テラーノベル
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フフフ。
目の前の寝顔があんまりかわいくて、ついにやけてしまった。
昨日の晩、私達はやっとお互いの気持ちを確認できた。
もちろんすべてが解決って訳ではないけれど、好きだと言う気持ちと、離れたくない思いは伝わった。
「おはよう」
パチリと目を開けた髙田に、チュッと口づけをされた。
「お、おはよう」
恥ずかしくてうつむこうとすると、
「ダメだよ」
顎を掴まれ、目を合わされた。
「もう、逃がさない」
悪戯っぽい表情。
髙田って、こんな顔をする人だっけ?
「もう、高田。ふざけないで」
「ふざけてなんてない。それに、2人でいるときは名前で呼んでくれ」
「は?」
名前?えっと・・・
「たか・・ふみ」
「そう、それでいいよ。一華」
ククク。
照れている私を見ながら、うれしそうに笑う。
ああ、なんて幸せなんだろう。
好きな人と肌を合わせている時間が、こんなに愛おしいなんて。
「そろそろ起きるか?」
「うん」
時刻は6時。
一旦自宅に帰って着替えるためにはもう起きなくてはいけない時間。
「先にシャワー使うぞ」
「うん」
彼はトランクスのみを身につけでベットから出て行った。
「今日は逃げるなよ」
寝室のドアに手を掛けながら私を振り返る。
「わかっているわよ」
この前のように逃出したりはしない。
***
誰もいない寝室に1人残された私。
「鷹文」壁に向かってもう一度呼んでみた。
なんだかとっても恥ずかしくて、くすぐったい。
「シャワーどうぞ。時間ないから、急げよ」
「うん」
なかなかベットから抜け出せなかった私も、彼から借りたスウェットを着てシャワーに向かった。
こうやって男の人の部屋で朝を迎えたのは初めての経験。
正直、どうしたらいいのかわからない。
化粧品だってそんなに持ってきていないし。服もしわしわ。それに、朝食の用意とかしなくていいんだろうか?
そんなことを考え出したら急にせわしなくなって、私は急いでシャワーを出た。
「あれ、早かったな」
リビングに戻ると、スーツに着替えた鷹文がいた。
「随分早いね」
まだ出社には時間があるはずだけれど。
「何か食うか?」
見ると、コンビニの袋にサンドイッチとおにぎりが入っている。
「買ってきてくれたの?」
「ああ。時間がないから、適当に食べてくれ」
「う、うん」
何をそんなに急いでいるんだろうか。
「荷物はこれだけだよな?」
コーヒーを飲もうとした私の横で、すでにカバンを抱えている。
「うん」
「じゃあ、行くぞ」
「はああ?」
行くぞって・・・。
唖然としている私の手を取り、歩き出した。
***
「ねえ、本当に行くの?」
「ああ」
「やめた方がいいと思うけれど」
「行く」
さっきから、私と鷹文はかみ合わない会話を繰り返している。
ここは我が家の家の前。
車で送ってもらった私は、一緒に行くという鷹文を必死に止めていた。
「きっと、怒られるし。無駄に怒りを買うことないって」
「ダメだ」
はあー。
そういえば、鷹文は頑固な人だった。
昨日の夜からのかわいい鷹文の印象が強すぎて忘れるところだったけれど、真っ直ぐで、正直で、嘘をつかない。ずるなんて絶対にしない人間。
「さあ、行こう」
うん。
私も頷いた。
ピンポーン。
鷹文がチャイムを鳴らし、
「はーい」
お手伝いさんの声がした。
「ただいま。一華です。悪いけれど、開けてくれる?」
鷹文がしゃべるより先に私が名乗った。
「は、はい。ただいま」
バタバタと騒々しい足音が家の中から聞こえ、
ガチャ。
ドアが開くと、
「・・・・」
無言で睨み付ける兄さんが立っていた。
***
「ただいま」
「おまえ」
地の底から響くような声に、ゾクリと身震いがした。
「帰りが、こんな時間になって申し訳ありません」
私の横に立っていた鷹文が頭を下げる。
「一体何のつもりだ?」
威圧的な言葉。
「一華さんと、お付き合いをしたいと思っています」
「ダメだと言ったはずだぞ」
「お兄ちゃんっ」
「お前は黙っていろ」
「許していただけるまで、何度でもお願いにまいります」
深々と頭を下げたまま、鷹文は動こうとしない。
しばらく私を睨んでいた兄さんが、意地悪な顔をして鷹文に近づいた。
「なあ髙田。仮に俺が2人の付き合いを認めたとして、その先どうするつもりだ?」
「え?」
ちょっとだけ、鷹文が体を起こした。
追い打ちを掛けるように、兄さんは続ける。
「結婚するのか?」
「いや、それは・・・」
なんだかとても歯切れが悪い。
「いい加減な気持ちで、妹に近づくんじゃない」
バンッ。と、兄さんが高田の肩を突いた。
「やめて。私は鷹文がいいの。結婚なんてしなくていいから、一緒にいたいのよ」
「・・・一華」
兄さんの顔が辛そうだ。
「すみません」
鷹文が頭を下げる。
「とにかく、一華は家に入れ。髙田、父さんも不在だし、俺も今は冷静に話せない。悪いが、今日は帰ってくれ」
幾分落ち着いた兄さんの言葉に、
「わかりました」
鷹文も頷いた。
その後、私は母さんに散々説教されて、やっと会社に行くことができた。
定時ギリギリで駆け込んだ私を、鷹文は心配そうに見ていた。
***
不思議なことに、普段やかましい父さんも、あんなに怒っていた兄さんも、何も言ってこない。ちょっと不気味だなあとは思いながら、鷹文と過ごす時間はとても幸せだった。
学生時代の彼氏達はみな派手好きで、高い車に乗って色んな所に連れて行ってくれたけれど、鷹文とはほとんど家で過ごした。
たまの週末にショッピングに行くことはあっても、平日は一緒に夕食を食べて、テレビを見たり、本を読んだり、時に一緒に仕事をすることもあった。
ただそこにいてくれることが幸せなんだと、初めて思えた。
だからと言って、不満がないわけではない。
「ねえ鷹文。今日、泊ってもいい?」
甘えたように言ってみても、
「ダメだよ」
帰ってくるのは毎回同じ返事。
28にもなって、10時にはちゃんと送り届けられる女。
絶対おかしいって。
それじゃあちょっと反抗してやろうと、鷹文の飲み物にアルコールを混ぜてみた。
すぐに気づかれたけれどすでに飲んだ後で、鷹文は運転ができない。
「あら残念。これじゃあ帰れないから、私泊るわね」
勝ったとばかりシャワーを浴び、部屋着に着替えて戻ってみると、
「ええええー」
無表情の兄さんが鷹文の家のソファーに座っていた。
***
「帰るぞ」
何で?
「鷹文、何考えてるのよ。私といたくないの?何でお兄ちゃんなんか呼ぶのよ」
言いながら、涙が溢れた。
「俺は、卑怯なやり方は嫌いだ。泊りたいんなら許しをもらってから来い」
いかにも鷹文らしい。
でも、
「それができないのは鷹文だってわかっているはずじゃないの」
兄さんも父さんも、私達を許す気がないんだから。
「なあ一華、俺はお前と一緒にいられるだけでいいんだ。これ以上欲張る気はない。それではダメか?」
「・・・」
何も言えない。
ふと、病院で会った子供達を思い出し、鷹文から聞かされた8年前の話が頭をよぎった。
きっと、私は今幸せなんだ。その事に感謝しなくちゃいけないのに。
「一華、帰るぞ」
兄さんが立ち上がる。
もう抵抗する気はなかった。
「じゃあね、鷹文。明日会社で」
「ああ」
家に向かう車の中。
こんな時間に呼び出され迎えにきてくれた兄さんも、説教1つしなかった。
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