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「空港とか、移動中もその連中にずっと後を着けられてて、メンバーがトイレに入った後にわざと入って行ったりするんだ。何をしてるか極力考えないようにしてるけど、そんなやっかいなストーカーファンに会社も手を焼いて色々対策するんだけど、しょせんイタチごっこさ・・・あっちを捕まえれば、こっちが現れる、有名になればなるほどストーカー対策で何も出来なくなった。だから僕達はコンサートが終われば現地を離れるまでホテルでボティー・ガードの厳戒態勢下に置かれる」
力は車窓の外を眺めながら、極力なんでもないと言う風に言った、家に空き巣が入ったことも言おうと思ったが、怖がらせてもいけないと考え直した
「スーパースターに幻想を抱いて、己のものにしたがる連中が後を絶たない・・・実際はどこにでもいる平凡な人間なのに・・・多くの人がスターが自由を失うのは名声の代償で、当然だと思っているんだ・・・」
力はそう一言呟くとしばらく無言のままずっと外を見ていた、沙羅の目にはそんな事を語る彼は少しも幸せそうに映らなかった
―てっきり私を捨てて夢を叶えて幸せなんだと思っていたのに、どうしてそんなに辛そうなの?・・・
「しゅ・・・趣味とかはなかったの?何か音楽以外にやったことは?」
「・・・?無いよ?何かする場合はマネージャーに必ず言わないといけなかったし、ツアーを回るのに趣味の荷物も増やせなかった、あっ!でも一回メンバー達と山に登ったことがあったよ、ファンも誰も居なくてとても良かったけど、みんな疲れ果てて、翌日のコンサートで良いパフォーマンスが出来なかったんだ。それで、コンサートで良いパフォーマンスをするため以外は、極力エネルギーを使う事を禁じられたし、僕達が外に出れば大勢の人が動くんだ、だからツアーが始まれば終わるまでずっとホテルで寝てる」
沙羅が目をパチクリした
「日常生活は?・・・たとえば食事とかお洗濯とかは?」
「会社が用意したスタッフが全部やるよ?スタイリストに食事係に栄養士・・・何を着て、何を食べるかは全部決められている、いつも僕には身の回りの世話をするアシスタントが5人ついてる、だからその人達の仕事を取っちゃうから極力僕自身は余計なことをしちゃいけないんだ」
ここまできたら沙羅は困惑の色を隠せずじっと力を見た
「青だよ」
あわてて沙羅はアクセルを踏んだ、それでも疑問はどんどん頭に浮かぶ
「で・・・でも・・・雑誌とかのインタビューでは・・・よくあなたは親しい業界人を集めてパーティーをするのが趣味だって・・・クラブを貸し切ってとか・・・」
「僕には親しい人はメンバーしかいない、雑誌の記事はみんなゴーストライターが書くよ、インタビューの受け答えも全部事前にシナリオがある、要するに唯一、僕が自由にやれることは「歌うこと」と「曲を作ること」だけだったよ?」
なんて窮屈な生活なんだろう?それをこの人は八年間もやっていたの?文句ひとつ言わずに?
沙羅は今彼から聞いたことが信じられなかった、芸能ゴシップサイトなどに出て来る力の記事はとても煌びやかで女性スキャンダルばかりなのに・・・
なのに実際のこの力の純粋さはどうだろう・・・少しも驕り、高ぶった所がなく、八年前の力がそのままいる・・・その理由が今やっとわかった様な気がする
音々と本気で遊ぶのが大好きで、何を見ても目新しくキラキラしている・・・
そして一切家事も出来ないし、運転さえももままならない・・・
普通に30歳の社会人男性が持ち合わせている常識や社会性がまったくない・・・
本当に世界を揺るがすスーパースターの精神性は八年前の大学生の力から成長してないのだ
そして初めてそんな生活をさせられてたらこれほど世間に疎いのも無理はないと理解した
ニッコリ「だから帰ってきてからずっと楽しい、ここには音々ちゃんと沙羅がいる」
力の視線が沙羅のポニーテールにした髪からうなじへ滑り、こんもり盛り上がった胸の丸みへと辿り・・・
女らしいヒップラインへ移って行く・・・
それを敏感に感じている沙羅の心臓はまた急にドキドキし、血流が激しく体を回っている
「ピンクのポロシャツどこのブランド?よく似合ってるね」
「し・・・しまむらよ!」
力が熱い視線を投げかけて来る・・・
力のこの目は知っている・・・
私を欲しがっている目つきだ
沙羅はもう何も言えず、無言で前を向いて運転し続けた
音々という、かつての二人の繋がりを超える存在・・・
力はもしかしたら、本気で私と音々と家族になるつもりなのかもしれない
単なる好奇心でも、一時の気まぐれでもなく、娘と末永い関係を築きたいと願っているのだろうか?だとしたら私はどうなってしまうのだろう
この人生のどこにも彼の居場所なんて作りたくないのに・・・
もし彼に対して初めて会った頃と同じ気持ちになれたとして、それは私自身の問題で、力ともう一度やり直すなんてあり得ない、そんなことは望んでいない
それなのに、なぜ私の心は力にチャンスをあげなさいと囁くの?
力を見る度、不道徳なまでの魅力に心の砦を壊されてしまう、彼に恋焦がれるファンの女の子達の様に近くにいると息をすることさえ出来なくなってしまう
私は再び力に恋をすることを恐れている・・・
必死になりすぎるのが怖い、昔みたいにまた捨てられたら今度こそ立ち直れない
常にこちらが優位な立場に立っていなければ、できるだろうか、そんなことが、力以外男性経験もないくせに、もちろんあの頃よりはずっと強くなった
音々が私を親として成長させてくれた、しっかりして、お互い子供の親としての立場を保たなくては
そこに恋愛感情なんかいっさい入れてはいけない
―私が力を愛さなければいいだけ―
・:.。.・:.。.
何度も自分にそう言い聞かせているものの
言えば、言うほど沙羅は難しく感じていた
・:.。.・:.。.
【サラ・ベーカリー】
昼下がりのサラ・ベーカリーはランチタイムの喧騒が落ち着いたのか客足は止まり、店内は時間がゆっくりと伸びをするような静けさに包まれていた
沙羅が休みを取ったこの日は真由美がカウンターを切り盛りし、彼女がいつもの様に鼻歌交じりにパンの陳列をチェックしていると、店の前にド派手なエンジン音が響き渡った
駐車場に一台の4WDのメルセデス・ベンツが陽光を跳ね返して入って来た、そしてもう一台はまるでバスの様な真っ黒のベルファイア、まるでハリウッド映画のセットがそのまま滑り込んできたかのようだ
それぞれの車のドアがバンッと閉まる音がして、店の入り口に吊るされた小さなベルがカランカランと鳴った
カランカラン・・・
「いらっしゃいませぇ~」
真由美がなにやら物々しいお客に挨拶したが、店内に足を踏み入れたのはただの客ではなかった
世界を震撼させるビルボード常連のスーパーロック・グループ「ブラック・ロック」のメンバー達が、まるでスローモーションのMVのようにズラズラと入ってきたのだ
先頭は拓哉で艶やかなロン毛を揺らし、ウルトラマンの様なサングラスがキラリと光を反射した、真っ黒のTシャツにこの熱いのに皮のブーツを履いている
続いてドラムの誠もキョロキョロしながら拓哉の後に続いてきた、プードルヘアで短パン、素足にクロックス、腰ベルトにはファンから貰ったお手製のプードルのぬいぐるみがぶら下がっている
その後にはキーボードの海斗、金髪のショートカットがまるでスーパーサイヤ人の様に輝き、耳にはトゲトゲのピアスがギラギラしている、こちらもラフな格好で白のタンクトップに胸元のタトゥーが覗いている、ひざ下のブカブカパンツを履いている
「わぁ~!(喜)」
「日本のパン屋だぁ~! 」
「俺、焼きそばパン食いたい!チーズハットクは食い飽きた」
「朝方ついてすっかり車で寝ちまったよ」
拓哉がサングラスをずらして店内を見回し、ふわぁ~とあくびをする
真由美は、目の前に立つ、閃光の様な芸能人オーラを身に纏った三人の長身に圧倒され、まるで巨人の国に迷い込んだ小人のように口をポカンと開けてその場に固まった
「真由美~? だぁれ~お客さん?」
厨房の奥から、本日のお手伝い要員の陽子がひょっこり顔を出した
エプロンについた小麦粉をパンパン叩きながら、彼女が店内にいるお客に目を向けた、するとハッとして真由美同様陽子もその場に固まった
二人はすっかり目の前の光景にフリーズした、陽子の手にしたトレイがカターンと床に落ち、辺りに騒音を響かせた
最後に巨人の三人の後ろから坊主頭に銀縁眼鏡の平凡な男性が韓国なまりで二人に言った
「あの~・・・すいません、ここに笹山力さんいますか?」
その瞬間、サラ・ベーカリーの穏やかな空気を切り裂くような、真由美と陽子の絶叫が炸裂した