カランとグラスに大きめの氷が当たる音が響いた。
麦焼酎の味が今日はあまり美味しく感じない。
枝豆を頬張っては、居酒屋のメニュー表を確認した。
がやがやと賑わっている。
週末はどこの居酒屋も混雑しているなとため息をついた。
隣に胸の大きい女性が座ってきた。
「佐々木さん! 何、しんみり飲んでるんですか。あっちで、みんなで盛り上がってましたよ。マジカルバナナって昔流行ったゲームで」
「……へぇ」
今日は、会社の仕事終わりに適当に集まった飲み会だった。佐々木拓海は、集団の中で過ごすのが苦手だ。ある程度、なじんできたら、1人抜けて飲むことが多かった。
「もう、ノリ悪いですね」
ジョッキビールをグビッと飲んで、大声でおかわりと叫んだ。
「飲みすぎじゃない?」
「いいんです。たまには、これくらい飲まないと」
「いつも飲まないっしょ。無理すんなよ」
「ひっく、それより、佐々木さんって彼女いるんれすか?」
酔っ払いの対応になってきた。呂律がまわってない。
「まぁ、いるよ。たまにしか会ってないけどさ」
塚本美咲《つかもとみさき》は、体をよせてガツガツ聞いてきた。会社では最近入ってきた新人だったが、飲み会では、人当たり良すぎて、ノリノリだった。
「えー、普通、彼女なら、毎日会いたいと思いません? なんなら、一緒に住んじゃいたいとか」
「んー、同棲はしてないけどな。別にいいじゃん。俺のことは」
ぐいーと近づいてくる体をよけた。
「えー、気になります。私、毎日、佐々木さんに会えて超うれしいって思いますし。聞いちゃだめですか?」
猫のように上目遣いで近づく。
「はいはい。そんなんで、俺は落ちません。よそ当たってください」
また、ぐいーと体をおしのけた。
「えー-、ひどい。今の勇気振り絞って告白したのに……。だって、彼女と全然会ってないなら、いいじゃないですか。ワンナイトでも、私は佐々木さんならいいですよ」
「……そういうの、ほかの男の人にも言ってるんでしょう」
「…………」
美咲は、じっとだんまりになって、持っていたグラスを持って、一気飲みした。機嫌を損ねたのか、同僚たちが集まる席に戻って行った。
(本気だったのか? ……まぁ、いいや。関係ないし)
拓海はその言動を後悔することとなる。
しばらくして…。
「佐々木ぃ、そろそろ解散するけど……」
「え、あ、はい。会計しておきますね。って、帰れない感じですか」
部長が、帰る準備をし始めて、他の社員も帰ろうとしたところ、テーブルに体を身を任せて、うなだれている人がいた。
「美咲ちゃん、かなりお酒飲んでたみたいよ。梅酒ロックとか、度数濃いショットとかガブガブ飲んでたから、やめろって言っても聞かないし……」
隣で介抱していた大友が教えてくれた。
「わかった。俺が何とかしておくわ。先帰っていいぞ」
「マジっすか。すいません、お願いします」
拓海と美咲以外は早々とお店から出て、それぞれの家に帰って行った。
残された2人がぽつんとテーブルに残る。自分のグラスを美咲の隣に移動させては、落ち着くのをじっと待ってみた。
「ひっく、ひっく。どーせ、私は、尻軽女ですよーだ。見た目だけでいつも判断されて……」
目をつぶり、ぶちぶちと愚痴っている。ふと見ると目から涙がこぼれ落ちている。
さっきの発言はまずかったなと指で涙を拭ってやった。
パシッと、拓海の腕をつかまれた。正気に戻って起きたのかと思ったが……。
「温かい……」
腕をハグされた。寝ぼけているようだ。
女子は本当に面倒で大変だとため息をつく。彼女を会わない理由は変に絡みを増やして、面倒くさいことに巻き込まれたくないからだ。勘違いされては困るとそっと、腕を離しては自分のお酒を飲み直した。
「お客様……。そろそろラストオーダーですが、何かご注文ございますか?」
「……あ、すいません。そしたら、お冷を2つお願いします」
「かしこまりました」
拓海は、店員が来て、一瞬緊張したが、深呼吸をしては落ち着かせた。
「……あ、れれれ……。隣に知らない人いる~」
寝ながら、指をさして笑っている。
「嘘だろ」
「知ってるよぉ。佐々木さんでしょう」
むくっと体を起こした。首を左右に振ってはあたりを見渡した。
「れれれ……誰もいない。もう帰っちゃった?」
「ああ」
「お待たせしました。お冷2つお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
拓海は、グラスを自分の前と美咲の前に置いた。
「飲んでいいの?」
「どうぞ」
「いただきます」
ぶーっと吹いた。お酒だと思い込んでいた美咲は思わず吹いてしまった。
「バカ、何してんだよ」
近くにあったおしぼりで拭いた。
「へへへ……。焼酎だと思ってた」
「……もう、お前、酒飲むなよ」
「……はい。そうします」
しゅんと落ち込む美咲。ガンと頭をテーブルに押し付けて泣く。
「ねぇ、どうして、私じゃダメなんですか?」
「え? あれ、本気だったの?」
「……本気ですょー-」
涙が滝のように流れている。
新しいおしぼりでゴシゴシ拭き始めた。
「私はテーブルじゃない!」
「悪い悪い」
「わかった、考えておく」
「それ絶対振られる5秒前だし!!」
発狂しはじめる。静まらせたかった拓海は、イライラして、思わず、口で口を塞いだ。
一瞬して、騒がしかった美咲は凪のように静かになった。
「ほら、外出るぞ」
「あ、……はい」
突然、借りて来た猫のようにおとなしくなる美咲。酔いが一気に冷めたようだ。
2人はそのまま繁華街に姿を消した。
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