テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ドアのすぐそば、数十センチの距離で、遥は立ち尽くしていた。

蓮司の声が、木の板一枚を隔てた向こう側から、粘つくように響いてくる。

笑っていた。からかうように、軽く、けれど──確信的に何かを奪いながら。


「……声も、震えも、熱も、涙も──」


その一語ごとが、遥の胸を、まるで刃物のように削いでいった。

手が震える。息が詰まる。喉の奥が焼けるように痛い。


──違う、そんなふうに泣いたんじゃない。

──泣いたのは、あいつのせいじゃない。


けれど、その言い訳が、もう自分自身の耳にすら届かない。

あの夜、崩れた。身体も、言葉も、感情も、どうしようもなく反応してしまった。

蓮司の言葉が、嘘ではないと思えてしまうほどに。


「……おまえもさ、壊れる準備ぐらいしといた方がいいよ」


耳が、きゅう、と痛くなる。頭の中に、誰かの声が入り込んできた。


――どうせ、おまえは誰かに抱かれてる顔しか、価値ないんでしょ。


――泣くのが似合うって言われたとき、少しだけ嬉しかったんじゃないの?


――汚い子。ほんとに、気持ち悪い。


違う、そんなこと……思ってなんか、ない。

思ってたかもしれない。でも違うって、思いたい。でも。


足が、自然と後ずさる。

息が、詰まる前に、何かが切れていた。


遥は走った。

音を立てないように、できるだけ静かに、それでも必死に。

まるで、今ここにいる自分自身から逃げるように。


階段を駆け上がることも、下りることもできず、

教室を一つ一つ避けるように通り抜け、人気のない廊下を、影のように滑っていく。


屋上へ行く勇気もなかった。

人とすれ違うのも怖かった。


──どこか、誰にも届かない場所に。


でもそんな場所なんて、この学校には、どこにもない。

どこにも、最初からなかった。


――全部見られてる。

――誰かが見てる。

――笑ってる。あいつも。あいつも。日下部も──


走り続けながら、遥の視界はぶれていた。

涙ではない。ただの混濁した何か。

過去の映像と、現在の言葉と、耳鳴りのような罪悪感が、脳内をひたすらに濁らせる。


止まったのは、非常階段の踊り場だった。


錆びた鉄の匂い。鉄柵の冷たさ。空の青さ。


遥は、崩れるように座り込んだ。


そのまま、膝を抱えて、顔を埋める。


声は漏れない。ただ、震えだけが延々と続いていた。


自分がどうして泣いているのか。

どうして、逃げてきたのか。

どうして、こんなにも苦しいのか。


わかっているようで、何もわからなかった。


──でも確かにわかっているのは、ひとつだけ。


「自分は、汚い」


その言葉だけが、静かに、深く、遥のなかに沈んでいた。

この作品はいかがでしたか?

22

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚