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13 - 『声が出ない少女』

♥

209

2026年01月09日

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『声が届かない少女』





 声を出すと、

私は少しずつ世界から削られていく。

 




最初に気づいたのは、雨の日だった。
 






教師に名前を呼ばれて、反射的に


「はい」


と答えた、その瞬間。
 




机の下で、私の指先が背景に溶けていた。

怖くて、息が止まった。
 

まるで消しゴムで消される

途中の鉛筆みたいに、輪郭が曖昧だった。

 




それ以来、私は声を封じた。



笑うときも、返事をするときも、

ただ唇を動かすだけ。
 




クラスメイトは私を


「無口な子」


として私を認識し、
 

次第に話しかける人も減っていった。

 




それでいい、と思っていた。
 

消えずにいられるなら、孤独くらい。

 





__彼が隣の席になるまでは。




「ノート、見せて」

 



低くて、落ち着いた声。
 

びっくりして顔を上げると、

彼は何でもないことみたいに立っていた。

 


私は黙ってノートを差し出した。




「ありがとう。……あ、声、出ない感じ?」

 



その言い方が、妙に優しかった。
 

詮索でも、同情でもない、ただの確認。

 

私は首を振って、ノートに書いた。




『出さないだけ』

「そっか」

 



彼はそれだけ言って、深くは聞かなかった。

 それが、救いだった。

 それから、私たちは毎日のように

一緒に過ごすようになった。
 





昼休みの教室、

放課後の図書室、

帰り道の信号待ち。

 




私はノートに言葉を書く。
 

彼はそれを読む。

 時間はかかるけど、

不思議と沈黙は苦じゃなかった。




「ゆっくりでいいよ」

 



彼はいつもそう言った。

 その言葉があるから、

私は焦らずにいられた。

 









ある日、彼が冗談を言った。
 

思わず、声を出さずに笑った。



喉が震えた。

 





__だめ。

 



そう思った瞬間、

視界の端で、腕が薄くなるのが分かった。

 


私は慌てて口を押さえた。
 

彼は、私の変化を見逃さなかった。




「……声、出すと?」

 



私は、黙ることしか出来なかった。




「消えるんだ」

 彼は、何も言わなかった。
 

ただ、少しだけ眉を下げた。




「それ、怖いね」

 



その一言で、涙が出そうになった。
 

初めて、誰かに


「怖い」


と言ってもらえたから。

 


それから彼は、私が声を出しそうになると、

さりげなく話題を変えた。
 


笑わせすぎないように、驚かせないように。

守られている、と思った。





季節は春から夏へ、

そして秋へと移っていった。
 



落ち葉が校庭を埋める頃、

私は気づいていた。

 



__このままじゃ、いずれ全部消える。

 


小さな声でも、

息でも、

感情でも。
 



生きていれば、どうしても声は漏れる。

 







卒業前の日。
 

夕焼けの校庭で、彼が立ち止まった。




「なあ」

 



私は、彼を見る。




「最後にさ……名前、呼んでほしい」

 



胸が、強く締め付けられた。

 

呼びたい。
 

ずっと、

心の中で呼んでいた。

でも、もし消えたら。
 

彼の前から、完全にいなくなったら。

 


迷っている私の手を、彼が握った。




「大丈夫」

 



その声は、確信に満ちていた。




「声がなくても、君はここにいた。
 

   なら、声があっても、消えないだろ」

 


理屈なんてなかった。
 

でも、その言葉が、私の恐怖を溶かした。

 



私は、息を吸った。




「……叶人くん」




声は小さくて、震えていた。




けれど——
 



身体は、消えなかった。

指先も、

腕も、

全部ここにあった。



夕焼けの中で、

私は初めて声を上げて泣いた。




「聞こえた?」

 



彼が笑って言う。

 私は、何度も頷いた。




「ちゃんと、届いたよ」

 



その言葉を聞いて、分かった。





私が消えかけていたのは、


声を出したからじゃない。

 







“受け取ってくれる人”がいなかったからだ。





声があっても、なくても。
 

私は、ここにいていい。






夕焼けは、ゆっくり夜に溶けていった。











消えない世界で、

私は彼の名前を、もう一度呼んだ。

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コメント

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ネーミングセンス天才的すぎる…

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