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#悪役令嬢
#ドアマットヒロイン
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上位種族に目を付けられれば、里や祖国を滅ぼされかねない。それだけの戦力差があるのだ。
怯える森人族の姿が、かつてのブリジットの祖国と重なった。正直、森人族が異世界召喚なんてしなければ、こんなことは起こらなかったのだ。だからこの窮地は彼らが招いたこと。そう切り捨ててしまえば良いのに──。
(でもそれを見逃せば、私はあとで後悔する)
下唇をキュッと噛みしめて、ルティと呼ばれる人に視線を向けた。
「ルティ様」
「……! なんだい、愛しい人」
途端に甘い声を出して、私をぎゅうぎゅうに抱きしめる。あまりにも密着するので「ぎゃ!?」と顔を両手で押しやるが、全然離れないし距離は近いままだ。
「近い! やっ……!」
「ハッ、すみません。嬉しくてつい……っ」
本気で拒絶したら、慌てて離れてくれた。抱き上げているのは変わらないが、降ろしてくれる気配はなさそうだ。
狐の尻尾がぶんぶんと揺れて、喜んでいるのが丸わかりだ。元夫は、そんなことをする人ではなかった。
(……やっぱり別人?)
「……シモン。この子は私が身元保証人となる」
「ハッ」
シモンと呼ばれた神官風の森人は、深々と頭を下げた。若そうに見えるけれど、彼らの年齢は外見がイコールにならない。
「今後、この子に無礼を働いたら──分かっているね」
「……承知しました。先ほどの無礼をお許し下さい」
「うん、次はない。それと、この子に対して酷いことをしようと言った──あの女は、どう処理するんだい?」
「はい。彼女は聖女様であられるので、風習に従って、その役割を全うして頂くつもりです」
その含んだ言葉に、聖女という肩書きが私や玲奈の想像していたものとは違う。
「(かつて私が伴侶、花嫁として人身御供にされたのと同じ)…………殺されちゃうの……ですか?」
「え?」
「はい?」
私の発言に驚愕していて、ルティ様に至ってはなぜか涙目だ。
「どうしてそんな怖い発想になったのですか? 元の世界はそんなに恐ろしいところだったとか?」
(いや前世の世界が、超ディストピアでしたが……)
そう思ったけれど口に出さず、首を横に振った。既に泣きそうな人を前にすると、心配するのは普通だろう。元夫(?)か不確定だけれど、あまりにも辛そうな顔をするのは卑怯だと思う。
「……泣かないでください」
「貴女は優しい子ですね」
(子ではなく大人なのですが……)
「聖女の役割は、今までの魂の負債分に見合った働きをすることですから」
「……?」
日本語で話が通じるのに、何を言っているのか全くわからない。
「ああ、そのコテンと小首を傾けるのも可愛いですね」
この人では埒があかないと思い、森人の人たちに説明を求めた。
「補足しますと人の男を寝取ったとか、人の実績を奪った、イジメ嫌がらせをして人から恨まれるような人族は魂が黒ずくんです。『そう言った輩が更生するかどうかのプロセスを見たい』という変わり者の魔女が、労働力として欲しておりまして……。望む人材を用意できないと呪われてしまいまして……」
(それって結局、生贄なんじゃ……)
ただ命は保証される。でも自由じゃないし、勝手に押し付けられた。いや条件が人として最低だから呼ばれたと考えれば、私のようにただ適合者だというだけで選ばれるのとは違う。
ぐるぐる考えてしまうが、答えは出ない。
「酷いことはしない?」
「貴女は自分を貶めようとした者にまで慈悲深いのですね。大丈夫ですよ、あれはある意味、救済のような者ですから」
(救済……)
玲奈はルティ様の威圧を受けてから震えるだけで、自分のことで精一杯なのだろう。別段、玲奈とは仲が良かった訳でもないし、かなり嫌いなタイプだ。
単に彼女の姿が、ブリジットと重なる部分があった。だから思うところがあったのだ。もっとも玲奈の場合は、自業自得っぽいとも言えなくはないけれど。
私は慈悲深くなんてない。
ただ明日は我が身になるかもしれないと思うと、怖いだけだ。モヤモヤしてスッキリもせず、それでも何か答えを出したくて、思考を巡らせている。答えなど出ないと分かっているのに。
(ん? なんだか眩しいくらい明るいような?)
周囲が光が弾けるように煌めいている。まるで魔法のよう。
(──って魔法!?)
「転移」
「!?」
線香花火のような眩い光と幾つもの模様が浮かび、瞬き刹那に視界ががらりと変わったのだった。
(え、あ。まさか、転移魔法!?)
緑豊かな森人族の里から、一変して見慣れない部屋に転移したのだ。
(油断した! また天空都市に──)
「ほら、着いたよ」
また敵意だらけの視線に晒される。そう思ったが、静かだ。身じろぎひとつない。
(あれ……?)
「ああ、もしかして急に場所が変わって驚かせてしまいましたか? すみません」
目を瞑って、身を縮めて過呼吸に陥りそうになったものの、ルティ様の温もりと、森とラベンダーの匂いが鼻腔をくすぐる。
聞こえてくるのは侍女たちの出迎えの声ではなく、小鳥の囀りだろうか。穏やかだ。怖がりながらも、周りをゆっくりと見渡す。
転移した先は、天空都市の王城ではなかった。庶民よりは少し羽振りが良さそうな、普通の部屋だ。暖炉に、絨毯、ソファなど華美や豪華な感じではないものの、質の良さそうな物なのは、なんとなく分かる。
「(天空都市──あのお城じゃない?)……ここは?」
「あんな場所ではゆっくり話せないから、私の住まいに移動しました。先に言っておけば良かったのに、驚かせてすみません」
「え、あ……いえ」
高級感溢れる調度品などはなく、質素ながらも生活感のある部屋でモスグリーンのカーテンに、木の床、焦げ茶のテーブルや椅子が目に入る。生活感があって、なんだか落ち着く。
ここで私はようやくルティ様から降ろして貰えたのだが、彼は私の目線に合わせるため、片膝を突いて傅いた。
(え?)
私は今、両足で立っている。それなのに、彼は私の目線を合わせるために膝を突いているのだ。その事実に自分の両手を改めて見ると、小さな子供の両手が見えた。自分の体に視線を向けると白い布にくるまっていたのでよく分からなかったが、明らかに体が縮んで、10歳前後の子どもになっている。
(幼児化している!? え、どうして!?)
「その……改めて……貴女の名前を教えて頂けませんか?」
懇願する声に、胸がズキンと痛みが走る。
(前世でもそんな風に声をかけられたことはなかったのに、今さらどうして?)
嫁いで以降、元夫のヴィクトルはいつもしかめっ面をして、不機嫌で笑顔を見せたことは一度だってなかった。会うのはいつだって帳の降りた真夜中で、会話もない。甘ったるいお香で記憶も曖昧なまま、体を重ねるだけの関係であり、魔力消費させるだけの存在として扱われた。
彼は私を名前で呼ぶことは殆ど無かった。対話を持とうと話しかけても、気付けば朝になっていた。昼間は声をかけても無視か、忙しいで終了。それが私の知る夫だったヴィクトルという人だ。
(でも今、私の前に居るルティ様は……存在そのものの雰囲気が違う)