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「それでアルス殿下はそれから?」


国王陛下の対応からアルス殿下の末路はおおよそ予想が付きますが。


「既にこの世の者ではないでしょう」

「そう……ですか」


いくら廃嫡してもアルス殿下の血筋は間違いなく王家のものなのです。ただでさえ声望が失墜している国王が火種となるアルス殿下を放置するわけもありません。


つまりはそう言う事です……


「驚かないのですね」


ジグレさんの目が鋭くなり剣呑な光が灯りました。


「仮にも元婚約者で、婚約破棄を突き付けてあなたを追放した者の末路なのですよ?」


焚き付けるようなジグレさんの言葉にも、私の心は波の立たない水面の如く凪いでいました。


「アルス殿下に恋をしていたと思っていた時期は確かにあります。ですが、それは恋に恋をしていただけで……あまり感慨はないのです」


それが私の偽らざる今の本当の気持ち。


「恨みはないのですか?」

「恨み……ですか」


ですがジグレさんの詮索は止まりまん。


「冤罪や婚約破棄、果ては追放の時にはかなり酷い仕打ちを受けたと聞き及んでおります」

「確かに冤罪や婚約破棄に打ちのめされ、追放されて失意の中この地へ来ました」

「でしたら……」


私はただにこりと笑ってジグレさんの言葉を遮りました。


「ですが私はリアフローデンの人々と出会い、彼らに支えられ、日々を平穏に過ごしています」

「だから彼らを許すと?」


私は静かに頭を振りました。


「許すとか許さないとかではないのです。私はここで幸せに生きていますから」


呆れなのか、感心なのか、ジグレさんは息を吐くと先程まで纏っていた殺気にも似た空気が和らぎました。


「彼らを一顧だにしない私を冷たいとお思いですか?」


ジグレさんは「いいえ」と首を振った。


「シスター・ミレは本当に真面目で優しく、そして己に厳しい方ですね」

「そうでしょうか?」

「遠く異国の見知らぬ人の不幸を聞いて、真に悲しむ人がいましょうか?」


私は黙ってジグレさんの言葉に耳を傾けました。


「シスター・ミレの中ではアルス殿下もエリー様ももはや遠い異国の存在なのですね。彼らは彼らの『物語』の中で生きました。あなたはその『物語』から彼らの手によって引き摺り下されたのです。だから今のシスター・ミレは別の、あなた自身の『物語』の中で今を生きている」


ジグレさんの言葉が私の心の中でストンっと落ちるようにしっくりきました。


誰もがそれぞれの『物語』の中で生きているのですね……


「シスター・ミレはこの地を去る気はありませんか?」


突然のジグレさんの提案に私はびっくりして言葉を失いました。


「この国の王は自分の脅威となる者を次々と処断しております。治療もせずに腐っていく自分の手足を切って延命を図っても先は無いでしょうに。この国は現在かなり危ういところに立っています」

「……そうかもしれませんね」


私が肯定するとジグレさんは大きく頷きました。


「もう一度だけお尋ねします。この国を捨てて私と一緒に他の国へ行きませんか?」

「申し出はありがたいのですが、私はこのリアフローデンで生きていくと決めたのです」


その返事にジグレさんは即答ですかと笑った。


「まあ、初めから答えは分かっていましたが」

「分かっていて聞いたのですか?」

「はい……任務ですから」


任務――およそ商人には似つかわしくない用語。

ですが、彼が使っても違和感はありませんでした。


「やはりお気づきだったのですね。私の正体に……」


ジグレさんの正体……


情報は商人にとって生命線とも呼べるものです。にも関わらず、ジグレさんはいつも私に世間話をするかのように重大事を教えてくれるのです。行商人にしては余りにおかしな行動です。


「もうお察しの事とは思われますが商人の私は擬態です」

「この国の内情を探りに来られたのですね」


ジグレさんは誤魔化さず頷きました。


「はい。そして、あわよくばミレーヌ・クライステルを亡命させろとの命も受けていました」


だからジグレさんは何かと私に接触してきたのですね。


「ですがミレーヌ様は既にこの世にはおらず、この地にはシスター・ミレという素敵な女性がいるだけでした」


ジグレさんは片目を器用に瞑って、くすりと笑いました。


「ですので今年でお役御免と言うわけです」

「ジグレさん」


それが彼が自分の正体を明かした理由。

もうここでの彼の仕事は終わったのでしょう。


「この地での任務は中々に楽しかったので少々残念ではありますが……」

「寂しくなります」


私もですとジグレさんは柔らかく笑いました。


「別離はどれだけ経験しても胸の内を空虚にするものですね」

「それだけ関わりの中で幸せな時間を過ごしたという証でしょう。ですが大丈夫です。あなたの心に開いた穴は埋まります」


ジグレさんは予言のようなな確信めいた言葉を口にしました。


「ユーヤさんは帰ってきますよ……必ず」


それだけ言い残すとジグレさんはリアフローデンから去って行きました。



翌年の夏、ジグレさんは姿を見せませんでした。

その次の年も、そしてその次の年も……


吸い込んだ空気が冷たくなってきており、今年の夏ももう終わりが近いのだと感じられました。


やはり今年もジグレさんはリアフローデンへやって来ることはありませんでした。もう二度と来訪することがないと分かってはいたのですが、少し寂しい気持ちになります。


顔を上げれば良く晴れた澄み切った青い空。

遥か高くに幾つもすじ雲が流れていました。


この雲の流れて行く先にもきっと同じような空が繋がっています。


今も私が私の『物語』の中に生きているように、この空の下ジグレさんも自分の『物語』の中に生きていることでしょう。


そして、それは遠い空の下で戦っているユーヤも同じ……

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