皆はギャップ萌え、というものをご存知であろうか。そう、例えば優等生がタバコを吸っていたら、柄の悪い生徒が吸っているのを目撃した時よりもずっと大きい驚きを覚えるような、もしくは普段怒り散らかしている不良が、お婆ちゃんの荷物を持って横断歩道を背負っているのを見て、いい意味で驚愕させられたり…。
そういった、普段なあんな人が、あんなことを!?素敵だわ!というのがギャップ萌えというものであるのだ。
で、今回シルビアはそれを利用しある作戦を思い付いた。
「その名も、子猫作戦ですわっ!」
ぽんっ!とない胸を張りながら、拳でない胸を叩くシルビア。そんなシルビアの姿を、お付きのメイドは白けた目で見ていた。
シルビアの専用メイド、キュリナである。耳元ら辺で短く切り揃えられた黒髪が特徴の、少しキリッとした印象が特徴な女性だ。
そんなキュリナは、いつも通り変化のない表情のまま、紅茶を用意し始めた。
「で、またなんかをするおつもりですか」
「なんかって何ですの、立派な作戦でごさいましてよ?」
「はあ、あのニコニコ作戦が?」
「うぐっ」
痛いところを突かれたシルビアは、うっと胸に手を当てた。紅茶を淹れ終えたキュリナは、サッと机の上に置く。
透き通った、いい匂いのする紅茶を手に取り、一口飲む。そして、満足そうに一息付いた。
「…とりあえず、子猫作戦というものを思いついたのですわ!気になるでしょう?」
「いいえ気になりません、では失礼しました」
「待てい待てい」
部屋から退出しようとするキュリナを、シルビアは全力で引き止めた。
「何ですかもう」
「いいから聞きにならして!ズバリ!子猫作戦とは!」
「はあ、戻りたい」
ズバリ!子猫作戦とは!
ギャップ萌えを利用した作戦なのである!
まず、その1!子猫とそこらへんの箱を用意!
「そういえばお嬢様って猫にめちゃくちゃ嫌われるタイプでしたよね」
「……お黙りにならして!」
そして雨の日、箱に入れた子猫を道端に置き、シルビアは傘を持って準備!
人が来た瞬間に、飛び出し、子猫の前にしゃがみ、そして傘を差し出しながらこう言うのだ!
「まあ…なんて可哀想な子猫。私が拾ってあげますわ…って!そうしたら、きっと見た人が『シルビアってなんてお優しい方なのだろう!』と感動して『シルビア様!私と是非お友達に!』と話し掛けるはずですわ!」
シルビアのキラキラとした瞳を見て、その作戦内容を聞いて。
キュリナは氷のような冷めた目付きになった。
「はい。帰りますね」
「ちょおおおおい!!」
また帰ろうとするキュリナを、またシルビアは全力全身で引き留めた。キュリナは半々キレ気味に叫んだ。
「いやそもそも無理ですから!何ですかその馬鹿げた作戦は!」
「馬鹿げたとは何ですの!馬鹿げたとは!立派な作戦ではありませんの!」
「何処かです!?そもそもまず、どうやって子猫を見つけるんです!?お嬢様は猫というか、動物全般に嫌われやすい体質でしょう!?それに何ですか、『シルビア様、お友達になりましょう!』って!それ一体どこの脳内花畑あんぽんたんなんです!?」
「何ですって!?すっとこどっこい!こいうのはなんとかなるものなのですわ!」
「ならないからこう言っているんでしょう!?」
ひとしきり言い合ったあと、2人はぜえぜえと息を吐いた。
「も、もう…戻りますからね…!やるなら、やるでお嬢様だけにしてくださいよ…!」
「お、おほほ…イヤですわ、キュリナ…!私を誰かご存知で…!?」
「は、はあ…?」
息を整えたシルビアは、これまでにないほど胸を張り年上のはずのキュリナを存分に上から見下した。
「私は!公爵家の御令嬢でごさいましてよ!公爵本人ではなくても、その威厳と権力は腐るほど御座いますわ!」
「ま、まさかっ、お嬢様…!?」
何かを察したキュリナの顔が引き攣っていく。
そして、シルビアは自信満々にこう言い放った。
「使用人キュリナ!貴女がこの子猫作戦に参加、もしくは協力しない限り、キュリナの分の給料は一才払いませんわ!」
「はああああ!?」
部屋にキュリナの叫びが響き渡る。どこかで家族たちが顔を顰めたような気がするが、気にしない気にしない。
「え、ちょ、嘘ですよね!?」
「嘘ではないのですわ!お父様公認なんですわ!」
「権力の無駄遣いッ!?」
あわあわと口を魚のように開けたり閉じたりさせ、がっくりと項垂れるキュリナと、シルビアはご丁寧に視線を合わせる。シルビアはにっこりと微笑むと、口を開いた。
「よ、ろ、し、く…お願いたしますわ」
ものっすごい笑顔で、ものっすごい腹黒い微笑みで、ものっすごい楽しそうな声でシルビアはそう言ったのだった。
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