「ごめんね、呼び出して」
「ううん、私も時間あったし」
「これ、食べて!久しぶりにチーズケーキ作ってみたの♪」
「うわぁ、美味しそう!ほら翔太、お店のみたいだね」
「うん、おいしそう!」
真っ白なお皿に三角のレアチーズケーキ。
食べられるお花とミントの葉、翔太と胡桃ちゃんのお皿には、砂糖でできたクマさんも乗せてあった。
「うん、美味しい!すごいね、パティシエみたいだ千夏さん」
「結婚する前に少し、そういうお店でアルバイトしてたからね。あ、そうそう、話があるって言ったのはその話なんだけど…」
千夏は立ち上がって、パンフレットのようなものを持ってきた。
「これなんだけど。綾菜ちゃんだったらできるんじゃないかなって思って。ほら、この前離婚準備始めるって言ってたでしょ?だから仕事を探してると思ってね。どう?」
「うわ、ありがたい!なんのお仕事?」
「とりあえず、見てみて」
カラフルなパンフレットのようなものを開く。
なにかのパーティや、イベントの写真が並んでいた。
「え?なに?コンパニオンとか?」
「違うの、お酒のお酌はしないんだけど。たとえば賀詞交換会や、大きなレセプションやイベントの進行とお手伝いの仕事。レセプタントっていうらしいよ」
「レセプタント?初めて聞いたかも?」
「だよね?私も知らなかったんだけどね。ちょっとそこの条件を読んでみて」
年齢は30歳まで
時間は、イベントにもよるけどだいたい2時間。
資格は車の免許が必要。
その他は研修で身につける。
時給は…
「え?3000円?」
「そう。だけど、イベントの場所までは自分で行くことになるし、準備も考えたら3時間くらいみたいだけど」
「昼間も夜間もあって、選べるみたいよ」
「時間が短いし面白そうだけど、私にできるかな?」
「試しにやってみたら?必要なら翔太君みてあげるし」
パンフレットをくりかえして読む。
亡くなった人のお別れの会や、店舗のオープニングセレモニーもある。
多種多様なイベントのお手伝いをするみたいだ。
「そこで取れる資格もあってね、お給料も上がっていくみたいよ。ただ、立ち居振る舞いや言葉遣い、マナーには厳しいみたい。だから時給も高いんだろうけど」
「ふーん、先々役に立ちそうだね。でもなんでこんな仕事しってるの?」
「夫の会社のイベントにも呼んでるらしいの、そこで新しい子を探してるって言ってたからパンフレットを持ってきてもらったの。コンパニオンと違うところは、お酒のお酌はしない、勧められても飲んではいけないってとこかな?」
「ね、衣装は?」
えっとね、とパンフレットを探す。
「ほらここ、専用のドレスや靴があって貸し出されるみたい。あと、スタッフの身長が釣り合うように、ヒールの高さが違うみたいよ。綾菜ちゃんは背が高いから、ヒールは3センチくらいのやつじゃない?」
服装の心配がいらないのはありがたい。
土日や夜なら、誰かに翔太をみてもらえそうだし。
「ありがとう!検討してみる」
「綾菜ちゃん、まだ若いからそんな仕事もできるよ。頑張って!」
千夏が教えてくれた仕事に、とても興味が湧いた。
パーティによっては、髪型も夜会巻でなければいけないという指定もあるらしい。
交通費も支給される。
ネイルに髪色も決められている。
研修は難しそうだけど、その間も少しのお給料が出るらしいし、その研修を受けるだけでも今後のためになりそうだ。
「ねぇ、綾菜…そろそろ寝ない?」
ドアが開いて健二が入ってきた。
「え?もうちょっとしてからね」
私は慌ててレセプタントのパンフレットをしまった。
「何やってるの?」
「内緒」
「えーっ、教えてくれないの?」
「なんで教えなきゃいけないの?秘密主義の健二君に」
「あ、うん、そうだよね、別にいいよ」
気まずそうに、そそくさと寝室へ戻っていった。
あれ?なんかこの感じ、気分いいかも?
健二に秘密にすることがあるって、ワクワクするんだけど。
わざわざ離婚準備を始めると言うつもりはないけど、仕事を始めることもできるだけ秘密にしておこう。
寝室へ入ると、健二が抱きついてきた。
「えっ、ちょっ!」
「なんで?ダメ?…いいでしょ?しようよ」
久しぶりにこんな熱いくちづけを受けたら、カラダの奥がウズウズしてくる。
いつかの生殖行動のようなそれとは違う、丁寧な指使い、まるで生き物のように私の皮膚を這う舌…。
声を抑えているのが余計に感度を上げてる気がする。
思ったより感じてしまっていることを悟られたくないのに。
マリの代わりは嫌なのに。
「や、やめてってば、あの女がいないからって私?」
「…関係ないよ、もう…」
不甲斐ないと思いながら、小さく何度かイッてしまった。
とろとろと、掻き回される私の中は健二を迎え入れる準備は整っている。
でも…
「待って!出さないで」
「え?」
いよいよ私の中へ入るというその時、私は健二を突き放した。
「つけて!」
「え?二人目とか?」
「そんな気分じゃない」
「えーっ」
「嫌ならこれで終わり」
わかったよ、と言いながらゴソゴソと装着している。
「もう一度、やり直してね」
「ん…」
深く奥まで進んでくる健二を、こんなふうに感じるのはいつぶりだろうと考えていた。
「あ、もう…」
「俺も…」
同時に果てた。
きっと、健二のセックスは上手なほうなんだろう。
私との相性もいいんだろう、カラダ中に熱が残る。
けれど、ふと、こうやってマリを抱いたんだろうと思うと、スッと冷めた。
「シャワー浴びてくる」
不意に肌に嫌なものがまとわりついた気がして、シャワーを浴びた。
やっぱり、他の女を抱いた夫を、昔みたいには受け付けないんだと思った。
いっそのこと、イケなければよかったのかもしれない。
感じてしまったカラダと、健二に対する気持ちが、かけ離れているようでなんとも落ち着かない。
シャワーから戻ってきたら、健二は寝ていた。
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