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魔法少女アイドルの護衛要員である自衛隊に、群がりだした生徒達は速やかに誘導される。行きついた場所は、第一グラウンドと呼ばれる校庭の一つだ。
既に数百人以上の生徒たちが切継愛の登場を待ちわびている。
「『放射防壁ルチル』が設置されたぞ!」
「第一グラウンドで路上ライヴが始まるぞ!」
「体育館じゃないのか!」
普段は野球部が使用している第一グラウンド。その中心の四隅に四本のポールが、上空より飛来して地面へと突き刺さった。
落下地点に人でもいたら大怪我するだろうに、アイドルのライヴ演出はなんて危険なんだろう、といつもの俺だったらボヤいていたが……隣には切継愛のライヴを今か今かと待ち望んでいる妹がいるため、そんな野暮な事は言うまい。
四本の『放射防壁ルチル』から薄い光が伸び、互いを繋ぐようにして黄金に輝く障壁が形成される。これにより1辺が約8メートルの正方形なる隔絶された空間、ライヴステージが定められたのだ。
『放射防壁ルチル』から出ていた光の壁はしばらくすると、その発光を消失させ無色透明になる。そこには何もないと思えてしまうが、『放射防壁ルチル』より中に入ろうとすると、見えない壁に弾かれる仕組みになっている。
この障壁のおかげでアイドルは安心してライヴができ、俺達もクリアな壁を通してアイドルの活躍を見れる、と言う訳だ。
「自衛隊の人は2個分隊だけなんだね。それだけ大物が来るって事なのかなぁ……」
妹が『放射防壁ルチル』の内側にいる、軍服と銃を携帯した警備の人達を眺めてそう指摘した。
「夢来、逆だろ? 二個分隊だけなんだから、大した事ないんじゃないか?」
「えっ、あぁー……うん」
魔法少女アイドルの警護は厳重だ。
昨日の研修生ですら、おそらく二つの装甲車両が待機していたのだから一個分隊が派遣されていたのだろう。
1個分隊は11名からなる隊で、今回の切継愛の露上ライヴでは22名の自衛官が警備を行っているようだ。
アンチが出演する露上ライヴの際は国家公務の自衛隊員が選抜され、最低でも2個分隊が随伴している。大物アイドルやライヴの規模によって、多い時は1個小隊から1個中隊が出張る時もあるそうだ。人数にすると、およそ45名から180名規模である。
つまり、今回のライヴは最小限の警備体制と言っていいかもしれない。序列196位にしては少なめの配備と言える。
おそらく会場が学校で、入場できる人数が制限されているのを考慮しての警備規模なのだろう。
「あ……」
妹の神々しくも儚く可憐な溜息が横で漏れ、俺はその理由を即座に察した。
兄たる物、妹が何に感銘を受け、何に興味を示したのか、すぐに理解できないようではダメなのだ。
夢来の視線の先、そこには凛とした美少女が立つ。
彼女の登場に生徒たちの歓声がどっと湧き、同時に和楽器による演奏が爆音で鳴り始める。和太鼓が全校生徒の鼓動を打ち鳴らし、三味線が興奮をかき鳴らす。
俺達と同じ制服に身を包んだ切継愛は、前奏に合わせてキレッキレッの振り付けを披露する。そして身体を躍動させ、同時に演出の桜吹雪が舞い上がり、尺八が渋くも儚い音色を辺りに散らす。
凛とした面持ちで、ただひたすらに真っすぐに視線を送る切継愛。
ただ一人の少女見るために大勢の生徒が集まり、そのプレッシャーを一切気負わず、堂々とした佇まいを貫く登場に観衆が割れんばかりの大音声。
さすがは序列196位の高ランク魔法少女アイドル、完璧なパフォーマンス力だ。
「かぶけ、かぶけや、伊達男――」
ドラムが開幕のカウントダウンを刻む。
それに呼応して、切継愛が語り出す。
「「「かぶけ、かぶけやッ伊達男ッ!」」」
聴衆達が合いの手を入れれば、切継の顔に傲岸不遜な笑みが浮かぶ。
「かぶけ、かぶけや、伊達女――」
「「「かぶけ、かぶけや、伊達女ッ!」」」
ギターが高揚感を、ベースが重厚感を惹き鳴らす。
ふわりと風が鳴き、続くは彼女の独壇場。
「古今東西、ましましに、うぬらが呼ぶはッッ」
「「「切継愛ッ!」」」
名乗りをファンに任せるとは、大した自信だが流石としか言いようがない。
「切っては継ぐは縁より、切った張ったの略奪愛!」
「「「ウォォォオオ! 奪い合いッ!」」」
さすがはホームなだけあって、観衆側も合いの手がバッチリだ。
「欲しいが物は意のままに――」
会場の熱量も意のままに、そんな大胆さを見せつける素振りで彼女が右手を掲げる。その先にあるのは、魔法少女アイドルの象徴たる分厚い書物。
「めくるが時を間違えた【魔史書】!」
いよいよだ。
肌がふつふつ沸き立ち、背筋から熱が這い上がる。
「私と共に斬り結ぼうぞ」
呼びかけに応じて書物が光り輝く。
「読み解くは約束の第一章――――『侵しを頂戴いたす』」
「「「いとをかしー!」」」
大歓声が第一グラウンド場を揺るがす。
それもそのはずで、魔法女子が変身を果たす時。すなわちライブの始まりを告げる瞬間なのだから。
切継愛は制服姿から、その衣装を変貌させてゆく。薄桃の大きな桜吹雪が煌めく中、家紋のような魔法陣が彼女の周囲にいくつも輝きを灯す。
照らし出される箇所は腕、胸、お腹、腰、足、と順に衣装が降ろされてゆく。
さんざめく光りと影、美しき原色が集束した先には、男物の着物を燦然と着こなす美少女が見参していた。腰には一振りの刀を差す、その在り方はまさに武将。
切継は百黒の雅な羽織をはためかせ、涼やかな笑みを浮かべている。
そして最後の決め手、下ろされていた長い黒髪が浅葱色のリボンによって結い上げられ、清涼感に満ちたポニーテールと化す。
「魔法少女――『伊達政宗』――現界いたす」
熱狂の嵐は収まる事を知らず、会場の盛り上がりは天井知らずだった。
それもそのはずで、変身に続けて魔法のような現象が巻き起こったのだ。
いや、あれはもはや魔法そのものだろう。
上空に突如として銀色の天幕が広がったのだ。まるで大空が銀に浸食されてると錯覚してしまう程の眩しさに一同が目を細める。
そこからバラバラと、通り雨が如く色とりどりの光球が降り注ぐ。
それらすべてがグラウンドに落ちては弾け、俺達の方まで届いた。転がって落ちては跳ねるその丸い物体は、一つ一つがカラフルなキャンディ、飴だった。
それから彼女を盛り立てるために、アイドル研修生たちが次々と登場しては楽曲に合わせて踊り出す。バックダンサーの中にはあの双子幼女がいて、俺の頬をヒクつかせる。
会場には切継愛の歌声が響き渡った。
◇
「アンチだ……」
誰かがそう言った。
切継愛を仰ぎ見ていた生徒達が一様にして天を指す。
「あれ、アンチじゃないか?」
「アンチだ!」
彼女の歌声に導かれるようにして、ソレは舞い降りた。顔を般若のように歪ませ、身体は枯れ木のように細く長い。そして二つの毒々しい漆黒の翼をはためかせ、切継へと真っすぐに飛翔している。
その邪悪な姿形はまるで悪魔そのものだ。
悪魔が出現すると曲調がアップテンポなモノへと変わり、切継は歌うのを止めた。代わりに『魔史書』を掲げ、声高らかに諳んじた。
「読み解くは契約の第二章――」
落ち着いた着物姿から、戦装束のような出で立ちへと瞬時に『幻想論者の変革礼装』を果たす。先程の意匠と違う点はもう一つ、彼女の右目には黒い眼帯が付けられていた。さらに腰に差しているだけだった刀を鞘から抜き放った。
刀を正眼に隙なく構え、左目だけで悪魔を見上げる切継。
「【独眼竜】――――『伊達政宗』――現界いたす」
悪魔と切継の間に数十メートルの距離がある。しかし、彼女は何のつもりか刀で虚空を横に薙ぎ払う素振りを見せる。
すると天を裂く長大な一筋の亀裂が走った。稲妻よりも激しい閃光をとどろかせ、たちまちに悪魔たちの身体を真っ二つに裂いてしまった。
ものの数秒で一刀両断、そんな芸当に開いた口が塞がらない。
しかもまだ終わらない。空を割るようにして次々と悪魔が飛来し、何匹、何十匹もの悪魔が切継を目前にして切り堕とされてゆく。
魔法少女アイドルが、アンチと戦う様をファンに披露するライヴ。
それがアンチ・ライヴだ。
だが、これはあまりにも……。
「理解不能だ」
「んん? あれはね、【独眼竜】だったかな」
隣で見ていた夢来が当たり前のように語る。
「片目だけだと距離感ってなくなっちゃうよね。切継さんの【独眼竜】は、右目の視力を一時的になくす代わりに、左目で見えてる物の距離をなくしちゃうの」
だから剣を振れば、左目で見えてる限りの空間に斬撃の軌跡が被っていれば当たると?
そんな無茶苦茶な。
「なんで知ってるんだ?」
「当たり前だよ、同じ学校の先輩だもん。しかもすーっごく有名な魔法少女アイドルだし、あの魔法力ならどんどん上位になって【不死姫】入りもありえるでしょ?」
……さすがは序列196位。そこまでうちの可愛い妹に知られているとは。
というかさすがに【不死姫】は……全国3000以上の中で序列10位内のトップ・オブ・アイドルになりえるだなんて、相当な期待を夢来は抱いているようだ。
「片目がなくなると距離感を掴むのが難しい。攻撃対象との距離を自在になくせるのはすごいけど、移動は自分でどうにかするしかないよね。だから日頃から眼帯を付けて、片目になった時の訓練をしてるって聞いたよ」
あの痛々しいファッションは、毎日コツコツと職業訓練を続けていたのか。ただの痛いやつじゃなかったのか……。
「でも、あの斬撃の振り幅とか方向を誤って、もし私達の方に向けられたら……すごい事になっちゃうかもね。すごい力は制御が難しそう」
怖い事を言うな。
たしかにあんな斬撃がこっちに飛んで来た日には、この場の観衆が全員即死だろう。
「なぁ、あのアンチってどうなってんだ? CG投影機か何かで演出してるのか?」
「多分そうだと思う。切継さんの魔法力じゃ、万が一にも私達のいる方角に刀を振るったら危険でしょ? だから対象を上、空飛ぶアンチって設定にしたんじゃないかなー」
なるほど。
ライブ演出も良く考えられていて本格的だ。
「うんうん、よく出来てるだろー? さすがは切継愛なだけはあるだろ? これで鈴木も愛ちゃんのファンになったんじゃないかー?」
いたのか優一。
「いや、1ミリも」
というか、いつの間に俺達の隣で鑑賞していたんだコイツ。
「またまたー。さっきの【侵しを頂戴いたす】もかなり強力な魔法力だぜ? 特定の場所にある物を、指定の場所に移動できる力だからな! 奪って侵す、その本領を最大限に発揮し、飴玉の雨を降らせたんだ」
物体転移とかやばいな。
「クリスマスライブとか、会場のど真ん中にイルミネーションで飾られた巨大ツリーを突然だしたらしいからな。ライブパフォーマンスとして最高クラスのサプライズだろ! 今回は体育館が封鎖されてるって聞いたから、きっとあそこにライブ演出を盛り上げる小道具が全部用意されてるんだろうな」
なるほど。
体育館に前もって準備した大量の飴玉を、上空に転移させて降らせたと。
しかし優一は聞いてもいないのに説明を続けるとか、ちょっとうっとうしいな。
「なんか凄そうなアンチがきたぞ!」
俺が感心を通り越して呆れの境地へと至っていると、周囲が再びざわめき出した。今度はなんだ、と思いながら生徒たちが指差す方角へ目を向ける。
「おいおい……ッあんな目立ったのがアンチでいいのか?」
それは天界より降臨した存在だと錯覚しかねない程の神々しさをまとっていた。
十二枚の荘厳な翼を背中から生やし、ゆっくりと降下する姿は天使そのものだ。今回出現したアンチは人間の男に近い風貌であり、冷酷な美貌の持ち主。あの蒼い目に見つめられれば、世界ごと凍てつかせてしまいそうだ。
銀髪を優雅にたなびかせ、鋭い目付きで切継を睥睨している。その傲慢な態度は、自分が遥かに格上であると示威しているようにも見えた。
アンチというのはあくまで、魔法少女アイドルの引き立て役だったはずだけど……この会場に限り違うのか? アイドルよりも遥かに目立っているぞ。
あんなアンチを見るのは初めてだ。いや、俺はアイドルのアンチ・ライブなど見るのは久しぶりだから、最新のアンチ・ライヴ事情には疎い。最近はあんな大層な演出をするようになったのか?
俺の知る限りじゃ、よくできた着ぐるみ怪物がアンチだったはずなんだが。
「ほ――――配下を――――るとは、少しは遊べそ――――」
ん? アンチが何か喋っている?
「――は――堕天――統べる――――ひれ伏せ」
遠くからでは断片的にしか聞き取れなかったけど、そいつが何か語ったのだけはわかった。
「流せや奪えッッッ――『侵しを頂戴いたす』!」
続いて切継の悲鳴じみた声が響き――――暁の輝きがチラついた。そこから先は何が起きたのか一切、理解できなかった。
キュゥィインと甲高い音が鳴り響き、次に身体を揺らす衝撃と爆発音。
「ぐっ」
何が起こった?
轟音から立っていられなくなるほどの揺れ、いや、衝撃波?
耳がキィーンとして、視界がぼやける。
「う……あ、ぁ……耳いった……」
周囲の人間もあらかた俺と同じように倒れていたり、うめき声を上げているのがかろうじて把握できた。
「おいおい……ライヴの演出にしては、ちょっとやりすぎだろ……」
頭も痛い。ぐらつく視界と、激しい頭痛に見舞われながらもアイドルに対して愚痴をこぼす。。
これじゃあ、しばらくは何が何だかわからないぞ。
だが、そんな時でも俺は、最愛の妹の声だけは聞き分ける事ができる。
「うぅ……ぉ、にぃ……」
「おう、夢来。だいじょ……」
大丈夫か? そんな身を案じる言葉を、俺は最後まで吐きだす事ができなかった。
妹の惨状を見て、頭が真っ白になった。
夢来の控えめで可愛らしい、小ぶりな胸に大きな大きな穴が開いていたのだ。
「……は?」
白い堅そうなトゲトゲが飛び出ているとか、ピンク色の何かが破れているとか、そんなのはどうでも良かった。
黄昏よりも濃く暗い、赤々とした液体。それが胸に空いた空洞より、とめどなく溢れ出ている。容赦なく妹の命を垂れ流し、消費しているという事実を悟った刹那、絶望を覚えた。
「おい、夢来!? おい、しっかりしろ!?」
「に、げ……」
血だらけの妹を見て、視界が涙で滲んでしまう。
胸の内が張り裂け、パニックに陥りそうになる。だがそんな事は許されない。この後に及んで、俺の心配をして逃げろなんて言う可愛い妹を誰が見捨てられるか。
兄として最愛の妹が死にかけているのに、踏ん張らずにはいられなかった。
どうすればいい、何をすればいい!? 救急車!? そうだ、救急車だ、おい誰か!
スマホ、スマホ……ポケットから慌てて取り出したスマホは画面が見事に割れていて、タップしても一切の反応を見せず完膚無きまでに壊れていた。
「くそっ! 誰かッ! 救急車……を……」
助けを呼びかけようと改めて周囲を見渡せば、そこに地獄絵図が広がっていた。
「うわああああ!?」
「痛てぇよ……誰かぁ誰かぁ」
どうやら夢来に意識を注視するあまり、周囲の正確な状況に気付くのが遅れてしまったようだ。
「俺の手がぁあああああ! うああああああ」
「たのむ、たのむから、足があああ」
「げほッッ。死にたくないよぉぉっ」
頭が吹き飛んで絶命している者。腕が千切れて悲鳴を上げている者。下半身が弾けて、気絶している者。夢来のように腹に穴が空いて、倒れている者。
ほんのさっきまで普通に生活していた学校の生徒達が……血の海で足掻き溺れる存在に成り果てていたのだ。
「こ……この世界は、狂っている」
腕の中で急激に熱を失っていく最愛の妹を抱きかかえながら、怨嗟を呟く。
俺の妹が死ぬ世界なんて、狂っている。