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夜空は深く、校舎の屋根を越える霧が冷たく光っていた。
昇降口の前で、七人は最後の瞬間を迎えていた。赤い文字はまだ扉に浮かび、放送は無情に時間を刻んでいた。
「真綾……本当に自分で決めるの?」
菜乃花の声は震えていた。指はわずかに鍵の柄に触れている。
真綾は小さく首を振り、でも笑おうとして顔をゆがめた。
「わたし……ずっと、みんなといるために勇気を出す。それが——」と言いかけて、声が止まる。
そのとき、理沙がゆっくりと一歩前に出た。彼女の目はいつになく静かで、しかし何か決意の火が宿っていた。
「待って。真綾、あなたが自分を責めないで。私が残る。」
場の空気が凍りつく。誰もが理沙の顔を疑いの目で見た。理沙は冷静な分析を続ける少女だったが、今はそれを越えた何かがある。
「理沙……?」
穂乃果が喉の奥から出すような声で呼ぶ。
理沙はゆっくりと説明した。声は低く、抑えられている。
「このゲーム——仕掛けた“何か”は、犠牲者を“保持”する。肉体の終わりではないかもしれない。だが、ここに囚われたままでは確かに“消える”。私はずっと考えてた。もし犠牲が必要なら、ただ捨てられる“誰か”であってはならない。残るのは、代わりに“戦える”存在であるべきだと。」
「戦うって……?」
香里が眉を寄せる。
理沙は小さな紙片を取り出した。それは旧校舎の設計図と、学校にまつわる古い記録のコピーだった。理沙は先の試練で得た断片を組み合わせ、ここに至るまでの全体像を暗号のように紡いでいた。
「この学校は“保持”のために、外の世界と接点を切る術を持っている。鍵を動かすための“犠牲”はその接点のコントロールを一時的に外す。だがもし残る者が“内側”で仕組みを逆手に取れれば、外へ出た者たちが後で再びここを開く手掛かりを残せる。要するに——私が残れば、みんなが帰ってから、ここを破る方法を探せる可能性が高くなる。」
言葉は冷静だが、その裏にあったのは仲間への深い愛情と責任だった。理沙は自分の胸に手を当て、静かに続ける。
「わたしは逃げられないタイプじゃない。ここで情報を留め、ここで“何か”と折り合いをつける。みんなは外で生きて、理沙のいない世界を生きてほしい。それが——わたしの選択。」
真綾は唇を震わせ、菜乃花はその手を強く握った。穂乃果は怒りと悲しみが交差する表情で理沙を見た。
「そんなの、無茶だよ! ひとりに押しつけるなんて――」穂乃果が言いかけたが、理沙は首を振って制した。
「押しつけるつもりはない。私が選んだの。私が、今まで“計算”してきたことの責任も取る。」
放送が最後に告げる。――夜明けまで、あと三十分。
時間は残酷に短い。七人は全員、理沙の意志と覚悟を受け止めた。
「みんな……帰って。わたしはここで——」理沙は最後の言葉を中断して、笑ったように見えた。
「戻ってきたら、文句言ってくれていい。今は、行きなさい。」
真綾は理沙を抱きしめ、菜乃花はその背を撫でた。誰も言葉に出来ない約束がそこにあった。
穂乃果が最後に理沙の手を握り、力強く言った。
「絶対に帰ってきてね。待ってるから!」
理沙は頷き、小さな鍵を握りしめた。残った六人は入口の前に立ち、最後の鍵を差し込む準備をする。理沙は振り返り、冷静にその場に立ったまま、扉の前の儀式が始まった。