阿部にとって宮舘の好きなところはあの穏やかさ。常に沈着冷静で、言葉は少ないのにしっかりとした芯を持っているところ。
そして、本当は誰よりも優しいところ。
一時期、阿部の受験を巡って対立したこともあったが、今、その関係は修復されている。
むしろ揉めたことによって、阿部の中に特別な感情が芽生えるきっかけになった。
今日は二人組で行われるラジオ収録。
阿部はパートナーの宮舘を待ちながら、自分の手がいつもより冷たいことに気がついた。
思ったよりも緊張している。
岩本の手前、つい威勢がいいことを言ってしまったが、一人になると途端に意気地を失くしてしまう。
そのせいで、宮舘に気持ちを伝えるのが遅れてしまった。阿部はそう分析している。
宮舘が眩しくて、万一にでも嫌われたくなくて、ついつい逃げ続けたのがこの望まない結果だと思っている。
渡辺のことは好きだが、これだけは譲れない。後出しジャンケンになるが、ほんの少しでも宮舘の心に自分の記憶を遺しておきたいと思った。
❤️おはようございます
スタッフに挨拶する愛しい人の声で我に返る。
宮舘は、ブースに入ると、笑顔で阿部にも挨拶をした。
❤️おはよう、早いね
💚おはよう
直接目を見ることができなくて、阿部は思わず宮舘の口元を見てしまった。
少し厚ぼったいその唇から愛を囁かれたい、この間の話は嘘なんだよって否定されたい。
つい、そんな夢を見てしまう。
また涙腺が緩みそうになった。
宮舘はそんな阿部の様子を知ってか知らずか、メールが印刷された大量の紙をめくっていく。
どのメールにも真剣に目を通して、微笑んだり、一緒に悩んだりしている。
宮舘のこうした姿勢も好きだなあと見惚れていたが、これではいけないと 阿部も慌てて仕事モードに自分を切り替えた。
収録が終わり、阿部の方からランチに誘った。
宮舘は快く応じてくれた。
いよいよだと阿部は深く息を吸った。
岩本が渡辺に惹かれるようになったタイミングは、自分でもよく覚えてない。
しかし、はっきりと自覚したのは渡辺の方からトレーニングをしたいから教えてくれと頼まれた時だ。
岩本が筋トレを始めてからだいぶ経つ。
頑張れば頑張るだけ結果がついてくるのが純粋に楽しかったし、恒例で出演させていただいている年末番組に本気で取り組むためにもトレーニングは欠かせない。
好きで続けているうちに、自然と仲間も増え、関連の仕事のオファーも来るようになった。
筋トレは岩本にとって今や欠かせないライフワークのひとつだ。
💙照
帰りがけに、渡辺に突然呼び止められ、岩本は足を止めた。
💙トレーニングしたいんだけど、教えてくれないかな
💛別にいいけど
意外だった。
どちらかと言うと、パワー系のことは好きじゃなさそうで、何かにつけて疲れたとかめんどくさいを連呼している渡辺が頼んでくるとは。
その日から付きっきりで、会えるタイミングにはとことん渡辺のトレーニングに付き合い、顔を合わせれば身体の仕組みについて話をした。
渡辺は渡辺で、最近肌つやが良くなったなどと喜んでいる。
役に立てて良かったという単純な嬉しさとともに、ある時、タンクトップから覗く白く美しい肌につい手が伸びそうになって慌てた。
あれ、これは…?
そこからは早かった。
四六時中、渡辺のことが気になるし、渡辺に近づく女優も、タレントも、最終的にはメンバーまでもが気になって仕方ない。
これは仕事に支障が出そうだなと悩んでいた頃に、阿部と控え室で二人きりになったのだった。
💚待って、もう無理、しんどい
阿部がどこかで聞いたようなフレーズを呟くと、机の上に広げたノートに突っ伏した。
💛阿部、どうかした?
💚照!いたの?
飛び上がって阿部が振り返る。
岩本が静かに入って来たので気づかなかったようだ。
💚なんか聞いた?
💛待って、もう無理…とか?
💚うわー!!!忘れて忘れて忘れて!!!
阿部の顔は真っ赤になっている。
💛別にいいけど
💚……うー。でも、やっぱ聞いてもらってもいい?
💛いいよ
💚実はね……
阿部の話を聞くうちに、他人事とは思えなくなり、自分も渡辺に抱いている感情を吐露した。
人に聞いてもらったのは初めてだったから、とても恥ずかしかったけれど、阿部は真剣に聞いてくれた。
……で、今日に至るというわけだ。
阿部はああ言っていたが、もう決まってしまった関係に第三者が横槍を入れていいものか岩本はまだ迷っていた。
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