴び、俺はコーヒーを淹れた。
二人でピザを平らげ、後片付けをして、何となく会話が途切れて、俺は覚悟を決めた。
「これ、書いて」
馨の前に用紙を広げる。
「これ……」
馨が驚いて俺を見上げた。
婚姻届。
『妻になる人』の欄以外は記入済み。
俺が記入するのに使ったボールペンを、差し出す。
「全部話すから、書いて」
「けど——」
「頼むから」
「雄大さん!」
俺は馨の横に跪いた。彼女の手を取り、ペンを握らせる。
「今すぐ出したりはしないから」と、諭すように言う。
「書いて」
縋る思いだった。
何の保険もなしに馨に話せば、きっともう書いてもらえなくなる。
「頼む」
馨が欲しい。
馨にどんな秘密があっても、俺の両親に反対されることがあっても。
馨は困った顔で首を振る。
「馨。俺の両親のことを話せば、お前は本気で婚約を解消すると思った。それだけは、嫌だったんだ」
「わかってるなら——」
「俺は、馨と結婚したい」
「……無理だよ」と呟いた馨の目には、涙が浮かんでいた。
「無理じゃない」
「無理だよ!」
「馨」
俺は彼女の涙を指で拭った。
「俺が結婚したいと思うのは、お前だけだよ——」
馨を追い詰めるようなことはしたくなかった。
けれど、時間がない。
『暁不動産を抱えたら、立波リゾートは無事じゃ済まないでしょうね』
姉さんの言葉を思い出す。
「馨、頼む」
馨の決断を、祈る想いで待った。