この作品はいかがでしたか?
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美しい乙女だけがユニコーンを宥めることができると人は言う。だが現実問題残念ながら、美しい乙女は獣を好きになることはないので、ユニコーンはいつの世も暴れ狂ってばかりなのである。乙女がもしもユニコーンを好きになれたのならそれ以上素晴らしいことはない。しかしそうもいかないのであれば誰かが乙女を操らなければならない。
そんなことを理科準備室で考えながら、アナウンス原稿をぼんやりと目で追っていた。
先から顧問の西原《さいはら》が私の方を見ているなと感じていたが、やはり話したいことがあったらしい。西原は別に変なことは考えていないのだが、距離の概念が私たちとは違っているらしい。西原はそれでも非常識ではないので、私の耳に唇が当たらないよう配慮して耳打ちした。
「欄干橋《らんかんばし》、来年度の新入生部活動紹介はどうするか」
空気が耳元で震えるのが少しくすぐったくて、笑っているのを悟られないように気をつけながら、私は西原に言った。
「いくらでも、体張りますよ」
西原は苦笑した。
「欄干橋はそんなキャラじゃないだろ」
その通りだ。欄干橋紫檀《らんかんばししたん》と聞けば誰もが優等生という言葉を連想する。西原は優等生・欄干橋紫檀という看板は立てておいて破塚《はづか》に笑いを取らせてはどうかと提案したが、私の知る限り破塚蓮《はづかれん》は極度の恥ずかしがり屋で、しかも小生意気で感情の起伏が激しいと来ている。
「あいつを、どう手懐けますか。」
西原は、俺が言ってみるよ、と言いながら理科準備室へ入っていった。西原はもう還暦を超えているが、顔だけはイケメンとまでは言えないものの若々しい。
私は耳に残る空気の震えをアナウンス原稿を精読する自分の声でかき消しながら、西原の計画がどう転ぶかを心配していた。
今度は破塚が私の席にやって来た。
「紫檀、ここの読み方が分からない」
「どこだ、見せてみろ」
破塚は私と目が合うと微笑みを浮かべたがが、あまりに不自然な所作だ。こいつ、何か企んでいる?
「この‘雪の中に眠る子鹿が’のとこ、わかんない」
「ここはアクセントに従いながら流れるように読むといい。アーチを忘れずにな。あと、なんか用はあるか」
破塚は、私に耳打ちした。こいつは西原と違って配慮というものがない。耳元で薄い唇が蠢いている。少し不快感を感じた。
「紫檀、今週俺暇なんだよね」
いつも通り冷たい目で
「ああそうか」
と雑にあしらって作業に戻る。欄干橋紫檀が鉄の女だということは君が一番知っているはずだ。正直な話愚かだ、私に関わろうだなんて。アナウンス原稿は読み慣れてきた。次は朗読原稿を読み、校内放送の研究も時間があり次第やってもいいだろう。そういえば明日は蓮と当番が一緒だった。あまり気が進まないが、行かなくちゃいけない。西原が来てくれればいいが、それは難しいだろう。西原は教員だ。私たちとどれだけ親しげに接してくれても、同じ立場ではない。そのことは頭に入れておかなければならない。西原にとって私という存在は都合のいい優等生だということも頭に入れておかなければならない。
だが、私はそんなこと実行できないだろう。破塚は私に好意を抱いているが西原は私のことを見てなんていない、世の中そううまくいかないなんてこと理解したくなかった。
西原は理科の授業で私の教室に来るなり駆け寄ってきて申し訳なさそうにこう告げた。
「欄干橋、すまない。破塚が嫌だって」
だろうなとは思った。
「でしょうね……私の方からお願いしてみましょうか」
「じゃあお願いするよ。欄干橋の言うことなら聞くだろう。でも、無理は禁物だ。」
「わかってますよ」
この約束が悲劇を生むことになるだなんて、私は知らなかった。きっと、西原もそんなことになるだなんて思わなかっただろう。ひょっとしたら西原は今も、こんなことになっただなんて知らないかもしれない。
私は破塚に折り入って頼みがあると告げて放課後に呼び出した。すると破塚は「俺も紫檀に頼みがある」と言った。
その頼みというのは?
次回に続く!
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