時は少しばかり巻き戻り、『血塗られた戦旗』が『暁』との決戦に大敗してリューガ、カサンドラ両名が命を落とした翌日。
『ボルガンズ・レポート』は直ぐに『帝国日報』でその逆転劇を大々的に報道。それも大量の布告人を雇い文字の読めない民衆に周知させるほどの徹底ぶりであった。鉄道を活用した高速輸送はなより、この報道は短期間で帝国全土にまで広まることになる。
利に聡い商人達は『血塗られた戦旗』との取引を次々と取り止め、保有している資産なども売り払う。
またそれに合わせて冒険者ギルドも『血塗られた戦旗』の勢力弱体を見て依頼を出し渋るようになるのである。
そんな未来が待ち受けているとは知らぬ『血塗られた戦旗』。だが、『黄昏』での大敗は直ぐに彼らにも伝えられた。
「死傷者数百、リューガとカサンドラが死んだ……!?何が起きたんだ!?何で負けるんだ!?圧倒的に優勢だったはずだろう!?」
『血塗られた戦旗』本拠地である酒場の二階にある事務所で、唯一残された幹部であるガイアは衝撃を受けて叫んだ。
『暁』の数倍の戦力と最新の兵器を揃え、更に傭兵王が指揮を執る味方が大敗するなど夢にも思わなかった彼は驚愕していた。
何よりも不味いのは、その大敗を『ボルガンズ・レポート』に知られて大々的に報道されている現状であった。
「ボルガンズ・レポートまで動いてやがる!こんなのが知られたら、うちの信用はがた落ちじゃねぇか!」
傭兵家業は信用が第一。リューガの腕っぷしで纏められていた組織にとって、この大敗は致命的なものとなるのである。
「叫んでも状況は変わらねぇよ。どうするんだ?アンタも突っ込むか?敵討ちが出来りゃ、アンタの名も上がるだろうぜ」
壁に背を預けて佇むジェームズが、ガイアへ言葉を投げ掛ける。ガイアは忌々しげに隻眼をジェームズへ向ける。
「残ってる俺の部下は五十も居ない!それに参加した奴らで生き残った連中はみんな逃げやがった!その証拠に、誰も戻らねぇ!」
あちこちの事務所などに敗残兵が戻ってはいるが、大半は怪我人で元気なものは姿を消した。
『暁』から逃れるために身を隠したのは明白であった。
「結局はエルダス・ファミリーと同じ末路って訳だな」
「なに他人事な言い方してやがる!?てめえの不甲斐なさのせいだろうが!」
「仕事はこなしたぜ?ここ数日破壊工作も無ぇだろうが。それに、俺達は殺し屋だ。正面決戦をやるのは仕事に含まれないんでな」
「殺し屋風情が!拾ってやった恩義すら忘れたか!」
「充分な働きはしたぞ。で、どうするんだ?暁の連中に頭を下げるか?泣いて惨めに命乞いをすりゃ、見逃して貰えるかもな」
「あんな新参ものに命乞いをしろってのか!?ふざけんな!俺は絶対に嫌だからな!」
「ならどうすんだ?連中が撃退して終わりにする筈がない。|縄張り《シマ》を護れるだけの兵隊が居るのか?」
「ぐっ……!」
ジェームズの指摘を受けて、ガイアは苦悶の表情を浮かべる。
既に大金で用意した軍勢は存在せず、町中に知れ渡れば暁以外の組織からも狙われる危険性が高まるのは明白だった。
何とか落とし処を探さないといけない。そう考えたガイアは名案が浮かんだのか、暗い笑みを浮かべる。
「なら仕事をやるよ、スネーク・アイ。安心しろ、殺し屋に相応しい仕事だ」
「なんだ?」
「手始めに、ターラン商会のボスの首を持ってきてくれ。俺達は奴に騙されたんだ。そいつの首を手土産に、暁と手打ちにする」
暗い笑みを浮かべるガイアを見て、ジェームズは内心蔑む。自らの保身のために重要なパトロンすら切り捨てようとしているのだ。
もし逆転を狙うならば、暁代表の首を狙うように指示すれば良い。だが、ガイアは自らの保身を優先した。彼が蔑むには充分な理由だった。
「それは構わねぇが、二度とターラン商会とは仕事が出来なくなるぞ?」
「しばらくは遣り繰りに手間取るだろうが、ほとぼりが冷めるまで我慢すればなんとかなる。だろ?スネーク・アイ」
「それは俺の考えることじゃねぇよ。じゃあ、ターラン商会のボスを殺る。それで間違いは無ぇな?」
「ああ、直ぐに頼む。俺は暁と何とかナシを付けられねぇか探る」
「ターゲットの居場所は?まさか帝都だとか言わねぇよな?」
「いや、奴は今回の戦いでリューガの尻を叩くために一番街へ来てる筈だ。そこにあるうちの事務所に居る」
「へぇ、VIP待遇だな」
「まあ、大金を出してくれたからな。連中も暁が目障りらしい。最後まで役立って貰うさ」
「分かった、明後日までには戻る」
「早く頼むぜ、奴が逃げるかも知れねぇからな」
『血塗られた戦旗』のガイアは、自らが生き残るため『ターラン商会』を犠牲にするべく指示を出す。
だが、彼には時間が残されていなかった。
「主様は大勝利を納めたわ!ここからは私達の出番よ!」
「ボスが身体を張ったんだ。俺達も相応の働きをしねぇとな?」
黄昏での大勝利を知らされたラメル率いる情報部とマナミア率いる破壊工作部隊が、十五番街で一気に攻勢に出た。
敗残兵達を尾行して『血塗られた戦旗』の事務所や拠点を特定し、そこへ襲撃を仕掛けたのだ。
「せっ、せっかく生き延びたのに!こんなのアリかよぉ!」
多数の負傷者が担ぎ込まれた『血塗られた戦旗』の経営するレストランへ破壊工作部隊が爆弾を投げ込み、彼らを纏めて始末する。
「こんな町に居られるか!直ぐに逃げるぞ!」
運良く鉄道へ飛び込めた構成員は、同乗していた情報部のエージェントによって密かに始末され。
「降参だ!俺達はただ金を貰っただけなんだ!勘弁してくれ!待て!待て!……あぁああっ!!」
金で雇われたゴロツキ達で顔が判明しているものは探し出されて容赦なく始末された。
「あはっ☆困ったなぁ、追い掛けられる立場になっちゃった☆」
「ほら聖奈、遊んで無ぇでいくぞ。さっさと済まさねぇとな」
「はーい☆」
だが、この攻勢で運悪く聖奈と遭遇した情報部の数人が返り討ちに合い命を落とし、それと同時に聖奈はジェームズと一緒に十五番街から姿を消し、暁情報部も足取りを掴めない有り様となる。
この数日に渡る攻勢はガイアを益々追い詰めていた。彼は聖奈達の働きに一縷の望みを託して帰還を待ちわびる傍ら、何とか『暁』と交渉できないか思案していた。
だが、結局彼の努力が実ることはなかった。
何故ならば、シャーリィは既に『血塗られた戦旗』を敵として認識しており、あらゆる交渉に応じるつもりは無いのだから。彼が身を持って思い知るのは、数日後であった。
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