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台風が過ぎたばかりの空は、雲ひとつない晴天だった。
私は玄関を出てすぐ、日差しの強さに目を細めた。
「おはよー!澪!待ってたよー!」
教室に着くと、杏が真っ先に私に駆け寄ってきた。
杏の顔はいきいきしていて、これからいい報告があると信じきっている。
私は苦笑いした。
「おはよう。
今日帰りにハンバーガー食べて帰らない?
話はその時に」
今日は始業式とHRだけで、授業はない。
私の提案に、杏は「えーっ」とあからさまにがっかりした。
「ハンバーガーはいいけど、今聞きたいよー。
めっちゃ楽しみにしてたのに!」
「ごめんごめん。
けど、今じゃちゃんと話せないからさ」
「わかったよー。なら放課後楽しみにしてる!」
「うん、放課後にね」
それからしばらくして気付いたけど、中庭で私とレイがキスしていたという噂は、思った以上に広まっていた。
始業式からクラスに戻った時、佐藤くんにも聞かれた。
「広瀬、あの噂って……」
「あぁ、うーんとね」
私は今日何度目かの苦笑いをする。
「あれは交換条件で……。
けど間違ってもないんだ」
「えっ、そうなんだ。
ならレイさんと付き合ってんだね」
「……うん、たぶんそうだと思う」
「ちょっと。
たぶんそうだと思うって、広瀬」
驚いたのか、心配そうな佐藤くんの目が細くなった。
だけど、私はやっぱり苦笑いしかできない。
お互いのことが好きでも、私とレイが「付き合ってる」のかは微妙だし、きちんと説明するにも時間がかかる。
「で、レイさんとのデートはどうなったの!?」
ハンバーガーショップで席に座るなり、杏が早速切り出した。
店内は私たちみたいな学生ばかりだった。
しんとしているより、ガヤガヤしてるこれくらいがありがたい。
「えっと、話せば長くなるんだけど……」
レイが私のお父さんを探してくれていたこと。
レイに告白して、両想いになったこと。
そこまではすごくはしゃいで聞いていた杏だけど、レイがアメリカに帰ってしまったと話した途端、思いっきり身を乗り出した。
「えっ!レイさんアメリカに帰っちゃったの……!?」
「うん。レイは大学生で、夏休みを利用して遊びに来てただけなの」
「それなら……澪たち遠恋になるってこと!?」
「そうだね。そうなるかな」
遠恋。
言葉にすればたったひとことだけど、私とレイを繋ぐものはメールアドレスだけ。
好きだと言ってくれたレイの気持ちはちゃんとわかってる。
だけど離れ離れは不安だし、怖い。
しばらく黙っていた杏は、急に席を立った。
「えっ、杏?」
「ちょっと待ってて!」
唖然としていると、少しして杏がトレーを手に戻ってきた。
なにをするのかと思えば、買ってきたばかりのハンバーガーとポテトを私のトレーに置き、私のを自分のトレーに乗せる。
「それもう冷めちゃったでしょ。私がそっち食べるから、澪はこっち食べなよ。
とにかく食べて!!
食べなきゃ元気でないじゃん!!」
「杏……」
杏は怒ったような顔で、冷めた私のハンバーガーをかじる。
それを見て胸が詰まった。
食欲なんて初めからなかったけど、私はハンバーガーの包みをあける。
一口かじると、とても温かかった。
「ありがとう、おいしいよ」
「でしょ? 話は全部食べてからだよ!」
やっぱり杏は怒ったような顔で、私はそんな杏に笑って頷いた。
食事が終わって一時間後。
杏が出した結論は、「とにかくレイにメールを送ってみる」だった。
「話はわかった。
不安だろうけど、レイさんは絶対、絶対、澪のことがすっごく好きだから!!
腕時計、持っててって言われたんでしょ?
「またね」って言われたんでしょ?
それならきっとまた会いに来てくれるよ!
ファイト、澪!」
杏は必死になって私を元気づけてくれた。
杏がそう言ってくれると、そうかもしれないと思えるから不思議だ。
レイにもらった腕時計は、鞄の中にある。
本当はつけていたいけど、私がつけると不自然なほど大きいから、お守りみたいに持ち歩いていた。
杏の励ましに後押しされ、私はその夜、レイに英語でメールを送った。
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レイへ。
澪です。L・Aには無事着いた?
私のほうは、今日から新学期が始まったよ。
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悩みに悩んだ挙句、やっと送れたのは挨拶みたいな文章だった。
ただそれだけでも1時間は文字を打ったり消したりしたし、送ってからはその倍以上の時間、そわそわしっぱなしだった。
レイから返事が来たのは、翌朝、登校中の電車の中だった。
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澪、メールありがとう。
無事着いたよ。
俺は来週から授業が始まるんだけど、今期はかなり頑張らないといけないんだ。
澪も勉強頑張って。
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(レイ……!!)
私はメッセージを読んで、電車の中で飛び上がりそうになった。
嬉しい。嬉しすぎる。
英文を暗記するほど眺めているうちに、電車が駅に到着した。
ふわふわした気持ちでスマホをしまいかけた時、もう一通メールが届いた。