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#Paycheck
ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
ピンポーン、と軽い音が部屋に響く。
エリオットは一瞬だけ手を止めて、深く息を吸った。
(……来た)
分かってたはずなのに、なぜか少しだけ落ち着かない。
ドアを開けると、そこにはいつもの無造作な格好のチャンスが立っていた。
「……よ」
「いらっしゃい。遅いね、冷めるかと思った」
わざと軽く言うと、チャンスは少しだけ眉を上げる。
「焼きたてって言ったの、お前だろ」
「うん。だから急がせたのに」
少しだけ意地悪く笑うと、チャンスはため息をつきながら中に入ってくる。
靴を脱いで、部屋に入るその背中を見ながら、
エリオットはふっと視線を逸らした。
(……普通にしろ)
そう思ってるのに、妙に意識してしまう。
テーブルの上には、試作のピザが並んでいる。
まだ湯気が立っていて、香ばしい匂いが広がっていた。
「新作。どう?」
「見た目はいいな」
「“見た目は”って言い方やめてよ」
軽く笑いながら皿を差し出すと、チャンスは一切れ手に取る。
一口かじって、少しだけ考えるように黙る。
その沈黙が、やけに長く感じた。
「……で?」
エリオットが覗き込むと、チャンスはゆっくりと視線を上げる。
「美味い」
「ほんと?」
「ああ」
短い一言なのに、妙に真っ直ぐで。
エリオットは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……へえ」
照れをごまかすみたいに、少しだけ口角を上げた。
「じゃあ、もう一口いく?」
「自分で食う」
「ケチ」
「普通だ」
やり取りは軽いのに、
その間に流れる空気はどこかぎこちない。
——お互い、分かってるから。
チャンスがグラスに手を伸ばす。
エリオットはそれを見ながら、少しだけ距離を詰めた。
「ねえ」
「ん?」
「さっきの、“美味い”ってさ」
チャンスが振り向く。
距離が、思ってたより近い。
エリオットは一瞬だけ目を細めて、そのまま続けた。
「ピザの話?」
わざとだ。
分かってて、聞いてる。
チャンスの目が少しだけ鋭くなる。
「……何が言いたい」
「別に?」
エリオットは肩をすくめる。
でも、そのまま離れない。
「なんかさ、ちゃんと聞きたくて」
「何を」
「どっちの意味で言ったのか」
沈黙。
チャンスの視線が、ほんの少しだけ揺れる。
エリオットはそれを逃さない。
「ねえ、チャンス」
少しだけ声を落とす。
「ちゃんと答えてよ」
距離は、あと少しで触れそうなほど。
でも、触れない。
チャンスは小さく息を吐いた。
「……どっちもだ」
「ふーん」
エリオットは、ゆっくり笑う。
「それ、ずるくない?」
「正直だろ」
「逃げてるだけじゃん」
言いながら、ほんの少しだけ顔を近づける。
チャンスの呼吸が、一瞬止まる。
それを見て、エリオットはくすっと笑った。
「そうやってさ」
「……」
「ちゃんと踏み込まないとこ」
さらに一歩、距離を詰める。
「俺、けっこう好きだよ」
その一言で、空気が変わる。
チャンスの手が、ほんの少しだけ動く。
触れそうで、止まる。
エリオットはそれを見て、わざとらしく首を傾げた。
「なに?」
「……いや」
「触れないの?」
一瞬の沈黙。
エリオットの目が、少しだけ挑発的に細くなる。
「ほら」
軽く腕を広げてみせる。
「チャンスなら、別にいいよ」
冗談っぽい言い方。
でも、逃げ道は用意してある。
チャンスは少しだけ眉を寄せて——
そのまま、一歩だけ近づいた。
けれど、やっぱり触れない。
その距離で止まる。
エリオットは一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに、ふっと笑った。
「……ほんとにさ」
小さく呟く。
「そういうとこ、ずるいよね」
でもその声は、少しだけ柔らかかった。
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