💙side
あれから約1ヶ月の時が経った。
その間、阿部とは仕事以外で話をしなかった。
個人的な連絡も取ってない。
阿部は現場で会っても気まずそうにするだけで、何のフォローもして来なかった。
めめや康二から何度か阿部とのことを聞かれたが、なんとかうまくいってるよと嘘をついた。
別れただなんて言ったら心配を掛けてしまうし、色々聞かれるのもまだ苦しかった。
阿部は何も言って来ないが、俺たちは本当に終わったのだと思う。
そう結論付けると、仕事中でも塞いで泣いてしまいそうになるので、俺は考えること自体をやめた。
もっと他の言い方ややりようがあったのかもしれない。
毎日後悔して悩んだが、話す勇気もない俺にはそれ以上の手がなかった。
一刻も早く阿部のことを忘れたい。
💙どうせ、阿部はパパになりたいんだし
話せもしなかった子供の件を言い訳にして、俺は阿部と向き合うことから逃げ続けていた。
それからまた少し経ったある日。
俺はたまたま家で見ていたテレビのニュースで、阿部がFPの試験に合格したことを知った。そう言えば一緒にいる時も片時もテキストを手放してなかったなと思い出す。
勉強が好きだった阿部。
阿部のことを考えるとまだ少し胸が痛むけど、努力が実って合格したみたいでよかった。
次に会ったらメンバーとしておめでとうくらいはちゃんと言おう。
そう決めて、そのままなんとなくテレビを眺めていたら、電話がかかって来た。
阿部からだった。
俺は少し迷って、息を整えてから電話に出た。
💚翔太、今、家?
💙うん。あ、試験、合格したんだってね。おめでとう
普通に話せてるかな?
俺は自分の声が変に上ずったりしてないか気になって電話にちゃんと集中できない。
もっとちゃんと平常心で阿部の声を聴きたいのに。
💚今から翔太の家に行ってもいい?
💙えっ?今どこにいるんだよ
💚翔太のマンションの前
俺は慌てた。
阿部がここまで来ている?
いきなりなんで?
💚できれば中に入れてくれると嬉しいんだけど
💙……わかった、いいよ
阿部は神妙な顔をして部屋に入って来た。
どことなく居心地が悪いような、叱られた仔犬みたいな顔をしている。
💙急にどうした?
💚まず、これ
そう言うと、阿部は後ろ手に持っていた花束を差し出した。青い花を基調にした、小さなブーケ。受け取ろうと手を出すと、ブーケと一緒に小さなアクセサリーケースが後から出て来て手のひらに乗せられた。
💙これは…?
驚いて言葉が出ない。
阿部はぎこちなく笑った。
💚開けてみて
中には、緑がかった青い宝石が嵌ったシンプルなデザインのリングが入っていた。
💚光の加減で、青にも緑にも見えるでしょ?その石、パライバトルマリンって言うんだって。翔太の白い指によく映えると思って
💙でも俺たちもう…
💚別れてないよ。これは一周年記念の俺からの贈り物だから
阿部は、ここが肝心とばかりに、俺の肩を掴んで、真剣に言った。
あまりの迫力に、俺の方が気圧されてしまう。
俺の方は記念日なんて忘れていた。
💙だって、あの時追いかけても来なかったし、あれから連絡もして来なかったじゃん…
💚ごめん、俺はあれもこれも同時にはできない。あの頃の俺は本当に忙しくて翔太を構ってやれなかった。それは謝る。それに翔太には言わなかったけど
💙なに?
💚俺、LINEとかメール苦手なんだよ
💙えっ、そうなの?
💚ごめん。ちゃんと言えばよかったね。あんまり得意じゃないんだ、言葉で気持ちを表すの。もう大体わかってると思うけど
俺は、阿部の顔をまじまじと見た。
あんなに勉強ができて、色んな言葉も知ってるのに、俺が普通にできることを阿部はできないのか。
意外だった。
💚でも、俺を嫌いにならないで
阿部は頼み込むような口調で言い、俺を抱きしめた。
💚翔太のことが好きだよ。嫌いになんてならないし、なれないよ
💙阿部…
💚翔太は、もう俺なんか嫌いになった?
💙なってない……毎日、阿部のことばっか…考えてた
気が付けば、俺は阿部にしがみついて泣いていた。ブーケの方は床に落ちて、青い花弁を散らしている。
阿部の体温が、阿部の匂いが懐かしい。
たった一月しか離れてなかったのに、一生分離れた気がする。
俺は阿部の前で、子供みたいに泣いた。
我慢した分、いっぱい泣いた。
💚寂しかったね?ごめんね?試験が終わるまでは変に会っても同じ繰り返しになると思ったんだ
阿部の声が心地よくて、阿部が好きで、俺は阿部を全身で感じていた。
💚そういう気持ちも、電話やメールで伝えるのはなんだか違う気がして。でも、もう全部終わったから、これからはずっと一緒にいられるよ
💙俺、別れたいなんて言ってごめんなさい
💚うん。俺もちゃんと待っててって言わなくてごめんなさい
阿部は大きな手で俺の顔を包んだ。
阿部の目が潤んでいる。
俺は阿部が泣いているのを初めて見た。
💚キスしてもいい?
こくり、と頷いて、キスされる。
優しくて、軽いキス。
久しぶりに触れた阿部の唇は、あたたかくて、甘かった。
💚リング、付けてみて
💙ん。阿部が付けて?
阿部はふわっ、と笑って、リングをつまむと俺の薬指に嵌め、上からキスを落とした。
💚やっぱりよく似合ってる
阿部の笑顔が間近でまた見られるのが嬉しい。
俺は阿部にしがみついた。
もう阿部を離したくないと思った。
💚ふふ。可愛いね
💙もっと可愛い性格になりたい
💚今の翔太が好きなんだよ
阿部は俺をそっと抱きしめた。
阿部の体温、阿部の匂い、華奢に見えて意外に男らしい身体つき。全部、全部、俺のもの。
そう思うと、嬉しくて、幸せで、また泣きそうになる。
阿部とこれからもずっと一緒にいたい。
切ないほどの愛情が今、俺の胸に溢れている。
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