テラーノベル
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看病してもらった日から数日後、熱もすっかり下がり、ようやく普段通りの生活を送れるようになった亜佑美は仕事終わりの帰り道でスマートフォンを開くと、朝陽とのトーク画面が表示されている。
あの日以降、体調を気遣うメッセージが何度か届いていて、その度に短いやり取りをしていた。
けれど、今日はそれだけじゃない。
(……よし)
小さく息を吐き、亜佑美はメッセージを打ち込んだ。
《おかげさまで完全復活しました! 改めてこの前は本当にありがとう。ちゃんとお礼したいから、今度ご飯でも行かない?》
送信してから数秒すぐに既読がつき、その速さに思わず笑ってしまった次の瞬間、返信が届く。
《本当ですか!? 治って良かったです! ご飯、是非行きたいです!》
その勢いのある文章に、亜佑美は自然と口元を緩めた。
結局そのままやり取りを続け、週末の土曜日に会うことが決まる。
しかも、
《車出しますね! 迎え行きます!》
という朝陽の申し出により、当日は亜佑美のマンション前で待ち合わせることになった。
そして、前日の夜。
ベッドに寝転がりながら、亜佑美は何度目か分からないくらいスマートフォンの画面を見つめていた。
(……何か落ち着かない)
明日はただのお礼の食事というだけで、別に特別なことじゃないのに妙にそわそわする。
それなのに、服を決めるのに一時間も掛かったし、スマートフォンを見てはまた置いて朝陽からの返信を待ってしまう。
そんな自分に気づいて、亜佑美は小さく眉を寄せた。
(……こんなの初めてかも)
これまでだってデートはいくらでもしてきた。
誘われることには慣れているし、相手に合わせて可愛く振る舞うことだって得意だった。
けれど、それは“本気”とは違う。
相手がハイスペックで条件が良いから、逃したくなくて頑張っていただけ。
自分から夢中になったことなんて、思えば一度もなかった。
だから今みたいに、会う前から落ち着かなくなったことなんてない。
(……お礼のために会うだけなのに)
それなのに、明日朝陽に会うと思うだけで胸の奥が妙にざわつくし、こんな自分が信じられなかった。
(……何これ)
知らない感覚に戸惑うように胸元へ手を当て、亜佑美はゆっくり息を吐く。
脳裏に浮かぶのは、あの日の優しい笑顔。
『少しでも元気になってくれて安心しました』
そう言って笑った朝陽の顔を思い出した瞬間、また胸がきゅっと鳴る。
「……ほんと、変」
ぽつりと呟きながら亜佑美は枕へ顔を埋めたけれど、その口元は自分でも気づかないうちに少しだけ緩んでいた。
翌日、目覚ましが鳴る前に亜佑美はぱちりと目を覚ました。
時計を見ると、まだ朝の七時前。
待ち合わせは昼頃だというのに、妙に目が冴えてしまって二度寝する気にもなれない。
仕方なくベッドから起き上がった亜佑美は、そのまま洗濯機を回し、軽く掃除をしてと溜まっていた家事を片付けていくが、それでもまだ時間はたっぷりあった。
(……何やってるんだろ、私)
苦笑しながらクローゼットを開く。
昨夜服を決めたはずなのに、本当にこれで良いのか考えてしまい、服を何着か合わせては鏡の前に立ち、また戻してを繰り返す。
普段なら“男ウケ”を計算して選ぶのに、今日は何だか違った。
朝陽が見た時にどう思うか、そんなことばかり気になってしまう。
「……バカみたい」
そう思いながらも、服が決まると次はメイクやヘアセットにもいつも以上に時間を掛けてしまう。
アイラインの角度を少し直して、髪も何度も巻き直して。
気づけば予定していた時間よりずっと長く鏡の前に立っていた。
その途中、スマートフォンが震え、画面を見ると合コン仲間からのメッセージが送られてきた。
《来週末、医者との合コンあるんだけど来る? 今回結構当たりらしいよ~!》
「医者か……」
いつもなら迷わず、「行く」と返していた。
条件の良い男との出会いなんて、逃す理由がないから。
けれど、亜佑美は画面を見つめたまますぐに返信出来ず、結局そのままスマートフォンを伏せ返信を後回しにしてしまう。
そして、気づけば約束の三十分前。
まだ少し早いと思いながら何気なく窓の外へ視線を向けた亜佑美は小さく瞬きをした。
「……あれ」
マンション前の駐車場に、見慣れない車が停まっている。
(もしかして……)
亜佑美はすぐにスマートフォンを手に取り、朝陽へメッセージを送った。
《もしかして、もう着いてたりする?》
すると、数秒もしないうちに返信が返ってくる。
《あ、はい! すみません、少し早めに着いてしまって……》
朝陽からの返信を見た途端、亜佑美思わず笑ってしまい、すぐに返信を打った。
《今すぐ行くね》
送信すると同時にバッグを掴み、急いで部屋を出て、エレベーターの中でそわそわしながら一階へ降りる。
朝陽の車は白い軽自動車で、普段の亜佑美なら、そこでまず“なし”の判定を下していたかもしれない。
車種や年収、持ち物。
そういう“分かりやすいスペック”を恋愛の判断基準にしていたから。
けれど今は不思議なくらい何も思わないどころか、少し早く来て待っていてくれたことの方が嬉しかった。
コメント
1件
お礼の食事って言いながら、服決めに1時間とか、前日から落ち着かない亜佑美、可愛すぎます…! 今まで条件で見てたのに、朝陽には“スペック”じゃなくて“気持ち”で動いてる感じがすごく伝わってきました。白い軽自動車を見ても「なし」にならなかったの、確かに彼女の変化の象徴ですね。続きめっちゃ気になります!
管野アリオ
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