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それは、成瀬が一番警戒していた相手だった。
昼休み。
弁当を持って席を立とうとした瞬間。
「成瀬」
呼ばれて、心臓が跳ねた。
声の主は——
クラスの中心にいる男子、佐倉(さくら)。
誰とでも話す。
噂が広まるのも早い。
「なに?」
できるだけ普通に返したつもりだった。
佐倉は、机に肘をついてニヤッと笑う。
「最近さ」
嫌な間。
「黒川と一緒にいる率、高くない?」
成瀬の視線が、一瞬だけ蒼を探す。
蒼は少し離れた席で、こちらを見ていた。
——聞こえてる。
「そう?」
「席替えしてから、ずっとだし」
佐倉は声を落とした。
「付き合ってるの?」
教室の音が、遠くなる。
成瀬は、一瞬だけ迷った。
誤魔化す?
笑って流す?
でも、蒼の視線を感じた瞬間、決めた。
「……うん」
小さな声だったけど、はっきり言った。
佐倉が目を丸くする。
「マジ?」
「マジ」
数秒の沈黙。
「え、黒川が?」
「……そう」
「意外すぎ」
そう言いながら、佐倉は少し真剣な顔になった。
「嫌じゃないの?」
成瀬は、首を横に振った。
「俺が、選んだ」
そのとき。
「それ、俺の話?」
蒼が近づいてきていた。
佐倉は一瞬驚いたが、すぐに笑う。
「本人登場かよ」
蒼は成瀬の隣に立つ。
いつもより、はっきりと。
「成瀬に聞いた?」
「うん」
「だったら、それで全部」
蒼はそれ以上、説明しなかった。
でも、立ち位置が答えだった。
佐倉は二人を交互に見てから、肩をすくめる。
「そっか」
一拍おいて。
「じゃあ、俺は言いふらさない」
「え」
「別に、人の恋に口出す趣味ないし」
成瀬は、思わず息を吐いた。
「ありがと」
「ただし」
佐倉は指を一本立てた。
「隠したいなら、もうちょい距離気をつけろ」
それだけ言って、去っていった。
教室に、いつもの空気が戻る。
成瀬は小さく言った。
「……言っちゃった」
「後悔してる?」
蒼の声は静かだった。
成瀬は、首を横に振る。
「ちょっと怖いけど」
正直な気持ち。
「でも、嘘つくよりよかった」
蒼は、ほんの少しだけ安心した顔をした。
「じゃあ」
「?」
「最初に知ったの、佐倉でよかった」
成瀬は苦笑する。
「それ、慰め?」
「本音」
二人は目を合わせて、すぐに逸らした。
——もう、誰にも知られずにいるのは無理かもしれない。
でも。
誰に聞かれても、
「選んだ」って言える。
それが、成瀬にとって一番大きな変化だった。