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#心霊
#地下アイドル
#ブラックコメディー
#探偵
数分後、廊下には静寂が戻った。息絶えた男たちの中央に、美月が立っていた。
唯一生き残った男が、恐怖に顔をこわばらせて見上げる。右腕を失い、膝を撃たれても、美月はただ静かに彼を見下ろしていた。
「こいつ、痛みを感じていないのか……」
男は最後の力を振り絞り、隠していた刃を抜いた。大量の出血で、美月の反応がわずかに遅れる。
「死ね!」
男が刃を突き立てた。それは美月の背中を貫き、肺を深く傷つけた。
「美月――!」
翼は車椅子を回廊へ走らせ、目の前の光景に言葉を失った。
美月は壁にもたれ、座り込んでいた。胸の傷口から、絶え間なく血が流れ出ている。
「今、人を呼ぶ。手当てをすれば……」
美月は小さく首を振った。
「もう、薬は効きません。心臓が止まろうとしています」
声はかすれていた。呼吸のたびに、唇の端から血の泡がこぼれる。それでも彼女は、翼の指先に触れようと手を動かした。
「俺がもっと強ければ、君にこんな身体を背負わせずに済んだのに」
翼の目から涙があふれた。車椅子から崩れるように床に膝をつき、美月の冷たくなっていく手を握りしめた。
美月は、困ったような表情を浮かべた。それは、これまで見たことのない、不器用で生々しい表情だった。
「……だって、私はコピーですから」
瞳が頼りなく揺れる。
「でも、お兄様。お別れするのは、寂しいのですね」
「美月……? また地下に行けば、君はすぐに……」
「地下で眠る私には、今この胸にある『寂しい』という感覚は届きません。同期されるのは戦術の記録と、見た光景だけ。明日目覚める私は、『昨夜、一つの個体が機能を停止した』と、ただの記録として読むだけです」
美月はまっすぐ翼を見つめた。瞳の奥から、光が急速に消えていく。
「ですから、今あなたの手を握っている『私』とは、もう二度と会えません。私はどこにも行かず、ただ消えてしまいます。でも――お兄様が無事で、本当によかった」
彼女は最後に、これまでのどんな笑顔とも違う、歪だが温かい笑みを見せた。それは、この屋敷で兄と過ごすうちに、彼女の中に生まれた、たった一つの「心」だった。
「み、づき……!」
それが最後の言葉だった。指先から力が抜け、頭が横に傾いた。
翼は冷たくなっていく身体を抱きしめ、声を上げて泣いた。明日、同じ顔の妹が現れても、これほど自分を慕い「寂しい」と言ってくれた彼女には、もう二度と会えないのだ。
翌朝、昨夜の嵐が嘘のように、窓の外には青空が広がっていた。回廊の血痕も、跡形なく拭き取られていた。
翼は一睡もできないまま、深い喪失感を抱えて食堂へ向かった。耳の奥では、昨日の美月の「寂しい」という声が、何度も響いていた。
食堂の扉を開けた瞬間、翼の胸が激しく脈打った。
「おはようございます、お兄様。よくお眠りになれましたか?」
そこには、昨日と全く同じ美月が立っていた。
髪型も、着ているものも、昨日と寸分違わない。昨夜、血の中で冷たくなり、自分が抱きしめて泣いたはずのその少女が、何事もなかったかのようにトーストにバターを塗っている。
翼の全身が凍りついた。
「……美月。昨日のことを、覚えているかい?」
美月は、昨日と同じ穏やかな笑みを浮かべた。
「はい。地下の記録から、昨夜の出来事はすべて脳に転写されています。お兄様にお怪我がなくて、安堵いたしました」
その言葉が、翼の胸を冷たく刺した。