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深呼吸を一つ。
レジーナは少しだけ落ち着きを取り戻す。自身の行動を振り返り、小さく「ごめんなさい」と呟いた。自分自身を両腕で強く抱きしめる。
「……お願いだから、私に触れないで」
一方的にそう告げて、クロードから距離をとった。
彼は無表情に――伸びた前髪と髭のせいでほとんど見えない――、コクリと頷く。
レジーナは自分を落ち着かせるため、現状を確認する。ヴィジョンで目にした情報を思い起こした。結果、行きついた結論に、声が震える。
「……ここは、カシビアのダンジョンなの?」
「ああ……」
レジーナの問いにクロードが答える。その声は酷く掠れていた。
どれだけの間、声を発していなかったのか。
レジーナの追体験では、「ひどく長い間」としか認識できなかったその期間を考える。
「カシビアダンジョンは何年も前に枯れたはずよ……」
レジーナが学園に入る前――少なくとも三年以上昔の出来事だ。
その間、たった一人でダンジョンを支え続けるなど、本来あり得ない。
魔力だけではない、クロードの強靭な精神が生んだ奇跡だ。
(ヴィジョンで見た限りでは、当然だけど、誰も期待していなかった)
そもそもが死を望まれていたのだ。彼がまだこうして生きているなど、国の上層部、騎士団でさえ把握しているかどうか。
少なくとも表向き、「彼」はここ数年行方不明、死亡説さえ囁かれている。
何より、彼は――
レジーナは溜息をついた。
ここから抜け出すために、クロードの力は必要不可欠。彼がそれを「当然」として受け入れていることも知っている。
ただ、一方的に彼の力を借りることに抵抗があった。
助けてくれた彼に自分が返せるもの。せめてもの誠意。
レジーナは覚悟を決めた。
「………助けてくれてありがとう」
未だ口にしていなかった感謝を伝える。
クロードは静かに頷いて返した。
それに勇気を得て、レジーナは謝罪の言葉を口にする。
「失礼な態度をとってごめんなさい。あなたが庇ってくれなければ、私、死んでいたわ。本当に感謝してる……」
思いを口にするのは苦手だ。
レジーナは次第に俯きがち、声が小さくなる。
クロードは黙ってレジーナの言葉を聞いていた。
沈黙に、レジーナは居心地が悪くなる。
居た堪れなくなって、彼の姿に言及した。
「……ひどい格好」
人のことは言えない。だが、それにしても酷い。
伸び晒しの髪や髭に加え、レジーナを庇ったせいで粉塵まみれ。
以前の彼に直接会ったことはないが、彼の噂話、冒険譚なら嫌と言うほど聞いた。街に出れば、店先に彼の絵姿が溢れ、吟遊詩人が彼を讃えて歌う。そんな時代があった。
「……あなた、『英雄クロード』なの?」
レジーナは確信を持って尋ねる。
クロードが反応した。伏せられていた目が、真っすぐにレジーナを見る。「自分を知る何者か」の正体を探るように。
レジーナは首を横に振った。
「今まであなたと会ったことはないわ。これが初対面よ」
言って、ジロジロと彼を観察する。
「仮に面識があったとしても、今のあなたじゃ、誰も『英雄クロード』だとはわからないんじゃないかしら?」
だったらなぜ、レジーナには分かったのか。
レジーナは明かす。
「……初めまして、クロード。レジーナ・フォルストよ」
名乗りに、こんなにも震えそうになるのはいつ以来だろう。
聞こえたはずの「フォルスト」の名に、クロードの反応はない。
「『剔抉のフォルスト』の娘だと言えば、わかってもらえるかしら?」
時に侮蔑を以ってそう呼ばれる一族の名。
クロードの瞳は凪いだまま。レジーナの正体に気付いたかは分からない。
――怖い。
レジーナは怖気づく。
自分を救った男。自分を「守る」と誓った男に嫌悪されることが、レジーナは怖かった。
そんな自分を、レジーナは嗤う。
(……なにを弱気になる必要があるの)
人からの悪意など、とうに慣れた。
ここで引くような弱さは大嫌いだ。
クロードには明かすと決めた。
だって、レジーナは彼の人生、全てを視てしまったから。
喜びや悲しみ――決して人には晒したくないはずの彼の大切な部分を、レジーナは侵した。
だから、レジーナも、最も知られたくない弱みを曝け出す。
家族にも、彼にだって明かしたことのなかった秘密。
レジーナは初めて口にした。
「私、『読心』のスキルがあるの。……人の心が読めるわ」