大丈夫? と心配される。
夏休みが明け、学校が再開した。いつも通り、誰もいない家にいってきますといって、家を出る。作った弁当は、殆ど冷凍食品。夏服はすぐに汗を吸い込んで臭くなる。蝉の声は煩い。何も変わっていない日常……でも、変わってしまった俺。
クラスメイトに、顔色が悪いだの、保健室に行くだの心配されたので、無理矢理にでも笑顔を作る。そうすると、クラスメイトは、これ以上言わない方が良いのかとそっとしておいてくれる。その気遣いに感謝しつつも、クラスメイトも、楓音の話をちらりと耳にして……いや、もうテレビで報道されているから知っているだろうが、落ち着かない様子だった。夏休みが一ヶ月くらいあっても、その一ヶ月で、クラスメイトを失った穴が埋まるわけもなかった。
空席。それを見て、俺は何を思ったか。
いや、空席は一つじゃない。
(朔蒔……来てないな)
あの夏祭りのあと、俺はどうやって家に帰ったか分からない。でも、家に帰ったら父さんがいて「心配した」なんてガラにもないこと言って、俺を抱きしめた。その時、やっと、俺の事見てくれたのかと喜べれば良かったのだが、俺は、それよりも辛いことがあって放心状態だった。父さんには、ホットコーラを出され、差し出された甘い黒い液体を見つめ、俺は、父さんの方を見た。
父さんは嬉しそうに、殺人鬼の尻尾が掴めそうなんだ、と言っていたような気がする。そこで、父さんは何も変わっていないんだな、と落胆した。
結局は、それだった。
心配してるなんて言葉が、嘘に聞えてしまった。
もう何を信じれば良いか分からないと。
(父さんは……それが正しいって思ってるんだろうな……)
何が正しい? そんなの人それぞれだといわれれば、人それぞれだ。でも、父さんは、俺の事なんて眼中にない。父親としたら、最悪の人間なのだ。
「はあ……」
ため息を漏らすことしか出来なかった。
授業が始まっても、全て上の空。明日にテストを控えているのに、テスト勉強をする気にもなれない。自分のためだとみている単語帳も、ただの字の羅列にしか見えなかった。何にも身が入らない。身体がそこにあるだけで、魂は別離してしまっているようだった。
頭に浮かんだのは、勿論、あの夏祭りのことで……
(俺は……答えを、出せなかった)
答えを出せなかったことだけは、はっきりと覚えている。朔蒔の告白を受けて、俺は、それを受け止めるだけで精一杯だった。いや、受け止め切れていないから、こうやって悩んでいるんだろう。
朔蒔の告白。最悪の告白。
でも、あのタイミングしか、朔蒔にはなかったんじゃ無いかと思った。あのタイミングを逃せば、形だけの恋人になっていたかも知れない。恋人になれなくても良いけれど……思いだけは、どうにか伝えたかった。この思いも、所詮は薄っぺらい紙だったと。
朔蒔の言う運命と、俺の言う運命は違うとそう実感した。
朔蒔は全て分かった上で、勘付いた上で、運命といっていたのだろうか。確かに、思い出せば、出会った当初、言った気がする。というか、度々、無意識のうちに朔蒔に言っていた気がする。こんなに忘れっぽかったっけ。なんて、思いつつも、問題はそこじゃなくて、今回の……楓音の問題が上がるまで、朔蒔は何も言わなかったということだ。いうタイミングは合ったはずなのだ。まあ、内容がないようなだけに、話せはしなかっただろうが。
朔蒔の中で、楓音という存在が大きくて、彼を動かして、俺の告白をスイッチに、朔蒔はあの大告白をしたと。
「医者の子供は医者になる……のか」
以前問いかけられた時と、今回その問いかけを出されたときでは、あまりにも重さが違うと思った。俺は、あの問いを軽く考えていた。でも、ずっと朔蒔はあの問題を重く考えていたのだ。自分の中に流れる殺人鬼の血を感じながら。
それをいうのであれば、警察の子供である俺は警察になるのか。と、そういう問題にも繋がるわけで。
(答えのない問いに、めっぽう弱いんだな……俺)
今までは答えがあった。数学にも理科にも、国語にだって答えはあった。でも、今回の問いに対しては、そんな決められたものじゃなくて、決められていないからこそ、答えが出せないものだ。今重要視されている思考問題。そんな、簡単な言葉で表せるほどのものでも無いけれど。
だからこそ、俺は答えを出せなかった。
俺は医者の子供は医者になるのか、を体現してしまいそうな男だったから。憧れたから、正義があるから、父の背中を見て育ったから、警察になりたい。俺には、父さんと同じ正義の血が流れているんだと。
ならば、と、考えてしまう。
「……クソ」
拒絶があった、でも確かに、好きという気持ちはまだ俺の中にあった。葛藤して、矛盾を運で、ぐちゃぐちゃになってまとまらない。自分が自分じゃないみたいだった。何を導き出したいのか、それが分かっていない状況。いうなれば、問いに対してまず、式すら出せていない状況だ。
(朔蒔……朔蒔)
けど、彼奴の顔が離れない。離れてくれないから。
だからこそ、俺は――
帰りのホームルームが終わる。「起立、礼」の号令にあわせ、立ち上がり、俺は教室をあとにした。朔蒔のことを悩みながら、ある場所に向かうために、足を進めた。いつもよりも、足取りが凄く重かった。
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