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「専務、コーヒーを入れましょうか?」


会社に着き朝の準備を終わったところで聞いてみる。

いつもは必ずコーヒーを入れることにしているけれど、今日はすでに家で飲んだし、


「いいよ、また後で頼む」

「はい」

やっぱりそうよね。


昨夜、専務と一夜を過ごしてしまった私は一緒に朝食を食べてから専務の車で出社した。

「電車で行きますから」と何度も断ったのに、「もう、うちの車を呼んでしまったし、同じ所に向かうんだからいいだろう」と押し切られ断れなかった。

やっぱりうちの王子様は押しが強くて困ってしまう。

まあ、そこが惹かれた一因でもあるんだけれど。


「・・・君、・・青井君」


え、

「ああ、はい」


マズイ、ボーッとしていた。


「今日の会議の資料は?」

「はい、今」


用意していた資料を手に専務のデスクの前に立つ。


「具合が悪いのか?」

チラッと私を見上げる視線。


「いいえ」

あまりの急展開に心と頭がついていかないのは間違いないけれど、体調が悪いわけではない。


「少しでも辛いなら帰ってもいいぞ。徹には俺が言っておくから」

「いえ、大丈夫です」


専務が徹にどう説明するのか、考えただけで恐ろしい。


「昨日は随分無理をさせたんだ、その責任は俺に」

「あの、専務。本当に大丈夫ですので、もう言わないでください」

かぶり気味に言葉を遮った。


こんなところで昨日のことを蒸し返されたら、恥ずかしくて死ぬ。


「そうか、じゃあしっかり仕事をしてくれ」

「はい」


うーぅ。

なんだか専務にペースを握られているようでしゃくに障る。

でもしかたないか、昨日は私が誘ったんだから。


***


昨日、山川さんにコーヒーをかけられスーツを汚してしまった私は帰ろうとしたところで専務と出くわした。


当然汚れたスーツのことを聞かれ、答えられずうろたえた。


いつもの私なら冷静に切り抜けたと思うのに、いきなり専務に抱きしめられ、「辛ければ泣けばいい」なんて言われて、不覚にも涙がこぼれた。


今まで、あんなに無遠慮に心の中に入ってくる人はいなかった。

だからかな、専務の側にいたいと思った。

この人なら、私を受け入れてくれるんじゃないかとも感じた。


それからは、高そうなブティックへ連れて行かれ、雑誌で見たことがあるようなフレンチのお店の個室に案内され、夢のようだった。

うれしさ半分、住む世界の違いを見せつけられたような寂しさ半分。

複雑な気持ちで、食事を味わった。

一緒に出されたワインもとっても美味しくて、いつもよりかなりお酒も飲んだ。

アルコールが入り気分が大きくなった私は、自分から「うちで飲み直しましょう」と誘った。

あんなこと、お酒が入っていなければ絶対に言えない。


あとは・・・

酔っ払っていて、記憶も曖昧。


ただ・・・

買ってもらったワンピースがシワになるぞと言われ、慌てて服を脱ぎ、


それから・・・

自分から「好きです」と告白した。


そして・・・

専務と寝てしまった。


あまりにも大胆な行動に、自分が一番驚いている。

私の知っている青井麗子は、そんなことができる人間ではなかったのに。


何がそうさせたのか、

お酒?

それもあるけれど、それだけじゃない。

山川さんのせいで心が弱っていたから?

私はそんなに弱くはない。

それじゃあ・・・

やっぱり専務かな?

服も食事も夢みたいだったし、何よりもいいからついてこいって言われることに慣れなくてキュンとした。


あーぁ、どっちにしても一晩の夢だったってことね。

専務には申し訳ないけれど、私の初めてを素敵な人にもらってもらった。


うん、いい思い出にしよう。


「オイッ」


ええ?


頭を上げると、怖い顔をした専務がデスクの前にいた。


ヤバッ。

また、ボーッとしていた。


***


「仕事にならないなら帰ってくれ」


それは、静かだけれど厳しい言葉。


私はその場に固まった。


こんな醜態、秘書として最悪だ。

いくら突発的なアクシデントがあろうとも、仕事に影響するようでは社会人として失格だと思う。


「事情はどうあれ、やるべきことはしてくれないと困る」

「はい」

正面から顔を見る勇気がなくて、足元を見つめた。


誰が聞いても専務の言っていることが正しい。

覚悟の上で自分の上司と寝たなら、仕事だけはきちんとするべきだ。

それなのに・・・



「どうかした?」

ノックをすることもなく徹が入ってきた。


「呼んでないぞ」

不機嫌全開の専務。


「朝っぱらから部下が𠮟責されていたら気になりますね」

悪びれる様子もなく堂々としている徹は、図々しくさえ感じる。


こんな態度に出られるのは幼馴染だから?

いや、それだけではない。

徹の有能さを知っているから、専務は決して徹にはキレない。

そんな事情を知ってか知らずか、徹も遠慮なく進言する。

この2人には絶対の信頼関係がある。


「もういい、会議に行ってくる」

私のことなど振り返ることもせず、専務は部屋を出て行った。


「行ってらっしゃいませ」

頭を下げ専務を見送る私。



「フッ」

専務の背中が見えなくなった途端、徹の表情が変わった。


***


「随分機嫌が悪いな」


徹は、『原因は何だ?』と言いたそう。

いくら愛想のない専務でも、朝からここまで機嫌が悪いのは理由があるはずだと思ったんだろう。

鋭い人だから、何か気づいたのかもしれない。


「私がボーッとしていたから、怒らせちゃったんです」

嘘ではない言い訳をしてみる。


「へー、珍しいな」

「そうですか?」


一体徹には、私ってどんな人間に映っているんだろう。

まだ学生だった頃の私を知っているからには、いいイメージはないと思う。

あの頃の私は、自分とは関係のない噂に翻弄されていたから。

暗黒の十代。

まさにそんな感じ。

私にとって十代は消したい過去でしかない。



「・・・オイッ」


え?

「ああ、すみません」


ヤダ、またやった。

つい妄想に浸ってしまった。


「具合が悪ければ、帰ってもいいんだぞ」


やっぱり友達だ。徹と専務が同じことを言っている。


「大丈夫です。すみません」


ここは素直に謝るしかない。

そして、気合いを入れて仕事に集中しよう。


「それならいいが。専務の手綱をとれるのは君しかいないんだから、頼むよ」

「・・・はい」


とても手綱なんて取れている気がしないけれど、精一杯頑張りますという意味で返事をした。


そのまま、徹は会議へと向かって行った。


今日の会議は定例の重役会議。

社長も出席するし、長くなることも多い。

荒れなければいいけれど・・・


***


私のイヤな予感はよく当たる。

望んでもいないのに、トラブルは向こうからやってくる。



バタンッ。


何の予告もなく開けられたドア。


「え、専務」


まず感じたのは随分早い時間だなっていうこと。

下手したら昼前までかかると思っていたのに、専務が戻ってきたのは10時過ぎだった。


それに・・・険しい顔。

何かあったのは一目瞭然。


「コーヒーを入れてくれ」

「はい」



コトン。

デスクにコーヒーを置く。

それまで、窓の外を見ていた専務が椅子ごとこちらを向いた。


うわぁ、ひどく疲れた顔。


「大丈夫ですか?」

つい、言葉が出た。


「ああ」

ぶっきらぼうに返事をして、コーヒーを口に運ぶ専務。


とても大丈夫には見えない。

きっと何かあったんだ。

分かっていても、これ以上は突っ込めない。

そう思ってしまうほど、専務が弱って見えた。


「はぁ、俺も人の事は言えないな」

「えっ?」


「君に仕事はきちんとしろなんて言いながら、俺自身が仕事にならないなんて・・・情けない」

「専務・・・」

いつも強気な専務の意外な姿に驚いた。


この人にもこんな顔があったのね。

完全無欠の王子様だと思っていたのに。

かわいいなって思う反面、どれだけ虚勢を張って生きてきたんだろうと、かわいそうにも思える。


「トラブルですか?」

専務がこれだけ動揺するからには、よほどの事だろう。


***


「古狸ともめた」

「え?」


古狸って河野副社長のことよね。

徹との会話の中でそう呼んでいた気がする。



ガチャッ。

またまたノックもなく、徹が現れた。


「お疲れ様です」

突然の上司の登場に、私は挨拶をしてみる。

「・・・」

しかし、返事は返ってこなかった。



部屋に入ってきた徹は真っ直ぐに専務の元に向かい、デスクの前に立った。

一方専務は視線を合わすこともなく、不機嫌そうな顔のまま。

すると、


バンッ。

徹がデスクを叩いた。


それまで無視を決め込んでいた専務も徹の方に視線を向け、2人とも無言のままにらみ合った。



徹が怒っている。

どんな時も冷静な徹が、本気で怒っている。

これはきっと、一大事。


「青井さん、悪いけれど今日と明日の専務のスケジュールを空けてくれる?」

「は?」


「確か大きな会合は入っていないはずだから、スケジュールをすべて別の日に移して欲しい」

「はい」


確かに、どうしても動かせないような予定はなかった。

なんとかなると思う。

でも、そんなことをして大丈夫なんだろうか?


「とりあえず緊急事態だから、今日と明日は専務を自由に動かしてあげて」

「はあ」

「君には専務が留守の間の対応を頼む。その間俺の方でも調べてみて、何かわかれば青井さんに知らせるから、その都度専務に伝えてくれる?」

「はい」


何がどう緊急事態なのかわからないが、よほどのことらしい。


「孝太郎、お前は自分で自分の首を閉めたんだからな」

専務に向ける徹の口調は冷たい。

「状況は理解している。なんとかする」

淡淡と答える専務。


「俺ができるのはここまでだ。自分の仕事と社長秘書としての立場もあるから、河野副社長との正面衝突は避けたい」

「ああ、分かっている」


どんなに怒っても、徹は専務を心配してるのね。


それにしても、何があったの?


***


「青井君。しばらく、電話は取り次がないでくれ」

徹が出て行ったあと、しばらく考え込んでいた専務がやっと口を開いた。


「すべてですか?」

「ああ、社長からでも、取引先からでもつながなくていい。君の方で対応しきれないようなら、徹に確認してくれ」

「承知しました」


専務のはっきりとした口調は、どこか決意のようなものを感じさせる。

それだけ切羽詰まった事態だと理解できた。



「なあ、」

「はい」


仕事中とは違う声のトーンに、自分のデスクに戻ろうとしていた私の足が止った。


「もしかしたら、俺はこの会社を去ることになるかもしれない」


え?

驚いて振り返った。


専務は鈴森商事創業者一族の5代目。

誰もが将来の社長だと思っている。

それが覆るようなことが起きたってこと?


「俺がすすめていた新規事業の取引先に問題が起きて、契約できなくなるかもしれないんだ」

「契約ができないってことは、」

「新規事業自体が頓挫するだろうな」


「そんな・・・」


私は、専務がどれだけの時間と労力をかけて準備してきたのかを知っている。

会社の将来にとって必要な事業だってことも理解しているつもり。


「何があったんですか?」

立ち入ったこととは思いながら、聞かずにはいられなかった。


「今回取引を予定していたのは起業して10年ほどの会社だ。大手が七割以上を占めている製紙業界の中ではめずらしい新しい会社。規模もそれほど大きくもないが、新しい機械をドンドン入れていて、多様なニーズに応えられるように複雑なパッケージデザインにも対応してくれる柔軟性と、高い技術力を持つスタッフのいる会社だ」

「へえー」

専務がこれだけ褒めるからには、きっと素晴らしい会社なのだろう。


「これからドンドン大きくなる会社だと思っていた」


思っていた?


「その会社に何があったんですか?」


「経営陣に反社会勢力の関係者がいたらしい」

「えっ、それは、や〇〇ってことですか?」

「いや、直接ではなく、間接的に」


間接的に?

意味がよくわからない。


***


「社長はまだ若いが仕事のできるいい人だ。俺も何度か会ったが、いつも穏やかで、もちろんカタギだ。ただ、社長のおやじさんは関東一縁をとりまとめるやくざの組長で、名前を聞けば誰でもわかるほどの大物」


ふーん。

「でも、その会社には関わっていないんですよね?」


「まあな」


あれ?

歯切れが悪い。


「経営自体には一切関わっていないが、新しい機械の購入時にいくらか資金が入っていたらしい。もちろん、組みからとしてではなく、おやじさん個人が息子のために調達した個人的な金なんだが・・・」


「それって、マズいんですか?」


親が子を心配するのは当たり前に思うし、自分のできる事で応援したいと思うのも親心でしょう。


「来週発売の雑誌に、『黒い金の流れ』って記事が出るらしい」


それはマズイ。


事の善悪は別にして、表沙汰になれば仕事には影響するだろう。

反社会性力って企業にとっては禁句のようなものだから。


「専務は、どうするつもりですか?」


このまま諦めるには、事業計画が進みすぎてしまった気がする。

どんなに頑張ってもある程度の損失は出るだろう。

そうなれば誰かが責任を・・・え?


「やれるだけやってみるさ。記事が出るまでに潔白の証拠を集めて、上層部を納得させられればいいし、もしできなければ新規事業も俺の首も飛ぶ」


やっぱり。

そういうことか。


きっと副社長の挑発に乗せられて、『責任をとる』って言わされたんだ。


「とにかく、俺は出かけるから留守を頼む。何かあったら携帯にかけてくれ」

「はい」


一言二言文句でも言ってやろうかと思ったけれど、専務の顔を見ていると言えなくなった。

自分の立場が危ういのも、状況が悪いのも承知の上で挑んでいこうとしている人にかける言葉はなかった。


***


その後、専務は急ぎの書類だけに目を通すと、お昼も食べずに出かけて行った。


専務にとって、今は正念場。

人生の中で何度か訪れる試練の時。


「大丈夫、きっと大丈夫」

誰もいない執務室で、私は呟いた。


人間なんて、幸せも不幸も人生の中での比率はそう変わらない。

幸せが訪れれば、必ず不幸もやってくる。

それをどう感じるかは人それぞれとして、幸せばっかり、不幸ばっかりなんて人生はありえない。

だから、


「きっと大丈夫だから」

もう一度口にして、ぎゅっと手を握りしめた。


これは私の子供の頃からの癖。

イヤなことや辛いことがあったとき、こうして口に出すことで自分自身に言い聞かせてきた。



さあ、こうしてばかりもいられない。

少しでも専務の役に立つように、私も何かしよう。


パソコンを立ち上げ、さっき専務からもらったばかりのパスワードで社内システムにアクセス。


うぅーん。

さすが、昨日までは入れなかった情報にも簡単にアクセスできる。


まずは、新規事業の進行状況と、取引先の会社について。

後は、河野副社長。

最近の動きと、資金の流れについて調べてみよう。

きっと何か出てくるはずだから。


***


こう見えて、私はコンピューターに関してはプロ。

もちろん大学で勉強しただけで実務経験はないけれど、それなりの知識や技術は持っているつもり。


中学時代から家の中で過ごすことが多く、ずっとパソコンに向かっていた。

その頃の私は精神的に不安定で、パソコンの中から少しでも多くの情報を得ることに夢中だった。

要するに、ハッキングまがいのことに手を出していた。

今思えば、バカなことをしていたと思う。

でも、子供だった私は相手の気持ちになるなんてことは考えられなかった。



ピコン。

専務からのメール。


『何もしなくていいからな。ただ留守番だけ頼む』

『はい』


『これから相手の社長に会って、対応を錬るつもりだ。遅くなると思うから直帰する。君も、定時になったら上がってくれ』

『はい。専務も無理しないでください』

『ああ』


無理をするなと言ったところで聞いてはくれないだろう。

今はそんな場合ではないんだから。

その思いは私も同じ。

このまま黙って引き下がるつもりはない。



仕事用のパソコンで大体のデータを集めてから、私は自分のパソコンを広げた。


まずは今回の騒動の相手である取引先について調べてみる。


川崎紙業株式会社。

創業は10年前で、段ボールなどの紙を使ったパッケージデザインを手がける会社。

社長は川崎卓(かわさきすぐる)、40歳。

大学を卒業後商社に勤め、10年前に脱サラして仲間と会社を興した。

この社長がちょっと異色の経歴で、元々は造形作家希望で美大に通っていたらしい。

大学時代には何度もコンテストに出品していたようだけれど、一度も入選することなく大学を卒業。

卒業と同時に、夢を諦めてサラリーマンとなった。

そんな川崎社長が大学時代の仲間5人と興したのが今の会社。

デザイン性と機能性を兼ね備えた商品が評価され、今では従業員1000人、海外を含む5つの工場を抱える企業となった。


ふーん、確かにすごい人ね。


しかし、これは表の情報。

少し潜って調べてみると・・・


***


川崎卓の父は、川崎達吉。

関東川崎組の10代目。

川崎組は日本でも3本の指に入る大きな組織。

一人息子の卓は11代目になるはずだったが、今まで一度も組との関係を持つこともなく今日に至っている。


元々この川崎達吉という人も、やくざにしては珍しくインテリらしい。

都内の有名大学を卒業後会社勤めをしていたが、先代の急死で後を継ぐしかなくなった。

だからかな、名前を検索して出てきた写真も全くやくざには見えない。

どこかの社長さんのように、穏やかな笑顔の写真が並んでいる。


「いい人に見えるんだけれどね」


さらに詳しく調べていくと、

川崎紙業は川崎卓社長が資金5000万円で起業した会社。

その出所は、おそらく川崎達吉氏だろうと書かれている。


やっぱりそういうことか。

『黒い金の流れ』も、間違いではないのかもしれない。


さらに、川崎卓氏のSNSもチェック。


そこには穏やかな表情の卓氏とかわいい子供達と綺麗な奥さん。

時々実家での食事風景なんかも出てくる。

幸せそうな家族。

そこに演出は感じられない。


でも、変だな。


会社を経営していて、資金調達で少なからず後ろめたいことがあれば、組長である父との写真をこうも堂々と出すだろうか?

いや、普通は隠すはず。


ちょっと興味を持ってしまった私は、川崎紙業のメインコンピューターにアクセスしてみることにした。

もちろん、これは違法行為です。


***


川崎社長を支える起業時のメンバーはどちらかというとデザイナーやエンジニアの集団。

今、ここまで大きくなった会社の経営を支えているのは副社長と専務と常務など何人かの取締役達。


「みんな若いなあ」


企業が若いだけに、経営陣も若い。


とりあえず、この人達について調べてみますか。


お金の流れと、交友関係。

それと、今回の記事との関わり。


今回の記事は、きっと身近な人が関わっているはず。

どこかで誰かがリークしない限り、ここまで詳細な記事は書けない。


私は久しぶりに時間を忘れてパソコンに向かった。




社長が40歳ってだけあって会社の中枢にいる人達も殆どが40代。

大手から移ってきた人が多い。


「一見したところ怪しげな人はいないんだけれど・・・」


一応個人のお金の流れも探ってみたけれど、気になる点は無かった。

後はSNSをチェックして、河野副社長の方を調べてみよう。

もちろん簡単には尻尾を出さないだろうけれど、どこかに何かあるはず。

河野副社長の動きの胡散臭さは、最近ずっと感じていたんだから。


***


河野副社長、57歳。

現社長の右腕と言われる人物。

元は銀行員。

企画力や営業力よりも人を動かす力に長けていて、数字に強い。

主役にはなれないけれど、影で動かずドンって感じで、鈴森商事にはなくてはならない人。


プライベートでは、奥さんと娘さんが1人。

趣味はダイビングで、ワイン好き。


うわぁ、意外。

パッと見、『趣味はゴルフ』とか言いそうなのに。


あら?


オシャレなワインバーでの写真も見つけた。

ちょっとだけ顔を赤くして楽しそうにワイングラスを持つ姿はとっても幸せそう。


「こうして見ると、いいおじさまなのにねー」

つい、口に出してしまった。


それにしても、素敵な店。

ちょっと薄暗くて、雰囲気があって、チラッと見えている調度も高級感がある。

接待かなあ、ちょっと飲みに行くには敷居が高そう。


ん?


その時、私の中で何かが引っ掛かった。


待て待て、


うぅーんっと、この写真どこかで・・・


カチカチとパソコンを叩き、記憶の糸を手繰り寄せる。


・・・あった。


さっき見た川崎紙業の取締役のSNSの中に同じ店の写真を見つけた。



会員制クラブ『Cube』。

そこは一見さんお断りの高級店。


もちろん、たまたま二人が常連だったって可能性もある。

世間なんて意外性でできているんだから。

でもね、今このタイミングでの偶然は信じられない。


私は河野副社長と同じ写真をアップしていた川崎紙業の大津孝取締役について、さらに調べることにした。


***


自分でやっておいて言うのも変だけれど、今は怖い時代だと思う。


その気になれば、写真一枚から色々なことが分かってしまう。

いつ誰とそこに行ったのか。

何を食べどれくらい滞在したのか。

完全にプライベートでしかない情報も調べられてしまう。


私も1時間ほどパソコンに向かっていただけで、河野副社長と大津取締役が知り合いだという確証はつかんだ。

しかし、欲しいのはもっと深い情報。

二人がこれから何をしようとしているのかが知りたい。



「さあ、やりますか」

ポキポキと首を鳴らし、1度大きく伸びをした。


これから先は少し危ない橋を渡ることになる。

違法行為どころか犯罪レベルで、見つかれば捕まってしまうかもしれない。

それでも、今の私に迷いはなかった。


まずは、大津取締役の身辺調査と個人口座の流れ。

もちろん、銀行のメインコンピュータなんて簡単にはアクセスできないけれど、やるしかない。

あとは・・・

河野社長の口座も調べてみて、記事の掲載を予定している出版社の方も調べてみよう。

誰が情報提供したのかがわかれば、解決の糸口も見つかるはずだから。


はじめは躊躇いながら始めた私も、やっていくうちに恐怖心は消えていった。


出てくる証拠も河野副社長にとって不利なものばかりで、「これで専務を助けられる」そう思うと、もっともっとと欲が出てしまった。


自分が今どれだけ危ないことをしているのか、私は忘れていた。

氷の美女と冷血王子

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