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朝日がまだやわらかく、街路樹の葉先を黄金色に染めている。
風は少し冷たいけど、僕の胸の中はなんだかポカポカしていた。
「おはよー、蓮司!」
顔を上げると、向こうから自転車に乗ったクラスメイトが手を振っている。
「おはよう、タケル!今日も元気だね!」
返事をすると、タケルはニコッと笑い、ペダルを漕ぎながら「蓮司といると朝から元気になるわ」と言った。
僕はちょっと照れくさくて、手を軽く振り返す。
(ぼくは、朝倉蓮司。普通の高校生…だけど、普通じゃないところがある。コミュ力おばけってやつかな)
小さな公園を通り抜けると、ベンチでお年寄りが犬の散歩をしていた。
「おはようございます、今日はいい天気ですね」
軽く頭を下げると、おばあさんは目を細めて微笑む。
「まあ、元気のいい子ねぇ。ありがとね」
そのまま歩いていると、横道で小学生が石段につまずいて転びそうになった。
「あっ!」
とっさに手を伸ばすと、子供は僕の手にしっかりつかまった。
「ありがとう!」
「いいんだよ、大丈夫?」
僕は笑いながら言った。子供の目に一瞬の安心が広がったのがわかる。
朝の通学路は、ただ学校へ向かうだけの場所じゃない。
小さな冒険、ちょっとした親切、誰かの笑顔に触れる瞬間――
それが僕にとっては、生きている実感だった。
「蓮司ー!」
声の方を見ると、黒影蓮が校門の前で手を振っていた。
厨二病っぽいコートに身を包んでいるけど、笑顔はちゃんと友達の笑顔だった。
「おはよ、蓮!」
「おう、今日も元気そうだな!」
「うん!今日はなんだかいい日になりそうな気がするんだ」
僕たちは肩を並べて歩き出す。
通学路の周りでは、桜の花びらが風に舞ってひらひらと落ちていく。
小鳥が枝の間を飛び交い、街の音と混ざってささやくように聞こえる。
歩いているだけで、なんだかワクワクする。
今日もきっと、誰かの笑顔に出会える――
そして、自分もその笑顔を作れる――
(ぼくは朝倉蓮司。普通の高校生。でも、誰かを笑顔にできる力は、ちょっとだけ特別かもしれないな)
僕は軽くジャンプして石段を越え、笑いながら校門をくぐった。
今日も、きっと楽しい一日になる――そんな予感が、胸の奥で小さく踊っていた。
校門をくぐろうとしたその瞬間、見覚えのある声が響いた。
「蓮司さん、おはよっす!」
振り返ると、蛇野目中が元気いっぱいに手を挙げて立っている。
元々は学校一のいじめっ子だった彼が、こうして笑顔で挨拶してくれるなんて、少し不思議な気持ちになる。
「おはよ、蛇野目。…なんでそんな言い方をするの?」
僕は笑顔を向けながら聞いた。ちょっと照れくさい声が混ざったのかもしれない。
蛇野目中は胸を張って答える。
「このあいだ、いじめっ子だったおれを認めてくれたのは、蓮司さんだけだからっす。その恩返しっす!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわり温かくなる。
「そうか…ありがとう、蛇野目」
僕は肩を軽く叩きながら笑う。
「でも、そんなかたくなに言わなくてもいいんだよ。普通に『おはよ』でいいんだから」
蛇野目中はちょっと照れたように頭をかく。
「そ、そうっすか…じゃあ、おはよっす、蓮司さん!」
二人で笑い合いながら校門を通る。
その後ろ姿を見ながら、僕は思う。
(人って、変われるんだな。怒ってた人も、怖かった人も、誰だって少しの優しさで変わるんだ…)
朝の光は柔らかく、桜の花びらがゆらゆら舞い落ちる。
今日もまた、誰かの心を少しだけ明るくできる――そんな気持ちが、胸の中でふわりと膨らんでいった。
夜の帳が街を包み、家の中に静かな時間が流れる。
机の上には今日使った教科書やノートが軽く積まれ、パソコンの画面にはSNSのメッセージ画面が開いたままだ。
僕はスマホを手に取り、画面に向かってにやりと笑う。
(よし、明日の朝もミカと一緒に通学したら、絶対楽しいだろうな…)
指先が軽快に動く。
「ミカ〜!明日朝7時、通学路で一緒に行こうー!」
送信ボタンを押すと、すぐに返事が届いた。
画面にはミカの文字が踊っている。
「オッケー!寝坊しないでよ〜!」
僕は笑ってスマホを握りしめる。
(寝坊なんて絶対しないさ!だって、楽しみにしてるんだもん)
ベッドに腰を下ろしながら、窓の外に目をやる。夜風がカーテンを揺らし、遠くの街灯が柔らかく光っている。
今日も一日、学校で笑顔に溢れたけど、明日もまた新しい冒険が待っている――そんな気持ちで胸が軽くなる。
「ふふ、明日が楽しみだな」
スマホを枕元に置き、布団にくるまる。
外の静かな夜の音に耳を傾けながら、僕は少しだけ未来を思い描く。
明日の朝も、誰かと一緒に歩いて笑える――その小さな幸せを胸に抱きながら、ゆっくりとまぶたを閉じた。
目が覚めると、世界は――歪んでいた。
周囲を見渡すと、通い慣れた学校の景色が、見たこともないほど荒れ果てている。
壁はひび割れ、廊下には瓦礫が散らばり、体育館は黒煙を上げて燃えていた。
空気は熱と焦げた匂いで満ち、足元には小さな炎の光がちらちらと揺れている。
「な…なにこれ…?」
声が震える。喉も、心臓も、何もかもが締め付けられるようだ。
そして視線の先――
「うわっ…」
蛇野目中、蠍毒酢、蟹ヶ谷頭羽異。
元気だったあいつらが、仮面ライダーの姿に変身し、生徒たちを襲っていた。
彼らの目は冷たく光り、笑顔は一切ない。
手には武器、そして背後には火の影――まるで戦場のような光景だった。
「蓮司…!」
三人の目が僕を捉える。
胸が跳ね、足が震えた。
「や…やめろ!僕に手を出さないで!」
だが次の瞬間、力強い影が割って入る。
ファム、ナイト、ゾルダ――僕の友達たちが、勇ましく立ちはだかる。
「行くぞ!」
けれど戦いはあっという間に荒れ狂った。
友達たちは必死に戦うが、次々と攻撃を受け、変身が解除されてしまう。
その光景をただ呆然と見つめる僕――胸の中に、言葉にならない恐怖と焦燥感が渦巻く。
そして、かすかな声が耳に届く。
「ごめんね、蓮司…7時に合流できなくて…」
ミカの声。
優しく、でもどこか切ない響き。
僕の心に痛みが走る。
「ミカ…!」
その痛みが怒りと変わる――僕は立ち上がり、全身に力を込める。
「変身…変身…変身!変身!!」
だが、体は思うように動かない。
「はぁ…はぁ…なんで…おれだけ…変身できないんだ!?
こんなに仇を取りたいのに…なんで…なんでだよ!!」
その叫びの直後、王蛇が剣を振り下ろす――
「くっ…!!」
熱い衝撃、鋭い痛みが頭を貫き、全身が凍りつく。
そして――目の奥が真っ白に染まり、心臓が跳ねる感覚と共に、世界は消えた。
「はっ…はっ…」
僕は飛び起きた。汗と涙で顔がびっしょりだ。
窓の外には夜の静寂。燃えた学校も、ライダーたちも、すべては夢だった――ただの夢だったんだ。
ベッドの上で、呼吸を整えながら、僕は手を握りしめる。
(…でも、夢なのに、なんでこんなに胸が痛いんだ…)
心の奥の焦燥感と、守りたかったものを失う恐怖が、まだ消えずに僕の胸を締め付ける――。
「あ…あ!まさかね!夢だよね!まさかね!」
僕はベッドから飛び起き、手で顔を覆いながら笑った。
「あ、まさか…正夢が起こるわけ…ないよな…」
でも、笑顔はすぐに凍りついた。
リビングに足を運ぶと、そこには――
誰もいなかった。
いや、正確には、いなくなってしまったのだ。
テーブルの上には、朝食の皿がそのまま残っている。
洗いかけの食器、散らばった新聞、椅子に置かれた衣類――
かつて家族が住んでいた空間は、まるで時間が止まったかのように、荒れ果てていた。
「え…?」
僕の声はかすれ、震えた。
心臓が激しく打ち、息が荒くなる。
思わず手で顔を覆うけれど、現実は変わらない。
親の笑顔も、声も、温もりも――すべてが消えていた。
絶望が、胸の中で爆発する。
「ちょ…ちょっと待って…これは…いや、だめだ…夢じゃない…」
涙が止まらず、手で顔を覆ってもあふれ出る。
嗚咽のような声が、空っぽのリビングにこだまする。
そして、そのとき、胸の奥がぐらりと揺れた――
(あ、あれ?僕…だれだっけ?)
目の前の景色が、言葉にならない違和感で埋め尽くされる。
(なんでこんなリビングは汚れてるの?)
(なんで僕は泣いてるの?)
(この家は…どこ…?)
思い出そうとしても、記憶の糸はすぐに途切れ、手の中から滑り落ちていく。
「…え?」
声は震え、指先は自分の顔や腕を触れる。
確かに体は僕のものだ。確かに目の前にはリビングがある。
でも、頭の中は空白。過去も家族も、自分の存在すら、なにもかもが霧のように消え去っていた。
気づけば、僕――朝倉蓮司は、記憶を失っていた。
世界は見慣れたはずなのに、すべてが他人のもののように感じられた。
声も、顔も、名前も、感情の理由も、何もかも――
失ってしまった。
震える手を握りしめ、僕はリビングの中央でただ立ち尽くす。
胸の奥の痛みと、絶望の重さが、押し寄せる波のように体を打つ。
――世界が、色を失ったように見えた。
通学路を歩いていた黒影蓮は、遠くで息を荒げて叫ぶ声に気づいた。
「蓮!」
振り返ると、ミカが全力で駆けてきて、肩で息をしながら手を振っている。
「どうしたんだ?ミカ…そんなに慌てて」
蓮は心配そうに歩み寄る。
「蓮司、知らない?昨日、朝の7時に集合って言ったけど…まだ来てないの!」
ミカの声は、焦りと不安で震えていた。
「まじ!?」
蓮も思わず声を上げ、二人は同時に蓮司の家へと走り出す。
家の前に立つと、玄関の扉は静かに揺れている。
蓮が恐る恐る押して中に入ると、リビングは薄暗く、静まり返っていた。
そして、目の前には――
誰もいない。
いや、正確には、亡くなってしまった蓮司の親の姿だけがそこにあった。
「な、なんで…?」
二人は言葉を失い、家の中を慎重に探索する。
床には埃や散らばった新聞、皿やカップが放置されていて、時間が止まったかのような異様な光景が広がっていた。
すると、奥の廊下からかすかな声が聞こえた。
「だ…だれ…?」
二人の視線が声のする方向に集中する。
薄暗い影の中から、震える姿が現れた――蓮司だった。
「蓮司!よかったー!いたのね!」
ミカは胸を撫で下ろし、涙混じりに駆け寄ろうとする。
だが、蓮の顔には深刻な表情が浮かんでいた。
「ミカ、残念ながら…蓮司は記憶を失ってるみたいだ」
蓮司は戸惑い、目を見開いたまま黙って立っている。
自分の名前も、家族も、今ここにいる理由も――何も思い出せない。
ミカは手を蓮司に伸ばすが、蓮司はただその手を見つめるだけだった。
静寂の中、胸の奥に重く冷たい何かが沈む。
「…大丈夫だよ、蓮司。きっと、少しずつ思い出せるから…」
ミカの声は優しいけれど、どこか切なさを含んでいた。
蓮司の瞳の奥に、絶望と戸惑いが入り混じる――
世界は突然変わってしまったけれど、彼の新しい物語は、ここから始まろうとしていた。
ミカと蓮司を家に残したまま、黒影蓮はスマホを取り出した。
画面に表示される名前を見つめ、深呼吸をひとつ。
「…もしもし、蛇野目?」
電話の向こうから、軽快な声が返ってくる。
「お、蓮か。どうした?」
「蓮司が…記憶喪失になっちゃってさ」
蓮の声には、心配と少しの焦りが混じっている。
「蠍毒酢と弁護くんに調べてもらいたいんだけど、聞いてくれない?」
電話の向こうで一瞬の沈黙――
それから、蛇野目の声が力強く返ってきた。
「わかった!任せろ、蓮。蠍毒酢にも連絡して、弁護くんと一緒に調べておく」
その言葉に、蓮は少しだけ肩の力を抜く。
「ありがとう、蛇野目。頼んだよ」
電話を切ると、蓮は深呼吸をひとつしてスマホを胸に抱えた。
(よし、これで少しは安心できる。蓮司を守るために、動き出さなきゃ)
窓の外に目をやると、まだ柔らかな朝の光が差し込む。
世界は少しずつ動き始めている――
蓮司の記憶も、いつか取り戻せるかもしれない。
黒影蓮は静かに拳を握り、決意を胸に固めた。
「よし…まずは情報を集めて、原因を探ろう」
電話越しの信頼感と友情を胸に、彼は次の行動へと歩き出した。
リビングで、蓮司はまだ不安そうに周囲を見回していた。
混乱した頭の中で、名前も顔も感覚もはっきりしない。
「ねぇ…お姉ちゃん、誰?」
小さな声で尋ねる蓮司に、ミカは柔らかく微笑みながら答えた。
「私は光山ミカ」
蓮司はその言葉を反芻し、目を細める。
「じゃあ…ぼくのお母さん?」
ミカの笑顔は、さらに優しさを帯びた。
「うん、そうだよ。今日からわたしが、お母さんの代わりになってあげる」
その言葉に、蓮司は少し肩の力を抜き、頷く。
「うん」
胸の奥にあった不安と恐怖が、わずかに薄れる。
混乱している頭の中で、唯一確かな存在――
それが、目の前にいるミカだった。
ミカはそっと蓮司の肩に手を置き、優しく微笑む。
「大丈夫。ゆっくりでいいから。焦らなくていいよ」
蓮司はその温もりを感じながら、まだ見えない未来に少しだけ希望を見出した。
そして、これからの日々を、ミカと一緒に歩いていこうと、小さな決意を胸に秘めた。
朝の教室。生徒たちのざわめきが静まる中、先生は出席簿を見つめ、眉をひそめた。
「…あれ?蓮司くん、黒影蓮くん、ミカさん、蛇野目くん、蠍毒酢くん…今日はいないのか?」
教室には小さなざわめきが広がる。
「昨日はみんな元気そうだったのに…まさか、体調不良か?」
先生の声には、心配と少しの困惑が混じっていた。
すると、校門の向こうから、大きな足音と共に一人の生徒が駆けてきた。
「先生!先生!」
蟹ヶ谷頭羽異だ。熱血な雰囲気を漂わせ、息を切らしながらも、背筋をまっすぐ伸ばして立ち止まる。
「と、突然ですけど、蓮司くん、黒影蓮くん、ミカさん、蛇野目くん、蠍毒酢くん――計5人は、今日は学校を休みます!!」
教室中が一瞬、ざわめきに包まれる。
「え…どうしたの?」
「なんで5人も?」
生徒たちの声が飛び交う中、先生は眉をひそめ、蟹ヶ谷の目をじっと見つめた。
「そうか…わかった、蟹ヶ谷くん。みんなの事情をちゃんと先生に説明してくれたんだな」
先生は少し安心したように頷く。
蟹ヶ谷は胸を張り、汗をぬぐいながらも言葉を続けた。
「はい!本人たちの意思を尊重して、今日は無理に登校させないようにします!」
教室の空気は少し落ち着き、ざわめきは徐々に静まる。
だが、蓮司たち5人がいないことは、ただの欠席以上に――
何か重大な事情が隠されていることを、誰もが薄々感じていた。
蟹ヶ谷の真剣な表情が、教室全体に静かな緊張感をもたらす。
「なるほど…みんな、大事な理由があるんだな」
先生はそう呟きながら、出席簿に静かに印をつけた。
その頃、蠍毒酢と弁護総理は、蓮司の部屋で黙々と調査を進めていた。
机の引き出しを一つずつ開け、ノートや教科書、スマホの履歴まで確認する。
蠍毒酢は手際よくメモを取り、弁護は冷静に物事を整理していたが、空気は妙に重かった。
「…おかしいな、どこにも手がかりがない」
蠍毒酢が眉をひそめる。
「うーん…普通なら学校や家族に聞けば済むことなのに、蓮司の記憶が完全に消えてるせいで何も繋がらない…」
そのとき、弁護が机の隅に置かれた蓮司のカバンに目を留めた。
弁護が手を伸ばし、ファスナーを開けると、埃をかぶった一枚のDVDが目に入る。
「…これは…?」
蠍毒酢も覗き込み、DVDのケースを手に取った。
「…仮面ライダー龍騎DVD0巻?」
蠍毒酢の声には困惑が滲む。
「なんでこんなものが…しかも0巻って…存在するのか?」
弁護はDVDを手に取り、少し固まった表情で呟いた。
「…あ、そういえば」
その言葉に、蠍毒酢は首を傾げる。
■回想シーン
数日前――蓮司は笑顔で弁護に話しかけていた。
「ねえねえ!弁護くん!
今日、仮面ライダー龍騎の0巻っていうやつレンタルしたから観るねー!」
弁護は当時、苦笑混じりに答えた。
「0巻…?存在するのか、それ…まあ、好きにしろよ」
蓮司は目を輝かせ、DVDを手に抱えて走り去った。
その無邪気さが、今の弁護には痛々しく思える。
■現在に戻る
弁護は深いため息をつき、DVDを握りしめたまま蠍毒酢に顔を向ける。
「蓮司め…あの、存在しないはずの仮面ライダー龍騎0巻を観たせいで…まさか…」
声は次第に震え、言葉を探すように途切れ途切れになる。
「どうした?」
蠍毒酢が眉をひそめ、DVDを手に取りながら問いかける。
弁護は言葉を選びながら、低く、しかし強い声で告げた。
「まさか…これを見て、蓮司は――
仮面ライダー龍騎の夢と現実を混ぜてしまう、変な夢を見てしまったのではないか…!?」
蠍毒酢はDVDを眺め、しばし沈黙した。
「…なるほど、そういうことか…」
理解したとき、背筋にぞくっとした冷たい感覚が走る。
「こりゃ、ただの記憶喪失だけじゃ済まないかもしれないな…」
二人は無言で顔を見合わせた。
部屋の空気が、突然、緊張で張りつめる。
蓮司の頭の中で起きた夢――現実と入り混じったあの奇妙な世界の理由が、ここにあるのかもしれない。
弁護総理の家の広い会議室。壁には世界地図や統計表が貼られ、机の上には資料やノートパソコン、文房具が無秩序に置かれている。
外の光が大きな窓から差し込み、床に影を落とす中、蠍毒酢は勢いよく机に飛び乗った。
「おーい、みんな注目!」
蠍毒酢は軽くジャンプして姿勢を正し、机の上で両手を広げた。
ミカは少し驚いた顔で手を胸に当て、黒影蓮は腕を組みながら眉をひそめる。
蟹ヶ谷は無表情ながら、熱い視線で蠍毒酢を見つめ、蛇野目は少し口を開けて耳を澄ましている。
「…みんな、聞いてくれ!」
蠍毒酢の声は力強く、しかし興奮と熱意で少し震えていた。
「わかったぞ、蓮司が記憶喪失になった理由は――
仮面ライダー龍騎0巻という幻のDVDを観て、現実と夢が合体する変な夢を観てしまったらしい!」
会議室に一瞬、静寂が訪れる。
ミカは目を見開き、思わず口を押さえる。
「…な、なんですって…?」
黒影蓮は眉を吊り上げ、椅子に手をついて前傾姿勢になる。
「0巻…?それで、まさか…あの夢と現実が混ざったってことか?」
蟹ヶ谷は無言で拳を握り、目を細めて考え込む。
「ふーむ、なるほど…それで蓮司の夢の中のライダーバトルが現実とリンクしていたのか…」
蛇野目も口を開け、少しずつ理解したように頷く。
「…つまり、あの夢の中で起こったことの理由は、DVDのせいってことか…」
蠍毒酢はさらに勢いをつけ、机の上でジャンプしてみせた。
「そうだ!しかも問題はここだ!
蓮司はDVDを観たことで、夢と現実の境界が曖昧になっちゃったんだ!
つまり、ライダーバトルの夢で襲われたり戦ったりしたことが、頭の中で現実の記憶と混ざっちゃったんだよ!」
ミカは唇をかみ、目に涙を浮かべながらも、必死に冷静さを保とうとする。
「…そっか…それで、私が蓮司のお世話をしても、本人は何も覚えていないんだ…」
黒影蓮も深く息を吐き、肩の力を抜く。
「なるほど、あの夢のせいで、蓮司は本当に何も覚えてない状態になってるってわけか…」
蠍毒酢は机の上で両手を叩き、さらに強調する。
「そうだ!DVDを観たのはたった一回かもしれないけど、蓮司の頭の中ではそれが現実と夢を繋ぐトリガーになった!
だから記憶喪失になったのも、夢の中で暴れたことのせいで、精神がパニックになったせいなんだ!」
蟹ヶ谷は腕を組み、考え深げに頷いた。
「なるほどな…じゃあ、蓮司を助けるためには、まずこの“夢と現実が混ざった状況”を整理してあげる必要があるわけか…」
蛇野目も少し笑みを浮かべる。
「ふーん、なるほどな。DVDのせいで現実と夢が合体…俺たちも気をつけないと、同じことが起きるかもしれないな」
蠍毒酢は満足げに胸を張る。
「そうだ!そしてこれからは俺たちで、蓮司の記憶を少しずつ取り戻させてあげるしかない!
でも、まずはDVDの存在を把握し、夢の内容と照らし合わせて分析するんだ!」
会議室には、蠍毒酢の興奮と緊張感が渦巻く。
ミカは蓮司のことを思い、そっと拳を握る。
黒影蓮は深く頷き、蟹ヶ谷は目を細めて計画を練り、蛇野目は冷静に情報を整理する。
この瞬間、彼らは全員、蓮司を助けるための作戦の最初の一歩を踏み出した――
そして、蓮司の夢と現実が交錯した不思議な世界の謎を解き明かす、長く険しい道のりが始まろうとしていた。
蠍毒酢の手からDVDを受け取り、蛇野目は眉をひそめながら目を細めた。
「…おかしいな」と彼は小さく呟く。何か腑に落ちないことを感じていたのだ。
「ちょっと借りるぞ」
そう言って慎重にDVDケースを開く。紙のジャケットには、見慣れない文字がぎっしりと並んでいた。
蛇野目は息をのむ。そこには、信じがたい内容が書かれていたのだ。
■DVDジャケットに書かれた内容(蛇野目が声に出して読む)
「仮面ライダー龍騎のスピンオフ!
コミュ力おばけの高校生の友達が全員仮面ライダーに!?
元々いじめっ子だったやつが王蛇!?
そして友達がファム、ナイト、ゾルダに変身!?
だがすぐにやられてしまい、主人公も変身しようとするが…」
蛇野目はその文字を読み進めるたびに眉を吊り上げ、目を見開き、机の上で微かに震えていた。
「おい!これを見ろ!」
彼の声には、驚きと恐怖が混ざり、同時に焦燥感が滲んでいる。
その隣には、さらに小さく、だが明確に強調された注意書きがあった。
「注意!
これは衝撃が強すぎて夢に影響をもたらす可能性があります。そのあと自分の親がなくなる可能性が高くなり、それが起こった場合、記憶喪失になります」
蠍毒酢は息をのんで、目を見開く。
「…な、なんだって…?」
弁護総理も額に手を当て、心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。
「や…やはり…これか…これが全ての原因なのか…?」
ミカは目に涙を浮かべながら、声を震わせた。
「そ、そんな…本当に、こんなことが…夢に影響するなんて…」
黒影蓮は腕を組み、唇を噛む。冷静を装いながらも、心の奥で強い恐怖を感じていた。
「…つまり、蓮司が見たライダーバトルの夢は…このDVDを観たせいで、現実と夢が入り混じってしまったってことか…」
蛇野目はDVDの文字を指で追いながら、額の汗を拭う。
「しかも…ただの夢じゃない。夢の中で起こったことが、現実にも影響する可能性があるって書いてある…つまり、蓮司の両親がいなくなったのも…」
会議室は重苦しい空気に包まれ、誰もが言葉を失う。
机の上に置かれたDVDケースが、まるで冷たい証拠物件のように、沈黙の中で光を反射していた。
蠍毒酢がゆっくりと頭を抱える。
「これは…完全に蓮司の夢と現実がリンクした結果じゃないか…」
弁護総理は深く息を吸い、冷静に分析しようとする。
「つまり、DVDを観る→夢を見る→夢と現実が混ざる→両親が亡くなる→記憶喪失…こういう因果があるってことか…」
ミカは唇を噛み、震える手で胸を押さえた。
「…そんな、ひどすぎる…」
蛇野目はDVDケースを握りしめ、目を閉じて深呼吸する。
「よし…分かった…これでやっと理由がわかった。
だが…これで終わりじゃない。蓮司を元に戻す方法を考えないと…」
会議室の空気は張り詰めたまま、誰も声を出せなかった。
ただ、DVDケースに書かれた文字の冷たさが、全員の胸に重くのしかかる――
蓮司の夢と現実の境界線が完全に壊れた原因が、今、ここで明かされたのだった。
会議室の空気は張り詰め、DVDケースの存在が静かに、しかし確実に全員の心を圧迫していた。
蠍毒酢がまだ頭を抱えている中、蟹ヶ谷が腕を組み、眉をひそめて声を上げる。
「でも、どういうことだ?
内容は…普通じゃないか。友達がライダーになるくらいで、なぜ夢に影響するってことになるんだ?」
会議室の中が一瞬、沈黙に包まれる。
弁護総理は書類に目を落とし、深く息をつきながら顔を上げた。
その目には、冷静さと同時に鋭い洞察が光っていた。
「おそらくこうなってしまったのではなかろう」
弁護はゆっくりと、しかし一語一句を確かめるように口を開く。
「夢に影響する、という警告の意味は、単に内容が刺激的であることではなく――
『自分の友達が登場人物になる』という点にこそ核心があるのだ」
蠍毒酢が顔を上げ、目を大きく見開く。
「え…つまり…蓮司の友達がライダーとして登場するから、夢の中の出来事が現実に影響したってことか?」
弁護は頷き、指で机を軽く叩く。
「その通りだ。つまり、夢の中ではこういう割り当てになっていたのだろう」
彼は紙に簡単な表を書き、みんなに見せる。
ミカ → ファム
黒影蓮 → ナイト
弁護 → ゾルダ
蛇野目 → 王蛇
蠍毒酢 → ライア
蟹ヶ谷 → シザース
蓮司 → 龍騎(変身できず)
「この割り当てを見るとわかる通り、蓮司は本来龍騎に変身できるはずだったが、何らかの理由で変身できなかった。
そして、夢の中で王蛇――すなわち蛇野目に剣を突きつけられ、襲われそうになった瞬間、焦りと恐怖が頂点に達した。
それが原因で蓮司は目を覚ます。つまり夢の中の焦りと恐怖、友達が登場するという状況が、現実の脳内で混乱を引き起こしたというわけだ」
蠍毒酢は頭を抱えたままうめく。
「なるほど…ただの夢じゃなく、心理的トリガーとして作用して、記憶喪失まで引き起こしたってことか…」
ミカは唇を噛み、瞳を潤ませながらも必死に理解しようとする。
「そっか…だから私が優しくしても、蓮司は何も覚えていないんだ…全部、夢が原因なんだ…」
黒影蓮は腕を組み、机に肘をついて深く考え込む。
「つまり、夢の中での各キャラの役割と現実の友達の存在がリンクして、精神的な負荷がピークに達した結果が、記憶喪失につながったわけか。
友達がライダーとして戦うという設定が、蓮司にとって強烈すぎたんだな」
蟹ヶ谷は腕を組んだまま、少し前かがみになり、眉を寄せる。
「ふむ…それでも、夢と現実をこんなにリンクさせるなんて、信じられん…
普通の人間なら、ただの夢で終わるはずだろうに」
弁護は視線を天井に向け、一息つく。
「普通の人間ならな。しかし蓮司の場合、彼の特異な心理状態――つまりコミュ力おばけで友達想い、そして友達を失う恐怖が強烈に作用したことが、夢を現実と結びつける触媒となったのだ」
蛇野目はDVDケースを握りしめ、息を整える。
「つまり…DVDを観たことで蓮司の頭の中にシナリオが出来上がり、そのシナリオに自分と友達を当てはめてしまった…その結果、夢での恐怖が現実の精神に直接影響して、両親がいなくなったことや記憶喪失まで引き起こした…」
蠍毒酢は膝を抱えながら、唸るように言った。
「つまり、蓮司が記憶を失ったのは、単なる事故じゃない…夢と現実が交錯した必然の結果だったんだ…」
会議室の空気は静まり返り、全員がDVDケースの文字を再び見つめた。
机の上に置かれた薄い紙切れが、まるで未来を決定づけたかのように、重く、そして冷たく光を反射している。
弁護は最後に静かに言った。
「これで理由ははっきりした。
だが、ここからどうするか――蓮司を元に戻すための方法を考えないとならない。
夢の中の出来事と現実の歪みを、俺たちが整理してあげるしかないのだ」
全員が深く頷き、会議室には決意の沈黙が流れた。
誰もが、蓮司を救うための長い戦いが、今まさに始まったことを理解していた――
そして、夢と現実の境界線が崩れたその先に待つ試練に、全員の胸は固く引き締まっていた。
会議室の空気は依然として重く、DVDのジャケットが机の上で冷たく光を反射していた。
蠍毒酢は膝を抱え、頭をかかえて唸る。ミカは指先をそっと組みながら、まだ蓮司のことを思い涙ぐんでいる。
黒影蓮は腕を組み、眉をひそめながらDVDケースをちらりと見た。蟹ヶ谷は無言で腕を組み、天井のシーリングライトの光をぼんやり眺めている。
弁護総理は資料の束を手に取り、メモをとろうとしたが、緊張感のあまりペン先がうまく動かない。
その沈黙を破ったのは、蛇野目だった。
「そういえば、弁護――お前、蓮司が0巻を借りたって言ってたよな?」
彼の声は冷静だが鋭く、まるで事件現場で犯人の動向を読み解こうとしている刑事のようだった。
「それ、どこで借りたか、詳しく聞いたか?」
弁護は顔を曇らせ、少し肩をすくめた。
「あまり聞いてない…確か、蓮司がレンタルしたとか、友達から借りたとか、そういう曖昧なことしか言ってなかった」
彼の声は落ち着いているが、その裏には焦りが隠せない。
「…でも、やっぱり気になるな…あのDVDが直接、蓮司の夢と現実を破壊した原因だと思うと、どうしても無視できない」
黒影蓮は腕を組んだまま、机に前傾姿勢で体を寄せる。
「たぶん、いや、これはあくまで予想だと思うが」
彼はゆっくりと一呼吸置き、全員の目を見渡す。
「たぶん、レンタル屋から普通に借りたわけじゃない。誰かが意図的に貸したんじゃないかと思う」
その言葉に、会議室に一瞬ざわめきが走った。
蠍毒酢が眉を寄せ、頭を抱えたままうめく。
「え…ちょ、ちょっと待ってくれ…つまり誰かが…蓮司にこの0巻を観せたってことか?」
ミカは目を大きく見開き、手を胸に当てて唇を震わせる。
「そ、そんな…意図的に…?どうしてそんなことを…?」
蟹ヶ谷は口をへの字に曲げ、顎に手を当てて考え込む。
「ふむ…確かに、普通にレンタルしただけなら、こんな極端な事態にはならん。
DVDの存在自体が“引き金”になった以上、誰かの意図が働いた可能性は十分にあるな…」
弁護は深く息を吸い、視線を落とす。
「もし意図的だとしたら、目的は何だ…?
蓮司を混乱させ、夢と現実を交錯させることで、記憶喪失にまで追い込む…
そんなことをする人間がいるのか…」
蛇野目はDVDを握りしめ、静かに机に置いた。
「目的はどうあれ、現状は事実だ。
蓮司は0巻を観たことで夢と現実がリンクしてしまい、両親がいなくなるという現象まで起きた。
ここから先、誰が何をしたのかを突き止める必要がある」
蠍毒酢は膝を抱えたまま頭を振る。
「うう…考えたくないけど…確かに、これを誰かが仕組んでやった可能性はある…
でも、じゃあ…一体誰が…?」
ミカは涙をこらえつつ、低い声で呟いた。
「…蓮司のことを狙って、こんなことを…信じられない…」
黒影蓮は冷静に周囲を見渡す。
「重要なのは誰が貸したかじゃなく、まずは蓮司を元に戻すことだ。
それができなければ、誰が意図的にやったかなんて追求しても意味がない」
弁護は深くうなずき、資料の束に手をかける。
「黒影の言う通りだ。
だが、情報はできるだけ正確に把握する必要がある。
0巻を貸した人間が特定できれば、再発防止や、蓮司を取り巻く状況の整理にもつながる」
蛇野目はしばらく黙ってDVDを見つめ、やがて口を開いた。
「よし…まずは貸した経緯を調べる。それと、DVDの内容をもう一度精査しよう。
蓮司の夢の世界で何が起こったのか、そして誰が関与していたのかを突き止めるんだ」
会議室の空気は、DVDケースを中心に緊張感で満ちていた。
だが、同時に決意も芽生えていた。
全員が心の中で、蓮司を救い出すための行動を固く決意し、そして、意図的に起こされたかもしれない事件の真相を明らかにするための戦いが、今まさに始まろうとしていた。
机の上に置かれた0巻のDVDケースは、冷たい光を反射しながら、まるで次に何が起こるのかを静かに予告しているかのようだった。
ミカはみんなに向かって真剣な表情で言った。
「1つ心当たりがあるんだけど、たぶん…先生じゃないかな?」
最初は、黒影蓮や蠍毒酢、蟹ヶ谷、蛇野目たちは半信半疑で首を傾げていた。
「先生?」黒影蓮が目を丸くし、少し眉をひそめる。
「いや、違うだろ、先生がそんな…」
しかし、蠍毒酢が腕を組み、少し前かがみになりながら真剣に言った。
「いや、もしかしたらそうかもしれない」
蟹ヶ谷は腕を組んだまま眉を上げ、疑問符を浮かべる。
「どういうことだよ?何の話だ?」
蠍毒酢はうなずきながら説明する。
「蓮司は“誰かに貸してもらった”って言ってたんだ。
でも、それが友達とは限らない。つまり、友達以外――たとえば先生が貸した可能性もあるってことだ」
その瞬間、ミカの目がキラリと光った。
「そう!だから、みんなにはお願い!明日、学校に行って先生に問い詰めてほしいの。
私は蓮司くんのケアをしてるから、家で見守ってる!」
黒影蓮は静かにうなずき、拳を軽く握る。
「わかった、俺たちが学校で動く。先生に確かめる」
蠍毒酢も少し笑みを浮かべ、膝を机に乗せたまま言った。
「よし、なら俺たちは昨日の推理通りに行動すればいいわけだな。蓮司のために、手を抜かずやろう」
蟹ヶ谷も無言でうなずき、強い決意を胸に抱いた。
「…よし、やるか」
そして、回想は終わり、現実の光山家のリビングに戻る。
蓮司はまだエッグトーストをもぐもぐと食べながら、無邪気に口を開く。
「んー、おいしいな…でも、お兄ちゃんたち、まだ帰ってこないなあ」
ミカはにっこり笑い、優しく蓮司の背中に手を置く。
「大丈夫、蓮司くん。心配しなくていいよ。
今日は私がちゃんと見てるから、安心して食べてて」
そのとき、心の奥でミカは小さくつぶやいた。
――みんな、頼むよ…蓮司を守るために、絶対に作戦を成功させて…!
リビングには朝日が差し込み、窓の外からは鳥のさえずりが聞こえる。
平和な朝の光景の中で、誰もが密かに緊張を抱え、今日起こるであろう小さな戦い――
蓮司を中心にした“夢と現実の修復作戦”の準備を心に決めていた。
そのころ、学校の廊下は放課後の空気がまだ少し残っていた。
生徒の姿がすっかり消え、カーテンが揺れ、夕陽がガラスに反射して細い光の筋を職員室へと伸ばしている。
その職員室の中――誰もいないはずの空間に、ひとりの大人の影が立っていた。
担任の先生だった。
彼は薄暗い部屋の真ん中で、奇妙に輝くDVDケースをじっと見つめている。
それは例の「仮面ライダー龍騎 0巻」。
存在しない幻のはずのDVD。
先生の指先は震え、その表情は怒りとも焦りともつかない、不安定な歪みを見せていた。
「……これで、朝倉は……」
誰もいないはずの部屋で、先生は不気味に独り言をこぼす。
そのとき――
ギィ…と、職員室のドアがゆっくり開いた。
「それ、どうするんだ?先生。」
静かな声が室内を切り裂く。
黒影蓮だった。
続いて蛇野目、蠍毒酢、蟹ヶ谷、弁護総理が後ろに立っていた。
先生は飛び跳ねるように振り向き、目を大きく見開く。
「あなたたち!な、なぜここに!?」
息を荒らし、DVDを背中に隠す。
その動きは明らかに不自然で、全員が何を隠したのか理解した。
そこで、場に似つかわしくない声が響いた。
蟹ヶ谷が胸を張り、ドヤ顔で言い放つ。
「へへーん!運動部の俺の説得力なめんな!」
黒影蓮が思わず顔をしかめ、
「ええ!?蟹ヶ谷って運動部だったん!?」
と全力でツッコむ。
しかし蛇野目はそんな漫才のような空気を一瞬で凍らせるほど鋭い目をしていた。
蓮司のために、誰よりも怒っている。
「答えろ、先生。なんでこんな事をした。」
低く、抑えた声。その裏に燃える怒りが滲んでいた。
先生は唇を震わせ、次の瞬間――
堰を切ったように叫び始めた。
「許せなかったんだよ……!!!」
職員室に先生の怒声が響く。
「許せなかったんだッ!あの朝倉が!!!
あいつがいなければ、私はもっと人気だった!
生徒からも、保護者からも褒められた!
だけど……!!
あいつのせいで、おれは人気を失ったんだ!!!
コミュ力? 人望? 優しさ? そんなもの……教師の俺より褒められやがって!」
顔を真っ赤にし、手を震わせ、まるで壊れた蛇口のように不満が溢れ出す。
「だから復讐した!!
おれの人気を奪った朝倉に!!
あいつの人生を少しぐらい壊しても、文句言われる筋合いは無いだろう!!
おれがずっと我慢してきたんだから!!!
文句あるか!? えぇ!?!?」
最後には叫びながら机を叩きつける。
DVDケースが跳ね、鈍い音を立てて床に落ちた。
その空気を冷たく切り裂くように――
弁護総理が歩み出た。
その手には、録音アプリが起動したスマホ。
いつの間にか、先生の告白をすべて録っていた。
「そうか。」
弁護は冷静に、しかし明らかに怒りを抑えた声で言う。
「証拠の音源、すべて取りました。
そして今、放送室で――あなたの告白を全校放送で流しています。」
先生の顔色が一気に青ざめる。
膝が震え、口がパクパク動くだけになった。
弁護はさらに続けた。
「それと、警察にも通報した。
あなたはもう終わりだ。」
その言葉は、冷たい刃のように職員室の空気を斬り裂いた。
先生は力が抜けたように椅子にくずおれ、DVDがカラカラと床で転がった。
黒影蓮、蠍毒酢、蟹ヶ谷、蛇野目は、蓮司のためにようやく掴んだ“犯人”を前に、ただ静かに立っていた。
職員室の空気は、まだざわめく廊下の音を遠くに聞きながらも、重く沈んでいた。
担任の先生は椅子に崩れ落ち、床に散らばったDVDケースを見つめたまま、か細い声を絞り出す。
「そ…そんな!
私の…人望…が…!」
声はかすれ、震え、どこか哀れささえ帯びている。
かつては自分が信じた教育者としてのプライド――それが崩れ去ったことを理解しているのだろう。
だが、その瞳の奥には、まだ怒りの残滓がちらついていた。
黒影蓮が腕を組み、鋭い視線で先生を見下ろす。
「終わりだと思うか?」と問う前に、弁護が冷静かつ重々しく言葉を続けた。
「最後に聞く。蓮司を元に戻す方法は――?」
室内は一瞬の静寂に包まれた。
窓から差し込む斜めの光が、先生の顔の皺や汗を浮かび上がらせる。
その表情は、怒りと絶望の狭間で揺れていた。
そして、ゆっくりと震える声で、先生は答えた。
「…豚汁を飲ませたあとに、仮面ライダー龍騎の第一話を見せてもらえば、記憶は戻ります…」
部屋中に、微かな沈黙が訪れた。
蠍毒酢は机に肘をつき、思わず眉をひそめる。
「は…?」と小さくつぶやき、目を見開く。
黒影蓮は鋭い目で先生を見つめながらも、声を低く発した。
「うそじゃねぇだろうな」
先生は首を大きく振り、両手でDVDケースを握りしめる。
「嘘じゃありません。
……本当に、嘘ではないのです。」
その瞬間、室内に重苦しい静寂と、わずかに希望の光が交差する。
仲間たちは互いに目を見合わせる。
「つまり、豚汁…?それと仮面ライダー龍騎の第一話……」
蟹ヶ谷は少し笑みを浮かべ、半信半疑ながら拳を握る。
「なんだよそれ…現実味なさすぎじゃね?」
しかし、蠍毒酢は冷静にうなずきながら言った。
「いや、考えようによっては理にかなってる。
記憶喪失になった原因は“夢と現実の融合”。
夢での龍騎の存在と、現実の映像を再結合させれば、脳内でリセットされた神経回路を刺激できる――つまり可能性はある」
黒影蓮は顔をしかめ、眉を寄せた。
「…ならやるしかねぇな」
蛇野目は腕を組み、真剣な眼差しで先生を睨む。
「お前のせいでこんなことになったんだ。
だが、方法があるなら、俺たちで蓮司を取り戻す」
弁護は淡々と、しかし力強く結論をまとめる。
「よし、手順を整理する。
蓮司に豚汁を用意する。
食べさせる。
その直後に龍騎第一話を見せる。
成功率は……未知数だが、可能性はゼロじゃない」
先生はうなずき、床に落ちたDVDケースを見つめながら、疲れた声で言った。
「…くれぐれも失敗しないでください。
蓮司くんの脳は、まだ不安定です。間違えば、もう二度と戻らないかもしれません」
部屋の空気は再び重くなる。
だが、仲間たちはそれを恐れず、むしろ使命感に燃えていた。
この瞬間、蓮司を救う希望が、確かに生まれた瞬間だった。
蠍毒酢は机に肘をつき、真剣な顔で仲間たちを見渡す。
「よし、じゃあ明日から作戦開始だ。
豚汁と龍騎第一話で、蓮司を元に戻す――俺たちの手で、絶対にだ」
黒影蓮、蛇野目、蟹ヶ谷、ミカの家で待つ仲間たち……
それぞれの決意が、職員室の静寂を越えて、学校中に静かに波紋のように広がった。
そして、夕陽の差し込む職員室で、先生は床に座り込み、ただDVDを握りしめたまま、静かに涙をこぼしていた。
自分の愚かさと、失った信頼と、そして――
仲間たちの揺るがぬ決意を前に、初めて理解したかのように。
翌日の光山家のリビングは、いつもより少し静かだった。
朝の光がカーテンの隙間から柔らかく差し込み、暖かいオレンジ色の光がテーブルの上に置かれた湯気の立つ豚汁に反射している。
リビングの空気には、緊張と期待が混ざり合い、まるで嵐の前の静けさのようだった。
ミカは深呼吸をして、テーブルの前に座る蓮司を見つめた。
「よし…今日こそ、蓮司くんを元に戻すんだから…」
小さく自分に言い聞かせるように呟いた。
その表情には、強い決意と、わずかな不安が入り混じっている。
蓮司はまだ、眠そうに目をこすりながら、頭の中にモヤモヤとした感覚を抱えていた。
夢の中でのライダーバトルの光景、学校の混乱、燃える体育館の幻影――それらがまざまざと蘇り、まるで現実と夢の境界線が曖昧なままだった。
「さあ、蓮司くん。まずはこれを…」
ミカは手元の豚汁を差し出す。
蓮司は少し戸惑いながらも箸を手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
あたたかい豚汁の香りと味が、彼の全身にじんわりと染み渡る。
その瞬間、心の奥底で微かに欠けていた感覚――安心感、家族や友達といる安心――が少しずつ蘇るのを蓮司自身も感じた。
そしてミカは、蓮司の隣にノートパソコンを置き、仮面ライダー龍騎の第一話を再生する。
画面に映る龍騎の姿と戦いのシーン、そして夢で見た風景との奇妙なリンクが、蓮司の脳内で再び結びついていく。
「ふう…これで大丈夫かな…」
ミカは小さく息を吐き、蓮司の背中をそっとさすった。
蓮司は目を閉じ、眠気に包まれながら徐々に意識を落としていく。
その眠りは、ただの休息ではなく、夢と現実をつなぎ合わせる再起動のような深い眠りだった。
時間が静かに流れ、リビングには豚汁の香りと、龍騎の画面から漏れる音声だけが漂っている。
ミカは椅子に腰掛け、蓮司の寝顔を見つめながら、手を胸に当てて静かに祈った。
「お願い、蓮司くん。元に戻って…」
しばらくして、蓮司がゆっくりと目を開ける。
瞬きのあと、周囲を見渡し、少し戸惑った声を漏らす。
「あ…あれ?
ここ、ミカの家?」
その瞬間、ミカの目が大きく開き、安堵の息が漏れる。
「蓮司、大丈夫?」
蓮司は少し間を置き、表情を柔らげて答えた。
「ああ!大丈夫だ!」
その声には、夢と現実の狭間で揺れ動いた心が、確かに戻ったことの安心感がにじんでいた。
ミカは蓮司の隣に立ち、そっと彼を抱きしめる。
小さな肩の震えを感じ取り、優しく頭を撫でながら、低い声で言った。
「よかった…心配したんだからね…」
蓮司は一瞬、抱きしめられたことに驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑む。
夢で感じた孤独、親を失った絶望、そして混乱――それらすべてが、ミカの温もりに包まれることで和らいでいく。
リビングには静かな、しかし確かな安堵の空気が漂った。
外の光は暖かく差し込み、蓮司の目には、遠くに広がる青空のような清々しさが映る。
過去の混乱や恐怖の影はまだ微かに残るものの、仲間の存在と、日常の中の小さな安心感が、彼の心をゆっくりと満たしていった。
そして蓮司は、夢で感じた焦りや怒りを思い返しながら、ほっと息をつく。
「…ああ、これで…元に戻れたんだな…」
ミカは微笑みながら、蓮司をそっと離し、目を見つめる。
「うん、大丈夫。もう怖いことはないからね」
リビングの中に、柔らかな光と、温かい空気が満ちる。
蓮司の胸の中にも、再び日常の安心感と、仲間たちと共に歩む未来への希望が静かに芽生えていった。
翌日の学校の校庭は、朝日を浴びてキラキラと輝き、少し肌寒い風が校舎の間を通り抜けていた。
蓮司は昨日の出来事を思い返しながら、少し不安そうに教室の前に立っていた。
まだ記憶の混乱が完全に消えたわけではないが、豚汁と龍騎第一話での回復で、心の奥に小さな安堵が芽生え始めていた。
そこへ弁護が歩み寄る。
背筋は伸び、いつも通り冷静な表情を保っているが、どこか声のトーンが柔らかく、謝罪の意を滲ませていた。
「蓮司、すまん…あの日、俺が止めなくて…」
弁護の目には、責任感と後悔が入り混じっている。
蓮司はしばらくその言葉を黙って聞き、そして少しだけ顔をしかめた。
胸の中で昨日の恐怖と混乱の影がちらつくが、今の彼にはもう恐怖に押しつぶされるだけの心は残っていない。
蓮司は深呼吸をひとつして、にっこりと笑った。
「いいんだよ、弁護くん。
昨日のことはもう終わったし、今こうしてみんなと一緒にいられるんだから」
その笑顔は、どこか昨日までの混乱の影を消し去るような清々しさがあった。
弁護は少し驚きつつも、ほっとした表情で肩の力を抜く。
「そ、そうか…そう言ってくれるなら、よかった」
そのとき、黒影蓮や蛇野目、ミカ、蠍毒酢、蟹ヶ谷も集まり始め、教室前は少し賑やかになる。
みんなが蓮司を囲み、それぞれの表情に安心感と微笑みが広がる。
蓮司は仲間たちを見回し、夢の中でのライダーバトルや恐怖の出来事を思い出す。
でも、今はもう大丈夫だという感覚が心の奥で確かに存在していた。
「ありがとう、みんな。…これからも、よろしくね!」
その声に、仲間たちは一斉に笑顔を返す。
朝の風が校庭を通り抜け、桜の花びらのように軽やかに揺れる中、蓮司と仲間たちは、昨日までの混乱を乗り越え、新たな一日を迎えた。
校庭の空気は清々しく、少しずつ日常の匂いを取り戻しながら、仲間たちの絆と蓮司の笑顔が、その場に温かい光を落としていた。