焼き牡蠣の香ばしい香りとパチパチという音があやかし駄菓子屋に充満していた。
「おい、ときどき爆ぜるから気をつけろ」
と斑目が言った瞬間、牡蠣がパーンッと爆ぜて、子狸や子狐たちが驚いて駆け回る。
箸を手にストーブを囲んでいたみんなも逃げかけたが、倫太郎と冨樫は、ふう、と溜息をついて丸椅子に座ったままだった。
「まだ心配してるんですか?
女湯から飛んだこと」
椅子に座り直しながら、壱花が訊く。
人間世界のしがらみには縁のない、気楽な高尾が笑って言った。
「もう諦めなよ~」
「人生をか……」
と呟きながら、倫太郎は、ポン酢をかけて牡蠣を食べている。
「しょうがないなあ、もう」
と高尾が言った。
「一緒にフェリーに戻って、なんとかしてあげるよ。
だから、僕の正体は口外しないでよ」
正体って、可愛い子狐だったというのは、女子的にはプラスな感じなのだが。
高尾さんのプライド的になんか嫌なのだろうな、と壱花は思った。
斑目が壱花の皿に新しく焼けた牡蠣を入れてくれながら、高尾に訊く。
「なんだ、『僕の正体』って」
「いやいや。
実は僕はすごいあやかしなんだよ」
と高尾は適当な武勇伝を語り出す。
「……口外しないでよ、と言いながら、自分で語っちゃ意味ないだろ」
人生諦めろと言われた倫太郎がその作り話には突っ込まずに、呟いたとき、
「あ」
と壱花が声を上げた。
そうか。
高尾さんの正体が子狐だから。
オーナーが高尾さんに飴をあげたり。
花札になったとき、可愛い子狐だったりしたのか、と気がついたのだ。
なにが、あ、だ、という目で、みんなに見られたが。
その話を掘り返すと、高尾が嫌がりそうなので、壱花は食べた皿を置いて立ち上がった。
「いえ、ちょっと思い出したことがあって。
私、買い物に行ってきます。
まだ開いてるスーパーありますよね?」
「なに買いに行くんだ。
危ないぞ」
と言う倫太郎に、
「そういえば、穴あきお玉、厨房から持ち出したままだったなって。
新しいの買って、戻しておかないと。
調理器具の管理とかさせられてる新人の人が、先輩に怒鳴られるかもしれないじゃないですか」
とドラマとかからの勝手な厨房のイメージで語る。
「じゃあ、俺がついて行こう」
と倫太郎が立ち上がりかけたが、冨樫が、
「私がついて行きましょう。
社長は店を離れない方が。
今日はもう前半、斑目さんに任せてますし」
と言う。
斑目がトングを手に、うーんと渋い顔をして言った。
「俺がついて行く!
と言いたいところだが、俺には使命があるからな」
斑目は訪れた客たちに牡蠣を焼いてやっていた。
生活に疲れたサラリーマンたちが買ったビールを手に、牡蠣を待っている。
確かに。
この人たちに、ひとときの安らぎをっ、と使命感に燃えそうな光景だ。
「仕方ないな。
まあ、冨樫がついてれば大丈夫か」
と言う斑目たちに見送られ、壱花たちは店を出た。
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