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51
夜。
寝室へ向かおうとしていた阿部はふと足を止めた。
「……めめ」
「ん?」
「テレビついてない?」
目黒も耳を澄ませる。
確かにリビングの方から音がする。
「消したよね?」
「消した」
二人で顔を見合わせる。
嫌な予感がした。
ゆっくりリビングへ向かい、扉を開ける。
「……」
魔王ソファの真ん中に天使がいた。
しかもかなりくつろいでいる。
テレビには昔の九人のライブ映像。
天使はお菓子まで食べながら楽しそうに見ていた。
「何してるの?」
阿部が聞く。
天使が振り返る。
「あ、おかえりー」
「おかえりじゃないよ」
「これ面白いね」
天使はテレビを指差す。
「みんなキラキラしてる」
「勝手に見ないでよ」
「いいじゃん。本人いるし」
「そういう問題?」
目黒が少し笑いながらテレビを見る。
「これ結構前のだね」
「そうなの?」
天使が聞く。
「うん」
「へえー」
また普通に見始める。
阿部は呆れながら隣へ座った。
「で、今日は何しに来たの?」
「ん?」
「ライブ見に来ただけ?」
「半分くらい」
「半分なんだ」
天使はお菓子を一つ食べてから、阿部を見た。
「ねえ、あべちゃん」
「何?」
少しだけ声の調子が変わる。
「前にも聞いたけど」
阿部も自然と姿勢を正した。
天使はゆっくり聞いた。
「最初にここへ来たあべちゃんと」
「今のあべちゃん」
「同じ願い?」
阿部はすぐには答えなかった。
古い日記と新しいノートを並べたことを思い出す。
『全部忘れたい。』
『一人で生きたい。』
『もうアイドルなんてやりたくない。』
そして。
今。
『帰ったら九人でまた歌いたい。』
#❤️💙
みら

19,807
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『昔の俺も、今の俺も、全部連れて帰る。』
『九人で生きる。』
阿部は小さく息を吐いた。
「違う」
天使が少し笑う。
「どう違う?」
阿部は隣の目黒を見る。
それから。
テレビの中で九人で笑っている自分たちを見る。
「全部忘れたいって」
「もう思ってない」
「一人で生きたいとも思ってない」
「仕事も」
少しだけ迷う。
「怖いけど」
「また九人でやりたい」
目黒が静かに阿部を見る。
阿部は続ける。
「嫌だったことも」
「怖かったことも」
「全部覚えてる」
「でも」
少し笑う。
「それでも、みんなと生きたい」
天使はしばらく阿部を見ていた。
それから満足そうに頷く。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
天使はいつもの軽い調子に戻った。
「みんなで帰ろうって話し合いしてね」
阿部が瞬く。
「……それだけ?」
「うん」
「もっとなんかないの?」
「何が?」
「帰る条件とか」
「特にないよ」
「ないの?」
「帰りたいって思えたなら」
天使は笑う。
「後はみんなで決めればいいから」
阿部は少しだけ肩の力を抜いた。
目黒も隣で静かに笑う。
「そっか」
阿部が言う。
「じゃあ明日みんなに——」
「あっ!」
突然天使が声を上げた。
阿部が止まる。
「何?」
天使は何か思い出したような顔をしている。
「そうだった、大事なこと忘れてた」
嫌な予感がした。
阿部と目黒が同時に天使を見る。
「帰るのね」
「魔王いないと無理なんだ」
「……は?」
阿部が固まる。
目黒も珍しく言葉を失っている。
天使は悪びれる様子もなく続けた。
「だから」
少し考えて。
「あと一ヶ月くらい待ってほしいんだよね」
沈黙。
テレビだけが賑やかに流れている。
「……一ヶ月?」
阿部が聞き返す。
「多分」
「多分?」
「もうちょっと早いかもしれないし」
「遅いかもしれない」
「何それ!」
阿部が思わず声を上げる。
「今、帰ろうって話になったじゃん!」
「なったね」
「じゃあ魔王呼んでよ!」
「無理」
「なんで!?」
天使は。
普通に答えた。
「旅行行っちゃったから」
阿部がまた止まる。
「……どこに?」
「知らない」
「知らないの?」
「人に化けて旅行してる」
「魔王が?」
「うん」
「人に化けて?」
「うん」
「旅行?」
「そう」
阿部は目黒を見る。
目黒も困った顔をしている。
「めめ」
「うん」
「魔王って旅行するんだね」
「するみたいだね」
天使が楽しそうに補足する。
「前から行きたかったんだって」
「どこに!?」
「いろいろ」
「雑!」
阿部は頭を抱えた。
せっかく帰ってもいいと思えてきた。
みんなと帰りたいと思えた。
明日にでも話し合おうと思った。
なのに、魔王が旅行。
しかも一ヶ月。
「……連絡取れないの?」
目黒が聞く。
「取れない」
「魔王なのに?」
「旅行中は連絡されたくないタイプ」
「妙に人間っぽい」
阿部が呟く。
天使はまたお菓子を食べる。
「だからさ」
「うん?」
「ゆっくりしてればいいよ」
阿部が少し睨む。
「俺、今帰る気になってきたんだけど」
「いいじゃん」
「何が?」
「帰りたいって思えたまま」
天使は。
テレビを見る。
「あと一ヶ月、遊べば」
阿部は。
少しだけ黙った。
隣で目黒が肩を揺らして笑っている。
「めめ」
「ごめん」
「笑ってる?」
「ちょっと」
「何が面白いの」
「魔王が旅行してるの想像したら」
阿部も思わず想像する。
人間に化けた魔王が。
観光地で写真を撮って。
ホテルに泊まって。
お土産を選んでいる。
「……ちょっと面白い」
「でしょ?」
天使が。
満足そうに頷く。
「楽しんでると思うよー」
「帰ってきたら文句言う」
阿部は魔王ソファにもたれた。
テレビの中では九人が楽しそうに歌っている。
あと一ヶ月。
思っていたより。
少し長い。
でも。
以前なら。
帰る日が延びたことに安心していたかもしれない。
今は。
少しだけ。
早く帰りたいと思っている。
その変化が。
阿部にはなんとなく嬉しかった。
「じゃあ」
阿部が言う。
「魔王帰ってくるまで」
目黒を見る。
「もうちょっと遊ぼうか」
目黒が笑う。
「うん」
天使も勝手に頷く。
「そうしよー」
「天使は帰って」
「えー」
「ライブ見るなら自分の家で見て」
「ここ居心地いいんだもん」
「誰のせいで広くなったと思ってるの」
「魔王」
「そうだった」
阿部は思わず笑った。
帰る日は少し先になった。
でも。
今度は逃げるために残るわけじゃない。
帰る日を待ちながら。
みんなと。
もう少しだけこの夢で過ごす。
それも。
悪くないと思えた。
次の日の昼過ぎ。
いつものように九人が集まっていた。
魔王ソファにはすでに佐久間とラウールが座り、渡辺は宮舘の隣。
深澤は岩本にもたれ、康二は床でカメラを触っている。
阿部は少しだけ緊張しながら、そんな全員を見た。
「みんな」
佐久間がすぐに反応する。
「何?」
「ちょっと話がある」
その言葉に、さっきまでの緩い空気が少し変わった。
渡辺が身体を起こし、岩本も阿部を見る。
昨夜のことを知っている目黒だけは、静かに隣にいた。
阿部は一度息を吸った。
「俺、帰りたいと思ってる」
誰もすぐには声を出さなかった。
佐久間の目がゆっくり大きくなり、ラウールも康二も阿部を見る。
「現実に?」
岩本が聞く。
「うん。怖くないわけじゃないけど、帰ったらまた九人で歌いたいし」
「みんなとやりたいこともいっぱいあるし」
目黒の手が、そっと阿部の手に触れる。
阿部はその手を握り返した。
「だから、そろそろ帰ってもいいかなって思ってる」
最初に笑ったのは佐久間だった。
「そっか」
少しだけ目が潤んでいる。
それでも、ちゃんと嬉しそうに笑っていた。
康二も頷く。
「帰ろな」
「九人でね」
ラウールの言葉に、阿部も笑った。
「うん。九人で」
部屋の空気が柔らかくなる。
そのまま阿部は、少し言いづらそうに続けた。
「……ただ、帰れない」
一瞬、沈黙が落ちた。
「は?」
渡辺が声を出す。
佐久間もすぐに身を乗り出した。
「今、帰りたいって言ったじゃん!」
「俺もそう思ったよ」
「じゃあ何!?」
阿部は深く息を吐く。
「魔王がいないと帰れないらしい」
全員が止まった。
深澤がゆっくり口を開く。
「……魔王?」
「うん」
「どこ行ったの?」
「旅行」
再び沈黙。
康二が確認するように聞いた。
「魔王が?」
「人に化けて」
「旅行?」
「うん」
渡辺が眉間を押さえる。
「情報量多いな」
ラウールは面白そうに笑った。
「どこ行ったの?」
「知らない」
「いつ帰ってくるの?」
「一ヶ月くらい」
今度こそ、全員の声が重なった。
「一ヶ月!?」
特に佐久間の声が大きい。
「長くない!?」
「俺に言わないでよ!」
「天使に連絡して!」
「連絡取れないんだって!」
深澤が堪えきれず笑い始める。
「魔王、自由すぎない?」
「旅行中は連絡されたくないタイプらしい」
「妙に人間くさい」
渡辺が呟く横で、康二はなぜか少し楽しそうだった。
「どんな旅行しとるんやろ」
「知らないよ」
「写真見たいな」
「俺は見たら腹立つと思う」
阿部が言うと、みんなが笑った。
ひとしきり騒いだあと、岩本が口を開いた。
「じゃあ、帰るのは一ヶ月後?」
「多分。魔王が予定通り帰ってきたら」
「予定通りじゃなかったら?」
渡辺に聞かれ、阿部は少し考える。
「……延長?」
「嫌だ」
渡辺が即答し、また笑いが起きた。
すると佐久間が急に身体を起こす。
「じゃあさ、その一ヶ月遊ぼ!」
「遊ぶ?」
「だって帰れないんでしょ? だったら最後の一ヶ月、楽しんだ方がよくない?」
ラウールも頷く。
「いいと思う」
「夢やからできること、まだあるやろ」
康二の言葉に、深澤がすぐ乗る。
「もう一回温泉行く?」
「トイレ経由は嫌」
渡辺が即座に止める。
「そこ?」
「大事」
宮舘が笑った。
阿部も少し考える。
帰れない。
以前の自分なら、その言葉に安心していたかもしれない。
でも今は、少し残念だと思っている。
それでも帰る日が来るまで、みんなとここにいられる。
それなら、それも悪くない。
「じゃあ、やりたいこと決める?」
阿部が言うと、佐久間がすぐ手を上げた。
「アニメ一気見!」
「却下」
渡辺が即答する。
「なんで!?」
「俺が暇」
「翔太も見ればいいじゃん!」
「長い」
「俺、海行きたい」
ラウールが言えば、康二も続く。
「写真撮りたい!」
「キャンプ」
深澤も手を上げる。
岩本は少し考えてから、
「一回ちゃんと九人で踊りたい」
と言った。
宮舘は、
「みんなで料理する?」
と提案する。
「それ館さん、ほぼ仕事じゃない?」
阿部が笑う。
「じゃあ、みんなで作る」
「翔太も?」
宮舘が隣を見る。
「俺は食べる」
「参加して」
そんなやり取りの中、目黒だけはしばらく黙っていた。
佐久間が気づいて聞く。
「蓮は?」
目黒は阿部を見る。
「あべちゃんと二人の日」
「出た」
佐久間がすぐ反応した。
「一ヶ月あるんだからいいじゃん!」
「一ヶ月しかないから言ってるの」
「重!」
「佐久間くんはイベント行ったでしょ」
「それとこれとは別!」
阿部は二人を見ながら笑った。
「分かった。二人の日も作ろう」
「うん」
目黒がすぐに嬉しそうな顔をする。
「甘!」
佐久間が騒いで、またみんなが笑った。
結局、阿部は新しいノートを持ってきた。
新しいページの上に大きく、
『あと一ヶ月でやりたいこと』
と書く。
その下へ、みんなが言ったものを順番に並べていった。
『九人で海。』
『キャンプ。』
『花火。』
『アニメ一気見。』
『みんなで料理。』
『朝までゲーム。』
『九人でちゃんと歌って踊る。』
『写真をいっぱい撮る。』
『めめと二人で出かける。』
横から覗いていた佐久間が言う。
「夢の国もう一回!」
「この前行ったじゃん」
「最後に!」
「一ヶ月で全部できる?」
「できる!」
ラウールが、
「夢なんだから日数増やせば?」
と言う。
阿部は笑いながら首を振った。
「魔王帰ってこなくなりそうだからやめよう」
「それは嫌」
今度は全員の意見が綺麗に一致した。
その日の夜。
みんなが帰ったあと、阿部は冷蔵庫の横に小さなカレンダーを貼った。
今日の日付に丸をつけ、そこから一ヶ月後のところに少し迷って星を書く。
目黒が隣から覗き込んだ。
「何それ?」
「魔王が帰ってくる予定の日」
「予定なんだ」
「そこ不安なんだよね」
阿部は笑いながら、今日の日付の横に小さく『あと一ヶ月』と書いた。
目黒は、その文字をしばらく見ていた。
「どうしたの?」
「ううん」
「何?」
目黒は少しだけ言いづらそうに口を開く。
「前だったら、帰れる日が延びたって聞いたら」
阿部には、その続きが分かった。
「俺、喜んでたかもね」
「多分」
阿部はカレンダーを見る。
一ヶ月。
まだ長い。
でも終わりがあって、その先には現実がある。
「今は、ちょっと残念だった」
目黒が阿部を見る。
「早く帰りたい?」
「早くっていうか……続きをやりたい」
「うん」
「めめと家に帰るのも、みんなで歌うのも、現実でイベント行くのも、写真撮るのも」
阿部は少し笑った。
「やりたいから」
目黒は静かに阿部の手を握る。
「そっか」
「うん」
阿部はもう一度カレンダーを眺め、それから今日の日付の横へ新しく書き足した。
『明日 みんなで買い出し』
「早速?」
目黒が笑う。
「一ヶ月しかないから」
「俺と同じこと言ってる」
「めめの二人の日とは違う」
「同じでしょ」
「違う」
二人で笑った。
帰る日を待つ一ヶ月。
でも、ただ待つだけじゃない。
ここでしかできないことを、もう少し九人で増やしていく。
そして、その全部を覚えて帰る。
今の阿部には、その一ヶ月が少し楽しみだった。
コメント
1件
第51話、読み終わりました!阿部くんが「帰りたい」って素直に言えたの、本当に感慨深かったです…。最初は忘れたいって思ってたのに、「みんなと生きたい」って変わったところがじんわりきました。でもそこに待ったをかける魔王の旅行(笑)。あのズッコケ感、めちゃくちゃ好きです。一ヶ月の猶予で、九人でやりたいことリストを作る楽しさが伝わってきて、読んでるこっちも温かい気持ちになりました。続きが待ち遠しいです!