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#シリアス
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紫香楽
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────キィィィィンッ。
静寂を切り裂き、鼓膜の奥まで直接突き刺してくるような鋭く、高く無機質な金属音。
鞘から滑り出し、軍刀が抜き放たれるその音が、カビ臭い薄暗い部屋の中に冷酷に響き渡った。
私の心臓は、その響きだけで凍りつき、動きを止めてしまいそうだった。
あの日、冷たい雪の上で私の黄金の髪が切り落とされた時と、まったく同じ死の旋律。
目の前の鷲津は、恍惚とした歪んだ表情で
抜き放ったばかりの刀身をじっくりと眺めている。
雲間から差し込む僅かな冬の光を反射して
銀色の刃が邪悪な意思を持っているかのように、白く、冷たくぎらついた。
「ああ、いい音だ。お前もそう思うだろう?この刃が再びお前の白い肌を撫で、赤く染め上げる時……一体どんな美しい声を上げるのか。今から楽しみでならないな」
恐怖が喉を塞ぎ、叫び声さえ奥に張り付いて出てこない。
指先から血の気が引き、ガタガタと椅子ごと揺らすほど全身を震わせることしかできなかった。
縄で縛られた手足を動かそうと抗えば抗うほど
粗い麻縄が皮膚に食い込み、焼けるような痛みが走る。
けれどその痛みさえ、内側から浸透してくる絶望の冷たさに塗り潰されていった。
鷲津の、脂ぎった汚らわしい指先が、私の頬に触れようと這いずる蛇のようにゆっくりと伸びてくる。
汚される。
また、あの出口のない地獄に引き戻される。
私は、目前に迫る指先と白刃から逃れるように固く目を閉じ、奥歯が砕けるほど強く噛み締めた。
そのときだった。
「──今すぐ雪から離れろ」
地を這う獣の唸り声のような、けれど魂の芯まで震わせるほど力強く、苛烈な怒号。
直後、空気を震わせる轟音と共に、部屋の重厚な扉が内側から爆散した。
砕け散った木片が嵐のように室内へ舞い
土埃が白く立ち込める中、入り口には一人の男が立ち塞がっていた。
鬼神が憑依したかのような凄絶な形相。
かつて見たことのないほど、どす黒く重い殺気を全身から噴き上げている煌様だった。
煌様の体には
あの日、食料庫で私が心を込めてボタンを縫い直した、あの軍服が纏われている。
その双眸には、氷を溶かすほどの熱量を持った、冷徹な怒りの炎が荒れ狂っていた。
「煌……っ!貴様、何故ここが……っ!」
鷲津が驚愕に顔を歪ませ、焦りから再び私に手をかけ、肉の盾にしようと身を乗り出した瞬間だった。
鷲津の指が、私の肩の衣を掴もうとした
その刹那
────シュッ。
空気を、そして空間そのものを一文字に切り裂く、鋭い風切り音が鼓膜を打った。
あまりに速く、あまりに無駄のない一閃。
何が起きたのか、私の視神経では捉えることさえできなかった。
「ぎ、ああああああああああああああっ!!!」
一拍置いて、この世のものとは思えないほど凄惨な断末魔が、狭い部屋中に反響した。
私の目の前を、肉の塊が弧を描いて宙を舞う。
───ドサリ。
湿った音を立てて石床に転がったのは
つい数秒前まで私の顎を掴み、尊厳を弄んでいた、鷲津の右腕だった。
噴き出す鮮血が、私の頬に熱い飛沫となってかかる。
のたうち回り、己の腕があった場所を抱えて絶叫する鷲津。
だが、煌様は眉一つ動かさず、返り血さえ厭わぬ流れるような足運びで私の前へと踏み込んだ。
あの方は、血に濡れた私の残酷な視界を遮るように、その広くて逞しい背中で私を包み込む。
「動くな」
煌様は抜刀したままの軍刀の先を、床で悶える鷲津の喉元へ、一厘の迷いもなく突きつけた。
あの方の背中から伝わってくるのは
世界を焼き尽くさんばかりの荒れ狂う怒りと
それ以上に深く、重い、私という存在への執着だった。
恐怖で焦点の合わない私の視界には
今、煌様の軍服の背中だけが鮮明に映っている。
私が指先を震わせながら縫い直した、あの金色のボタン。
暗い地獄の淵で、私はようやく
自分をこの世に繋ぎ止めるためのたった一つの
正真正銘の光を掴み取ったのだと、震える胸の内で悟った。