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俺はプライドの高いわがままな人間だ。自分でもその自覚がある。
人に動かされるのは嫌いだし、こうと決めたら絶対に諦めない。
諦めるくらいなら、最初から手を出さないだろう。負けるくらいなら、参戦しない。
小さい頃から俺はそんな子供だった。
それが許される環境に育ったのも事実だ。
ピコン。
ピコン。
会議のため切っていた電源を入れた瞬間、溜っていたメールやメッセージが送られてきた。
まずは、
『わしだ。一体何度連絡をすれば返事をよこすんだ。お前がそのつもりならこちらにも考えがあるが、それでいいのか?折り返し連絡をしろ』
言いたいことだけ言って切れた親父からのメッセージ。
最近は毎週のように掛かってきている。
そして、
『潤だ。突然だが、今日の夕方から一華ちゃんを貸してもらう。病院のハロウィンパーティーを手伝ってもらおうと思っているから。黙っているのもイヤだから、一応報告しておく』
わざわざ送りつけられた余計なメール。
ただでさえ鈴木に怒っていた俺は、ますます不機嫌になった。
6年も一緒に働いてきた同期、鈴木一華。
仕事熱心で、正義感で、不器用だけれどずるいことはしない。
誰よりも信用できる仲間だと思っていた。
しかし、ちょっとした弾みから、ただの同僚ではなくなってしまった。
俺は今、そのことに苦しんでいる。
「髙田課長」
席に座る暇もなく、部長に呼ばれた。
「はい、何でしょう?」
デスクまで行き部長の前に立つ。
「鈴木と何かあったのか?」
「は?」
言葉に詰まった。
「自分でもわかっているはずだろう?職場の空気が読めないほどお前はバカじゃないよな?」
「・・・」
きっと、俺の朝からの態度のことを言っているんだろう。
不機嫌全開で当たり散らしていたからな。
***
「お前がここまで感情的になるのは鈴木がらみの時だろ?」
なんだか楽しそうに、部長は俺を見ている。
「すみません」
ここは謝るしかないだろう。
「何があった?」
「それは・・・」
俺は部長を慕っている。
周りからは豪腕で、横暴な上司で通っている部長だが、実際は細かい気遣いのできるいい上司だと知っている。でも、鈴木のことは話せない。
俺だって言えるものなら言いたいんだ。
『三和物産の件で責任を感じている鈴木は、専務に直接交渉をして事を納めようとした。その交換条件にお見合いまでして俺を守ろうとしてくれた』って言えたら気が楽になるのにな。
「無理に聞こうと思わないが、あんまり怒るな。いつも温厚なお前が怒っているせいでオフィスがピリピリしている」
「すみません」
「もういいから、今日は早めに帰れ。鈴木も早退したんだろう?」
「ええ」
3時には退社したはずだから、今頃潤と一緒にいるはずだ。
クソッ。
「ああ、それから」
一旦言葉を切った部長が、キョロキョロと辺りを見回す。
「まだ最終決定ではないんだが、来年春にお前の異動の話がある」
「え?」
営業一筋6年。
いつ異動になってもおかしくないとは思っていたが、来年かあ。
「おそらくアメリカ行きになるぞ」
「ええ」
それって、思いっきり出世コースじゃないか。
「俺、出世とか興味ないんですが」
つい口にしてしまった。
「サラリーマンである以上そんなことも言っていられないだろう」
「はあ」
確かにそうなんだが・・・困ったなあ。
「まあ、まだ時間はある。ゆっくりと身辺整理をしておいてくれ」
「はい」
身辺整理か。
部長は結婚って意味で言ったんだろうが、それどころじゃないな。
さあ、どこから手をつけよう。
***
部長の忠告に従って俺は定時に退社した。
自宅に帰り、ソファーに倒れ込むと、鈴木と一緒に借りてきたDVDが目に入った。
そういえば全部見られなかったな。
どうしよう、このまま返すか?
もう来ないだろうしな。『お前が嫌いだ』何て言ってしまったんだから。
俺の知らないところで、鈴木がコソコソ動いていたのが一番頭にきたこと。
でも、それを潤から聞かされたことに腹が立った。
小熊をかばおうとするあいつの態度がまた怒りを増幅させて、まるで子供みたいな怒り方をしてしまった。
「髙田なんか、大っ嫌い」
と言われた瞬間、プチンと何かがキレた。
「じゃあ、お前は誰が好きなんだ」と叫びそうになった。
肩を振るわせながら、逃げるように駆けていくあいつの背中を抱きしめたくて、できなかった。
ああー、クソッ。
どうしたものかなあ。
問題山積だ。
こんな時、俺は問題点を紙に書いて頭を整理することにしている。
整理しているうちに優先順位が見えてくるから。
今回のこと、問題は怒らせてしまったあいつと、しびれを切らしている親父と、春からの転勤。それぞれがちょっとずつ絡み合っていて、事態を複雑にしている。
でもまあ、まずはあいつに謝るしかないか。
***
俺は携帯を取り出して鈴木にメールを送ることにした。
『今日はごめん』
まずは気持ちを伝え、返信を待ったが既読にさえならない。
潤と一緒にいると知っている以上、俺のイライラは募っていった。
何度も何度もメールをし、夜9時を過ぎたところで電話を掛けた。
しかし、出てはくれない。
普段の俺はどちらかというと淡泊でしつこく電話を掛けたりするキャラではないが、今夜は無理だ。立て続けに3度も電話してしまった。
それに対してやっと帰ってきた返事が、
『今、白川さんと一緒なの。帰ったら連絡します』
いつになるかわからない帰宅を待つだけの忍耐は俺に残っていない。
反則だとわかっていて、潤に電話をした。
「もしもし、鷹文だ」
『ああ』
「今、鈴木と一緒だよな?」
『そうだけど』
「あいつが電話に出てくれないんだ」
『はあ?そんなこと俺に言うな』
「どうしてもあいつと話したい」
『ああ』
「迎えに行くから、途中の駅で降ろしてくれ」
『わかった』
「それと、あいつにだけは嘘をついたままにはしたくないんだ。お前とのことを話してもいいか?」
『でも、お前が話せよ』
「お前のことと、8年前のことを話すから」
『ああ、わかったから』
潤は呆れているようだったが、了解してくれた。
現在地から最寄りの駅を指定し、車で向かった。
***
俺はタクシー乗り場に向かおうとする彼女の腕を後ろからつかみ、
「キャッ」
声を上げそうになった口に手を当てた。
「バカ、大声出すな。俺だ」
こんなところで悲鳴を上げられたんじゃ大騒ぎになる。
「ど、どうして?」
「説明するから、行こう」
驚いた様子の彼女を乗せ、俺は自宅へと向かった。
「で、どういうことなの?」
部屋に入り、ソファーに腰を下ろしたところで鈴木が聞いてきた。
さあ、どこから話そうか。
まずは、
「今日は悪かった。一日中不機嫌で、お前にも八つ当たりしてしまった。申し訳ない」
頭を下げる。それが筋だろうと思った。
「自覚はあるのね?」
「ああ。普段小熊の態度を叱っているくせに、今日の俺は子供みたいだった」
「ちゃんとわかっているじゃない」
「・・・すまない」
「で、その理由は?」
あくまでも強気に攻めてくる。
俺は顔を上げると、正面から鈴木を見据えた。
「な、何よ」
「お前、三和物産の件で何をした?」
「はあ?な、何を今さら」
ちょっとだけ声が大きくなったのは動揺した証拠だろうな。
***
「お前が手を回したのはわかっていたんだ。でも、終わったことだし、俺のためにしたことだと納得した」
「じゃあ、それでいいじゃないの」
「終わっていればな。でも、そうじゃなかったから怒ってるんだろうが」
今度は俺の声がでかくなってしまった。
「俺は何度も言ったよな。かばってもらってもうれしくなんてない。もう何もしないでくれって」
「髙田・・」
彼女の唇が震えている。
「昨日のデート、三和物産の件をもみ消すための交換条件だったんだろ」
「どうしてそれを」
そうだよな。そこを聞くよな。
説明するためには話さないといけないことが出てくるんだが。
「そのことは、私と、兄さんと、白川さんしか知らないはずなのに。何で髙田が知っているの?」
「・・・潤に聞いたんだ」
「潤?」
「白川潤。お前のお見合い相手」
「え?はあ?どうして・・・」
フー。
俺は大きく息を吐いた。
「潤は俺の幼なじみだ」
「はあ?だって、昨日は初対面みたいな挨拶をしていたじゃない」
「それは・・・」
「何、2人で私をからかっていたの?」
「違う、そうじゃない」
「じゃあ、わかるように説明して」
形勢逆転とばかり、鈴木の口調が強くなった。
「わかったちゃんと話すから、聞いてくれ」
俺は一旦腰を上げると、鈴木の方に体を向けるように座り直した。
***
「俺と潤は小学校から高校まで同じ学校に通った親友だった。大学は別々になったけれど、遊び仲間なのは変らずで、お互いの彼女も交えてよく出かけていた。こいつとは一生付き合っていくんだと思っていたんだ。
でも、8年前すべてが変ってしまった。
その日、俺と潤と、お互いの彼女を入れて4人で出かけたんだ。
ちょうど雪の日で、道路も凍結していた。もちろん用心はしていたんだが、雪道に滑った車のコントロールがきかなくなり、スリップしたところを対向車のトラックとぶつかってしまった。
助手席に乗っていた潤と、その後方に乗っていた俺の彼女は無事だったが、運転席の俺が怪我をして、その後ろに乗っていた潤の彼女が亡くなった。
俺は人を殺してしまったんだ」
「えっ」
彼女の口から声がもれた。
「雪道でのスリップ事故だし、誰が悪いわけでもない。それは、俺だってわかってはいる。でも人が死んだんだ。
潤の彼女は、高校の同級生で、俺もよく知っている子だった。
事故の後、俺は病んでしまった。人の中にでられなくなって、引きこもりのようになった。それ以来、昔の俺を知る人間との連絡は一切絶ってきたんだ。
だから昨日、潤と会ったのも8年ぶり。本当に偶然の再会だったんだ」
嘘じゃないんだ、信じて欲しいと訴えた。
「わかった、信じるわ」
そう言うと、鈴木が俺を抱きしめた。
「私は髙田のこと、何でもできるスーパーマンだと思っていたわ。どんなに頑張っても私にはかなわなくて、そのことがいつも悔しかった。でも、違ったのね」
「ああ」
俺はそんな立派な人間ではない。
辛い現実から逃出してここに来た卑怯者だ。
「今までずっと辛かったね。1人で、苦しかったね」
背中をトントンと叩かれ、不覚にも目の前の景色が揺れた。
「でも、待って。白川さんとのことを知っているって事は、私のことも聞いたのよね」
「ああ」
今さら隠してもしょうがない。
「鈴木一華の素性も知っている」
「そうなのね」
寂しそうな顔をした。
***
「少し飲むか?」
「いいわね」
冷蔵庫にあったチーズと、乾き物のつまみ、後はワインを出してきた。
「乾杯」
「いただきます」
チーン。
グラスが音をたてる。
「いつから知ってたの?」
「あの接待の翌日、専務に呼び出された」
「へー。兄さんが。驚いたよね?」
「まあな。でも、色んな事が腑に落ちた」
「色んな事?」
「ああ、入社したての頃自宅通勤だって聞いて、住所は高級住宅地だったからきっといいとこのお嬢なんだろうなって思っていたし。時々やたらと高い服やバックを持ってたじゃないか。きっと何かあるなとは思っていた」
「フーン、さすが鋭いわね」
そうかなあ、ちゃんと見ていれば気づくと思う。
育ちっていうのは隠したって出てしまうんだ。
「あ、そうだ」
鈴木が声を上げた。
「何?」
「私、白川さんに付き合いましょうって言われたんだけれど」
「はあ?聞いてないし」
「じゃあ、本気なのかなあ」
首をかしげながらワインを口にする。
「潤は、やめとけよ」
「えー何で?」
「だって俺の親友だぞ。お前、付き合ってる男の親友と・・・って、イヤじゃないの?」
「はああ?」
バンッ。
鈴木がクッションを投げてきた。
「危ないなあ」
「変なこと言うからでしょ?」
「事実だろ。俺とお前は」
「ああああー、うるさい」
耳を塞ぎながら叫びだした。
ククク。かわいいなあ。子供みたいだ。
「なあ、キスしていい?」
「えっ、もう酔ってるの?」
「ああ」
そっと頬を包み込むと、俺の方から唇を重ねた。
「う、うぅーん」
何か言いたそうな鈴木だが、今は言わせてやらない。
できることなら忘れてしまおうと思ったが、できそうにもない。
あの潤にまでヤキモチを焼く俺って、相当ヤバイ。
「今夜は泊ってもいいでしょ?」
ちょっとお酒が入ったトロンとした目で聞かれ、
「いいよ」
と答えてしまった。
仕方ない、明日の朝家まで送ろう。
きっと叱られるだろうが、それでも今夜は帰したくはない。