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ランドルフ帝国の王宮―――
その皇族専用の区画の一室で、別大陸の使者と
皇帝が対峙して座る。
「余がランドルフ帝国皇帝、マームードである」
「魔王・マギアだ。
会談の場を設けて頂き、感謝する」
五・六才くらいに見える、薄黄色の巻き毛の
少年は物怖じする事なく……
外見上は祖父と孫ほどの開きのある相手に
堂々とした態度で対応する。
その彼を補佐するように―――
背後にはイスティールとオルディラが控え、
マームードの隣りには……
いかにも司祭といった体の、四十代くらいの
男が座っていた。
「魔族領もまた、国交と交易を求めておる
ようだが」
「魔族代表としてだけではなく―――
魔界との交渉も任されている。
代表的なのは発酵食品、および酒類だ。
共に実りある取引を望む」
そこでいくらかやり取りが行われた後、
「……交易の話はこれくらいでよかろう。
細かいところは後で、担当の者が詰めるで
あろう。
公聖女教大司教、リンドゥ。
そちらは何か無いのか?」
相手が魔王・魔族だという事で呼ばれたので
あろう、彼がマギアと視線を交わす。
「そうですな、陛下。
では僭越ながら―――
魔王・マギア殿。
そなたの事はティエラ王女様よりお話を
聞いております。
公聖女・ミレーレ様と直接お会いした
事があるとか」
「うむ。
余は一度封印されたが、その前に彼女と
会っておる。
聖女様について聞きたい事あらば、
知る限り答えよう」
そこで魔王と大司教との会談が始まった。
「人間が他種族より優れておるだと?
だから支配する資格がある?
そんな事が聖女様の教えであるはずが
なかろう」
「ですが現にランドルフ帝国に対しては、
亜人・人外も多数降っております。
現実は認めなければならぬと思いますが……」
それを後ろで聞いていた二人―――
パープルの髪をやや外ハネさせた
ミディアムボブの女性と、
銀髪の長髪と対照的な褐色肌の魔族は、
不快な表情を作る。
「実力で勝っていれば何をしてもいいと?
では魔界から魔族が攻めてきたら、大人しく
そのルールに従うのだな?」
「それは……」
言いよどむリンドゥにマギアは続けて、
「余の姿をどう見る?」
質問の意図がわからず、大司教は一瞬
きょとんとするが、
「幼き人間にしか見えぬであろう。
余が封印から復活した時―――
見た目通り、人間の子供の魔力、
実力しか無かったのだ。
魔物どころか、少し強いだけの人間の
子供にすら敵わなかったであろうな」
「何が言いたいのですかな?」
リンドゥが聞き返すと、マギアは後ろの
イスティールとオルディラに振り返り、
「こんな余を見て、それでも部下たちは
復活を心から喜んでくれた。
無力になった余から魔王の座を奪おうなどと、
その考えすら無かったに違いない。
力の強弱は決して優劣とは言えぬ。
それだけが関係を決める要因とはならぬ」
「…………」
恐らくは、魔族イコール野蛮な種族だと
思い込んでいた大司教に取って、沈黙しか
答えが出て来なくなり、
「とはいえ、こちら側は内政干渉をしないと
決めている。
国の争いや宗教の在り方に、異を唱える
つもりは毛頭ない。
だが―――」
そこで魔王は一息ついて、
「聖女・ミレーレ様の教えを曲解し、
人間以外は支配されるべきだと……
それをミレーレ様の教えだと、欲望の正当化に
使うのは見過ごせるものではない」
体は幼児だが、何百年と生きてきた経験が
魔王・マギアにはある。
ヒッ、とリンドゥが体を硬直させるが、
すぐに気を取り直し、
「ですが、その公聖女様はあなた様を
封印するのに一役買ったと聞いて
おります。
それは彼女が、人間はそれ以外の存在の
上に立つ必要があると認めての事では」
かつての封印の件を持ち出され、彼の
瞳は一瞬曇るが、
「あの件に彼女が関わっていたのは、
間違いないだろうな。
だが……
それならばなぜ、彼女はこの大陸へ
やって来たのだ?」
「え?」
逆に問われ、大司教は間の抜けた声を出す。
魔王・マギアはそのまま話を続け、
「当時、人類の敵とされていた魔王を封印した。
その功績あらば、どのような生活も望みも
思いのままであっただろう。
それを捨て、新たな大陸へ渡ったのは
なぜだ?
なぜ彼女は、こちらの大陸を去ったのだ?」
「それは、新たな布教先を求めるためでは」
リンドゥは宗教者としての意見で答える。
「そういう理由ももちろんあっただろう。
だが、例えばお主の立場として―――
何年も長く続いた戦争があったとしよう。
そして戦争を終わらせた立役者が、
公聖女教の中にいた。
その者がこの地を去りたいと申した時、
素直に応じられるか?」
その問いに大司教は考え込む。
「戦争が終わったところで、その傷跡は
癒えてはおるまい。
むしろ人々の心の拠り所にならねばならない
時ではないか?」
彼は沈黙で答え、その先に聞き入る。
「無論、しばらく経った後に去ったのかも
知れん。
だが時期がいつにしろ、それだけの功労者に
その地を去ると言われたら……
組織としては全面的に止めぬか?」
「…………」
そこで魔王は大きく息を吐き、
「実のところ、ティエラ殿から記録を見せて
もらったので、知ってはいるのだがな。
その記録によれば、ミレーレ様がこの地に
来られたのはかなり若い頃―――
少なくとも戦争が終わってから、数年も
経たないうちにこの大陸に来た……
と見るのが妥当であろう」
今度は大司教が大きく息を吐いて、
「では、ミレーレ様は―――」
「少なくとも、余の封印に全面的に
合意していたとは思えぬ。
あの方は封印前に一度、捕らえられた
余に面会に来た。
『こんなつもりじゃなかった』
『こんなはずでは』
そう号泣しておったよ」
気付けば周囲、そして同席してた皇帝も、
マギアの話に聞き入っていた。
「まあ、余一人の記憶だ。
今さらそれを証明する手立ても無い。
だがこれだけは言わせてもらう。
あの方は―――
高貴であり高潔であり、
聖女の名にふさわしき女性だった」
そこで魔王は立ち上がると、
「彼女の事になると、どうも感傷的になって
いかん。
ではマームード殿。
時間を取って頂き、感謝する」
「いや、余も生きた歴史に触れた気がする。
貴重な経験を聞かせてくれた事、礼を言おう」
互いに対等にあいさつをし―――
魔王と皇帝の会談は終わった。
「たっだいまー」
合同待機部屋へ……
ブルーパープルのウェービーヘアーの人魚族、
スクエーアさんが、入っている移動式水槽を
エイミさんに押されながら入室して来て、
「ただ今、戻りました」
「疲れましたわね、あなた」
赤髪のアラサーの夫と、ダークブラウンの長髪の
魔狼の妻が、人間の姿で続いて来た。
「お疲れ様でした。
スクエーアさん、エイミさん、アーロン君。
ケイドさんとリリィさんも」
4人がそれぞれソファにその身を沈め、
人魚族の女性は自分が入っている水槽の
縁に手をかける。
そういえばロック・タートルのオトヒメさんの
姿が見えないな、と思っていると、
「あー、オトヒメさんはゾルタンさんの
ところに行ってから戻るそーです。
あっちの船を転覆させたので、一応
その事について謝ってくると」
スクエーアさんが尾びれをばしゃっ、と
動かしながら説明する。
「そうですか。
じゃあ後は、アルテリーゼが残っている
だけになるのかな」
そこでドラゴン族代表である、
長くストレートな黒髪姿の妻に視線を送る。
「お前さんたちの場合はなあ。
ちょっと担当者の選定に時間がかかるかも
知れん」
そこでライさんが飲み物を口にしながら語る。
「何でじゃ?」
「だって、他種族の代表の担当者はすでに
決まって―――
交渉も終わったんでしょ?」
アジアンチックな方の人間の妻も、
どうしてドラゴンだけが?
という疑問に沿って質問すると、
「そりゃアルテリーゼを呼んだら……
自動的に『万能冒険者』もついてくる
からだろ。
メル、お前さんだってそうだぞ?
何せドラゴンと一緒に生活していて平気な
人間なんて、そうはいないからな」
人外の中でドラゴンは最強戦力―――
という認識は、こちらでも変わらないのだろう。
となると、担当者をおいそれと決めるわけには
いかないんだろうな。
「まっ、大使館の建設もまだ時間が
かかるっぽいし……
それまで自由にしていてもいいんじゃねえか?
視察するところはいっぱいあるだろ」
「そうですねえ。
じゃ、一応行きたいところへの要望とか
出してみようか」
「でもどこがあるかなあ」
「同じドラゴンがいれば会ってみたいが、
ここはドラゴンと交流は無いようだからのう」
「ピュイ」
家族と話していると、
「今戻った」
その声と共に、魔王・マギア様と護衛である
イスティールさん、オルディラさんが一緒に
室内に入って来て―――
「あ、みなさんお揃いでしょうか。
自分も今、戻りました」
パープルの長いウェービーヘアーをした、
長身の女性……
オトヒメさんも帰還し、
改めて、情報共有の時間となった。
「おお、おお。
可愛らしい手じゃのう。
やっと可愛い孫の顔を見れたわい」
マームードは破顔一笑で、自分の息子の子供を
その腕に抱いていた。
「申し訳ございません、父上」
「もっと早くお見せしたかったのですが……」
そこにいたのはランドルフ帝国、第三太子夫妻。
ゴルト・ランドルフとその妻―――
グレイシヤである。
「体調が思わしくなかったのであろう。
それは仕方がない。
しかし、噂はあくまでも噂だったのだな。
『先祖返り』などと……」
皇帝はニコニコしながら孫をあやす。
そこでゴルトが頭を下げ、
「父上、その事について申し上げたき事が」
「うむ?」
そこで彼は、孫であるマールテンについて
説明し始めた。
「なんと……
では、そのシンという男は、『先祖返り』を
治してしまったというのか?」
「ティエラ殿の話では、彼はそうした
呪いや病気、毒にかかった人物を
助けてきたそうで―――
藁にも縋る思いで、彼を呼んだのです」
「そのシンという方は強力な『抵抗魔法』の
使い手であり……
魔力が絡んでいれば、たいていの事は
対処出来てしまうと」
ふむふむ、とうなずくマームードに
夫妻は続けて、
「また、ドラゴンであるアルテリーゼ殿は、
私やマールテン、ティエラ殿について……
確かにドラゴンの血を受け継いでいると
認めておりました」
「我らが先祖がドラゴンと交わったのは―――
事実という事か……」
息子の言葉に、うなるように皇帝はつぶやく。
「その夫であるシン殿が、『先祖返り』を
解決してくださるとは」
「ううむ、しかし……
『先祖返り』が治ったという事は、
この子にはもう、ドラゴンの血は流れて
おらぬという事か?」
その問いに対し、夫妻は一瞬言いよどむ。
「ああ、勘違いするでない。
だからと言ってこの子をどうこうする
つもりは無い。
『先祖返り』であれ、治ったのであれ、
可愛い孫じゃ」
マームードは言葉を追加するが、
「その事についてなのですが、あの。
シン殿の話では―――
あくまでもドラゴンの特徴を消しただけ、
と言っておりました」
「シン殿の言葉を信じるのであれば、
マールテンはドラゴンの血を受け継いだまま、
『先祖返り』の外見的特徴だけを消した事に
なります。
ずいぶんと都合の良い話なのですが……」
ゴルトとグレイシヤの答えに、皇帝は少し考え、
「ドラゴンの―――
アルテリーゼ殿は何と?」
「特には何も……」
「ただ、一緒にいたシン殿のもう1人の妻、
メル殿に感謝するようにとは言って
おりました」
そこで皇帝は孫を抱いたまましばし黙考し、
「確か、マールテンを治療する際―――
シン殿と2人の妻、3人で話し合って
いたとか」
そこで夫妻は顔を見合わせ、
「は、はい!」
「私たちにドラゴンの赤ちゃんを任せ、
離れるように言われたので、内容は
聞き取れませんでしたが」
それを聞いたマームードはいったん天井を
見上げて、
「恐らく……
そのメル殿が、シン殿の『抵抗魔法』を
微調整したのではあるまいか。
ならばアルテリーゼ殿が彼女に感謝するよう
言ったのも、納得出来よう」
正確にはアドバイスをしたのだが、ある意味で
皇帝は正解に近い答えを引き当てていた。
「な、なるほど……」
「考えてみれば、ドラゴンと一緒にシン殿の
妻になるような方―――
その力が平凡であるはずがありません」
皇帝の推理に、夫妻も納得したようで、
「しかし、それでお礼を受け取らなかったと
いうのは真か?」
「は、はい。
ティエラ殿の提案でもあったのですが、
『お互いに何も知らなかった』という事に
しようと」
「あちらのご家族もあっさりと容認して
おりました」
ゴルトとグレイシヤの答えに、マームードは
大きく息を吐いて、
「ううむ。
しかし、孫を救ってもらってそれでは
余の気が済まぬ。
こちらで何か考えるとしよう」
「はい! それはもう」
「よろしくお願いいたします!」
そんな祖父と両親を差し置いて……
赤ん坊は静かに寝息を立てていた。
「おお、石造りなんですね。
中も全部?」
「ええ、内部は川の下流に通じるまで、
石造りの通路になっております」
「土魔法で作ったんですか?」
「いえ、ちゃんと天然の石材を使用しています。
その代わり年に数回、土魔法で補強・強化を
施しております」
翌日、私は帝国の担当者にある場所の見学を
要請した。
場所を聞いた担当者は面食らっていたが、
一時間程して、すぐに案内人を連れて
戻って来て、
そして私は現在―――
サビクと名乗る案内人と数名の従事者と一緒に、
その入口付近の準備施設のような場所にいた。
「しかしあんた、海の向こうの大陸から来た
使者サマなんでしょう?
よりによって、下水道施設を見学したい
だなんて」
案内人が呆れるように話す。
彼の言う通り……
私は帝都・グランドールの地下にある
下水道へとやって来ていた。
ちなみに、メルとアルテリーゼはさすがに
下水道行きは拒否し、引き続き王宮の厨房へ
料理を教えに行っている。
(ラッチもそちらへ同行)
「すいません、サビクさん。
これほどの巨大都市は向こうの大陸には
ありませんから―――
いったいどのように維持管理しているのか、
進んだ技術や施設を見ておきたかったんです」
「まあ……
確かに帝都は人口一千万人を抱える
大都市ですからね。
どうぞ最新の都市文明を存分にご覧に
なってください」
自分の国を持ち上げられ、悪い気分は
しないのだろう。
案内人はやや鼻が高くなる。
そこで彼は人差し指の腹を上にして、
クイクイ、と数名を呼び―――
「お呼びでしょうか」
現れたのは、身なりが粗末な男たちが数名。
中には獣人も混ざっていて、
「海の向こうから来られた使者サマだ。
下水道施設を見たいという事だ。
お前たちの仕事を見せてやれ」
するとリーダーらしき男が一歩前へ歩み出て、
「奴隷のモイストです。
よろしくお願いします。
しかし……
このまま入られるのですか?」
その表情には困惑が浮かぶ。
恐らくここで使われる労働力は奴隷なのだろう。
そしてそれだけ過酷かつ不衛生である事を示唆
していた。
「さすがにこの格好では入りませんよ。
モイストさんですか?
あと入る方はこれを身に着けてください」
そこで私は用意してきた完全空調服を見せる。
「……これは何でしょうか?」
「シン殿、いったいこれは?
見た事も無い素材で出来ているようだが」
モイストさんに、案内役のサビクさんも
それを見て目を丸くする。
「えーと、このままこうして着込んで
ですね」
目の前で実践―――
と言っても、ほぼ着ぐるみのようにすっぽり
足から着込むだけなのだが。
最後に頭部分を被り、首のところで留めて
装着完了。
海外の特殊部隊のような外観に、みんなが
息を飲んで凝視してくる。
「そしてここを押すとですね」
外部に設置されたボタンを押すと、コォー、
という風魔法を起こす魔導具の音が聞こえ……
排気口から空気が流れていく。
「こ、これを……奴隷の我々も?」
「はい。
ウチの国では、病気感染の心配がある場所で
作業する人は―――
これを着る事が前提ですので。
ちなみにこの素材はゴムという物で作られて
いまして、完全防水です。
そしてこっちの杖のような物が……」
私がモイストさんたちに説明していると、
サビクさんが、
「こ、この装備は高いのでしょうか?」
「そうですねえ。
我が国だと金貨2千枚くらいです。
こちらの物価がどういうものかは
詳しくは無いのですが―――
ちょっと豪華な家が建てられるくらい
でしょうか」
その言葉に全員が目を白黒させて、
「どうしてそんな事にそこまで予算を……
奴隷や食い詰め者を雇えば、それで済む
話でしょうに」
予想はしていたが―――
奴隷を従事させ、ケガや病気になったら
取り替えるくらいの認識でやっていたのだろう。
確かに、コストの面で見ればそれが一番
安上がりだ。
ただそれは短期的に見ての話で、
「こっちは人口が少ないので……
奴隷がいつも確保出来るとは限らないん
ですよ。
それに奴隷だと基本、無給の仕事になります。
真面目にやる事は期待出来ませんし、どこか
手を抜いたり、見落としたり―――
そうなるとどこかで、そういう事が積もり
積もって……
大きな事故になる可能性も秘めているんです」
実際、日本でも一気に非正規が増えたが、
比例して事故や人災が増えた。
本来守らなければならない手順、規則が
軽視され―――
コストダウンの名の下、安全性が犠牲に
なった。
保障や安定を切っておいて、クオリティは
そのまま……
なんて都合の良い話はない。
ましてやモチベーションなんて皆無だろう。
そして一度でも事故が起きれば、それまでの
コストダウンなど吹き飛ばす損害を出す。
結局、ツケはいつか払われるのだ。
「ううむ……
帝国では奴隷などいくらでも補充出来ます
からなあ」
「可能ならそれでいいんですけど、
人材が育たないでしょう。
効率を見直した時、結局は専門的にやる
人材を常時確保しておいた方がいいと……
我が国ではそういう流れになってきて
おりますので」
案内役の彼は両腕を組んでうなっていたが、
「じゃあモイストさん、地下下水道への案内を
お願い出来ますか?」
すると彼は困惑した表情になり、
「シン様、でしたか?
私どもは奴隷ですので、さん付けは
しなくても」
さっきは完全空調服を見せた事で、
言いそびれたのだろう。
改めて身分差を指摘してくるが、
「それを言うのなら私は平民ですし、
この国の人間でもありませんので。
それに施設を見たいと言ったのは
こちらなんです。
現場の方々に教えて頂く立場なので、
敬意は示しますよ」
「はあ……」
彼が諦めたように頭を下げ、完全空調服に
手をかけようとすると、
「あ、あの」
サビクさんが片手を挙げ、
「どうしました?」
「下水道に同行しますので―――
それ、私が着てみてもよろしいでしょうか?」
見た目はやっぱり格好いいからなあ。
空調服を子供のようにキラキラした目で見る
彼に、私はうなずいて了承した。
「すごいですね……
外の匂いが一切しません。
それに、常に服の中を風が吹き抜けて
おりますので、暑い事もありませんし」
地下に入り、下水道を進んでいきながら、
モイストさんが装備について感想を述べる。
中は密閉されているが、魔力通話器の要領で
外部と音声コミュニケーションは取れるように
なっており、
「空調服内に取り付けている風魔法の魔導具は、
温風も出せるんですよ。
なので夏でも冬でもこれで対応可能です」
「ずいぶんと贅沢な作りなのですね、これは」
サビクさんが自分の腕や、水をジェット噴射する
魔導具の杖を見ながら話す。
「しかし、匂わないのはいいんですけど、
服の中に自分の匂いがこもって」
「それは自分で何とかしてください……」
奴隷の一人である獣人族とのやり取りで
みんなが笑い、私たちは掃除しながら
奥へと進んでいった。
「この魔導具もすごいですね……
汚れが簡単に取れますよ」
モイストさんが水魔法を出す魔導具を
見ながら感心し、
「普段はどのような道具で?」
「ブラシや道具で、手作業でやるのが
普通ですね。
少なくとも、こうまで強力な水魔法を放つ
奴隷もあまりいませんから」
モイストさんの他、三人の奴隷が同行し、
私とサビクさんで合計六人で地下を進む。
うち獣人族の奴隷は一人。
その彼が何かに気付いたように周囲を見回し、
「どうかしたんですか?
えーと……」
「ああ、自分はビルドって言います」
「ビルドさん、何か気になる事でも?」
「……さん付けってのはどうも慣れませんね。
いえ、そういえば最近、下水道の清掃用の
奴隷が何人か、行方不明になっているって
噂を思い出しまして」
私がサビクさんの方へ視線を送ると、
「ああ、奴隷が逃げるのは日常茶飯事
なんですよ。
地下の下水道は迷宮のように張り巡らされて
いますので―――
うまく出口の川までたどり着ければ脱出
出来ますが、たいていは迷いに迷って
死体で出て来ますがね」
続いてモイストさんの方へ振り向くと、
「正直、生きている可能性は低いでしょう。
ネズミのような小動物や魔物もいますし、
弱っているところを集団で襲われれば、
ひとたまりもありません」
なるほど。
善悪ではなくこれだけの規模であれば、
そういう事もあるのだろう。
奴隷はいくらでも手に入るから、
何人か逃げても気にしない。
そして逃げた奴隷が生き延びる可能性は
ほぼゼロ、というわけか。
「……ん?
これだけ通路が広いと、大きな魔物とか
入って来ないんでしょうか」
すると獣人族のビルドさんが笑って、
「魔物だって、好き好んでこんなところに
来やしないでしょう」
「エサが豊富というわけでもありませんし、
ネズミのように生命力が強い、という事でも
無ければ」
補足するようにモイストさんが続く。
確かに、生物が住む環境としては過酷
だよなあ、と思っていると、
「!」
獣人族の彼が魔導具の杖を一方へと構える。
すると、
「ネ、ネズミ!?」
「う、うわあぁああ!!」
ネズミらしき小動物の集団―――
数にして数十匹ほどがこちらへ向かって来て、
「えっ」
「んっ?」
そのまま、私たちを通り過ぎていった。
「な、何だ今のは」
サビクさんが通り過ぎていった集団を
見送るように、そちらを見つめるが、
「気を付けてください!
あちらから、何かが来ます!!」
照明の魔導具もあるので、それをビルドさんが
言った先に向けると、
光を反射しながらずるりと、それが姿を
現した。
「あれは……
スカベンジャースライムか?」
公都『ヤマト』の下水道でも見た事のある
魔物だが、
(■103話 はじめての ぼうすいふく参照)
あれは両手で抱えるほどの大きさだったのに
対し―――
こちらは通路の両側の壁に合わせて形を変え、
それが長さ十メートルほど続いていた。
「帝国のスライムって、あんなに
大きいんですか?」
私が指差して聞くと、サビクさんは一瞬
ポカンと大きく口を開けたが、
「な、何をのんきな!!
触れただけで体が腐ると言われている
魔物ですぞ!?」
「サビク様、お静かに。
刺激してはいけません。
ゆっくり後退して、引き返しましょう。
幸い元来た道は後方です。
そこで然るべき部署に連絡を」
奴隷のリーダー格である青年は、冷静に
他の仲間にも聞こえるように指示を出す。
「……いや、もう遅いようだ」
獣人族の奴隷がうめくようにつぶやく。
見ると、その超巨大スカベンジャースライムは、
まるで通せんぼをするかのように―――
通路いっぱいに体を広げ、行き止まりの壁の
ごとく先方の通路を満たす。
「く……!
シン様、サビク様、走ってお逃げください!
ここは私が食い止めます!!」
モイストさんが魔導具の杖を構える。
するとビルドさんも、
「あんたは奴隷の俺たちに、礼儀正しく
してくれたしな。
サビク様、シン様を頼んだぜ」
すると他の奴隷たちも、
「まあ、高価な魔導具と一緒に死ねるんなら
いいか」
「最後に面白い経験が出来たしな」
「違いない」
と、死亡フラグを次々と乱立させる。
しかし私は後ろからモイストさんの肩を
ポンと叩いて、
「あー、まあ大丈夫だと思いますよ?
すぐ動けなくしますから」
そこで私は、前方で身構えていた奴隷たちよりも
先に足を進め、
「シン様!?」
「危険です、シン様!!」
彼らの警告を背に―――
超巨大スカベンジャースライムの、およそ
三メートル先くらいまで近付くと、
「これだけ巨大で流動性が高く……
さらに素早く動く生物など―――
・・・・・
あり得ない」
小さくそうつぶやくと、目の前の魔物が
ブルッと震え、
壁のように立ちふさがっていた
スカベンジャースライムは、
溶けるように床に広がっていった。
「は?」
「へ?」
と、背後から驚く声が聞こえ、
「あー……
どうしましょうかね、これ。
公都ではそのままこの魔導具で、
川の下流まで押し流したんですけど」
そこで私はサビクさんと相談し……
みんなでいったん入口付近の施設まで戻り、
処分は帝国の然るべき部署に任せる事にした。