(何だよ。運命の相手かって……)
朔蒔の言っていることが理解できなかった。でも、身体が、何故か拒絶反応を起こしているのだ。逃げろ、って。そんな声が聞えてくる感じだった。
蝉の声は、花火の音に掻き消されて、夜空にさく、ほんの一瞬だけ、あたりが静寂に包まれるのだ。時が止ったような、そんな感覚がした。
「箱詰めバラバラ死体」
「……っ」
「星埜のママンの死体って、そうやっておくられてきたんだろ?」
いきなりの発言に俺は、驚きを隠しきれなかった。
そもそも、俺の母親のことは、朔蒔には話していないはずだった。嫌な汗が流れる。場は一気に凍りついて、俺は息をするのもやっとだった。
そんなわけない、ともう少しで答えを出しそうな頭に、ストップをかける。出すなと、気づくなと。
「楓音ちゃんの妹も、楓音ちゃん一家も、そうやって箱に身体がバラバラの状態になってつめられていた。本当に綺麗に収まるように、細かく刻んで。どうやって刻んだと思う?」
「……さっきから何言ってるんだ。朔蒔」
「答えは、鉈、サバイバルナイフ、糸鋸、あと何だったかな……ハンマーで骨砕いてたかも」
「うっ……」
思わず、嘔吐いてしまい、俺はその場に足をついた。想像するだけで、吐き気が込み上げてきた。それを淡々と語る、朔蒔を見ていると、俺と同じ人間じゃないと思えてくる。いうならば、俺の母さんを殺した、楓音たち一家を殺した狂気的犯人のように。
「まあ、でも、あれか……彼奴、骨はそのまま綺麗に保存したいとかいってたな。そんなの、どーでもいいけど」
「朔蒔」
「何?」
「やめろ」
「何を?」
いっている意味が分からないというように、朔蒔は俺を見る。その目は冷たくて、感情がそぎ落とされていた。それが、さも当たり前であるかのように。
狂っている。
その言葉が、ぴったりだった。狂気に満ちあふれた殺人鬼、マッドサイエンティスト、心のない殺人兵器……みたいな。フィクションの世界にだけ存在する、たちの悪いヴィラン。今の俺には、朔蒔がそう見えてしまった。好きな人なのに、恋心を始めて抱いた人のはずなのに。どうして。
「星埜、俺の事受け止めてくれるっていったんじゃなかったの? それとも嘘?」
「嘘……じゃない。けど、俺は、お前がいってること……理解、出来ないから」
「本当に?」
「……」
「星埜は、見たくないだけだろ。俺と向き合いたく無いだけ……つか、気づいてるだろ。ここまでいったら」
嫌だ、と全身が拒絶する。
それを認めてしまったら、つまり……だって、そういうことになる。
ある意味運命。本当に最悪な。
「ママンは、クズのために、俺の為に、夜の仕事してる。何だっけ、水しょーばい? まあ、いいや。名前なんて。んで、クズは、人のこと殺して箱詰めにする殺人鬼。星埜のママンと、楓音ちゃん殺した、殺人鬼だよ。星埜の父ちゃんが追ってる殺人鬼。俺の、父親」
と、朔蒔は、俺が聞きたくない言葉を言い切った。
俺は、その場で崩れ、耳を塞いだ。何も聞えない。遠くで、花火の音がかすかに聞えただけ。
何でこのタイミングでいったんだ? 俺が、此奴に告白して、それで、答えを聞くだけだったはず……でも、朔蒔は。
それをいった上で、俺が朔蒔を受け入れられるか、試したのだと。
「星埜、前にいっただろ。俺……カエルのこはカエルになるのか。医者の子供は医者になるのか。どう思う?」
「……」
「俺は、星埜が大嫌いな悪で、ヴィランで。星埜は正しくて、正義で、ヒーローで。俺の事、本当なら、大嫌いな筈じゃん」
「俺は」
「俺も、星埜のこと大好き。愛してる。運命だって思う。でも、運命ってさ、いいことだけじゃねェだろ。それ、星埜も分かってる」
「黙れ」
否定するつもりはない。けれど、受け入れられなかった。
朔蒔の言いたいことが分かってしまった。そして、俺は、正さなければならないと少しでも思ってしまった。間違っていると、声を大にしていいたかった。でも、俺は、本当に此奴が間違っているのか、此奴が悪いのか分からなかった。荷担しているならまだしも。此奴は――
「星埜、俺は、星埜を悲しませた、星埜たちが憎む殺人鬼の息子。それでも、星埜は俺の事愛してくれる? 今みたいに、好きって、正面からいって、俺を受け入れてくれる? 一緒に堕ちてくれる?」
「……」
懇願か。悲痛な叫びに聞えてしまった。
きっと、朔蒔は何もやっていない。でも、殺人鬼の息子というレッテルが彼に貼られてしまって、俺が張ってしまって、真っ直ぐ受け止められなくなってしまった。悪いことは何一つしていないのだろう。でも、俺は知っているんだ。朔蒔の中に凶暴な、殺人鬼の息子の血が流れていることを。だからこそ、俺は、そのまま受け止められなかった。
それを認めてしまえば、俺の中の何かが崩れる気がして。
俺は、殺人鬼の息子の琥珀朔蒔を、受け止められない。
「星埜、今じゃなくていーし。星埜にとって、仇の息子な訳じゃん、俺。だから、良いよ。無理するぐらいだったら、俺の事好きじゃなくても良い」
「……」
「だって、星埜だって、知ってんじゃん。俺が、すぐに暴力に訴えかけるとことか、理性が無いところとかさ。それに、たまに、星埜のこと犯してると思うんだよなァ……その細い首を絞めたら、殺せちゃうのかなっとか」
そういって、朔蒔は口角を上げ、興奮したように、俺を見た。
その目は、俺の知らない狂気が宿っていて、俺の中で何かが崩れるような音がした。
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