テラーノベル
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花桜月華
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「……」
あぁ、帰りたい。もうすぐ夏に差し掛かるとはいえ、頭からかけられた氷水はとても冷たくて。
「汚らわしい……忌み子が来るなんて…」
遠くから聞こえる悪口も、頭から浴びせられた氷水より冷たく胸を刺した。もう、我慢できずに泣き出してしまいそうになる。どうして、こんなことになってしまったの。
__________数時間前
「大体、七時か八時くらいには帰ってくると思うわ」
出かけるための支度をしながらそうアイツに告げる。
「なら、暗くなってきてる時間だろうし、気をつけるんだよ?」
心配そうにそう告げられる。アイツは私のことを何歳だと思っているのだろうか。
「大丈夫よ。すぐそこだし」
カバンを肩にかけ、自室を出る。
「それでも何があるか分からないからね」
心配性なのは、昔から変わらないらしい。
「わかったわよ。それじゃあ、行ってきます」
扉に手をかけ、手を振る。
「行ってらっしゃい」
本当は行きたくなんてなかった。だって、これから行く先は地獄なのだから。
会場に着いて、戸を開けた途端、先程まで話していたであろう声は、止まった。代わりに聞こえるのは、ヒソヒソとした声。
「あれって……?」
「忌み子だよ…ウィスタリアさんとこの…」
「どうして来たのかねぇ……誰が呼んだんだい?」
そんな声を全て無視して、私は自分の祖父の隣に座った。
「大丈夫か、アナベル。無理して来なくてもよかったんだぞ」
おじいちゃんだけは、今もずっと私の味方をしてくれる。
「大丈夫よ、おじいちゃん。心配してくれてありがとう」
それでも、おじいちゃんはその大きな手で私のことを撫でてくれる。その手が優しくて暖かくて、安心する。
「最近病院行けなくてごめんね。行かないとって思ってるんだけど……」
おじいちゃんの手に自分の手を重ねて、より安心を求める。
「別に構わない。時間がある時に、来てくれたらいい」
暖かい声。既にもうおじいちゃんと帰りたい。おじいちゃんと一緒にいたい。
「失礼します」
そんな時、ふと聞こえるは、今回の集まりの主催者。
「席を移っていただけますか」
そう、私に対して問いかけた。いや、これは違う。問いかけではない。
「なぜだ?ここに居ては困るのか?」
無意識に、おじいちゃんの手を握る力が少し強くなった。
「忌み子をローレンス院長の近くに座らせる訳にはいきません」
また、忌み子。
「また忌み子など!!!そんなこと、お前たちが決めることではないだろう!!」
立ち上がって大声をあげる。また私のせいで。
「大丈夫だから、怒らないでおじいちゃん」
握っていた手を、ゆっくりと離す。離したくない。でも、おじいちゃんをこれ以上困らせたくなかった。今の私は、上手く笑えているだろうか。
「また後で、話に来るわ」
席を立って、そう私は言った。
そして、話はすべて冒頭へと戻る。席を移動…いや、部屋を移動し、席に座ったと思えば、私はコップに入った氷水をかけられたのだ。
「……」
何も声が出ない。いや、出せない。なにか言おうとすれば、震えて涙が出てしまいそうだから。
「誰に呼ばれたか知らないけれど、どうして来たんだ?ここはお前が来るところじゃないだろうに」
下品な笑い声が聞こえる。一体いつ、私はこの人達に悪い事をしたの?私はこの人達にこんなことをされるようなことをしたの?悪いことは、許されないようなことは沢山してしまった。……でも、それは。
「忌み子のくせに」
「忌み子を産んだから、忌み子を愛したウィスタリアもロータスも死んだんだ」
どうしてお父さんとお母さんが責められる理由に、私がいるの。
「お父さんと、お母さんは関係ない……」
気づけば声が出て、そう反論していた。慌てて私は自分の手で口を塞ぐ。
「あ?忌み子が産まれた夫婦が、幸せになれる訳ないだろ。お前のせいで」
嘘だ。お父さんとお母さんは幸せだって言ってた。全部嘘だ、信じたくない。
「忌み子は忌み子らしく生きていけばいいのに。あ、忌み子は生きてる価値ないか〜」
ギリギリと、拳に力が入る。痛い。もうダメだ。こんな所にはいてられない。そう思って私は、早足に部屋を出ようとした。なのに。
「あ、おい待てよ。誰が帰っていいって言った?」
「私が邪魔なんでしょ……なら、帰らせてよ……もう、迷惑かけないから……!」
扉の引手にかける手が震える。帰りたい。早く帰りたい。
「生きてるだけで迷惑かけてんだから、今更だろ」
また笑い声が聞こえる。もういやだ。力いっぱいに引き戸を開ける。なりふり構わず、私は荷物を持って部屋から飛び出した。
勢いのまま会場からも飛び出して、外に出る。会場から出る時、おじいちゃんがこっちを見てた気がした。凄く、悲しそうな表情で。
会場の扉が閉まった音を聞いた瞬間、張りつめていたものがぷつりと切れた。堪えていた涙が、一粒、頬を伝う。
「こんなことなら……来なければ良かった……」
氷水のせいで濡れた髪をかきあげる。外は少し暑いけれど、まだ冷える。
「生まれてきただけで罪なんて……誰が決めたの……」
ふるふると手が震える。ダメだ。もうこれ以上泣いちゃダメだ。
「アナベル!」
ふと、後ろから声が聞こえる。声の主は……おじいちゃん。
「おじいちゃん…?!なんでここに…」
後ろを振り返ると、走ってきたのか息を切らしていた。私は、心配になっておじいちゃんの元に走る。
「もう、足腰悪いんだからそんなに走らないでよ!身体は大丈夫…?」
「それはこっちのセリフだ!大丈夫だったか?何もされてないか?」
急に大声を出されて、少し体がビクリと反応する。
「びしょ濡れじゃないか!近くに儂の家がある。タオルを貸してやるから行こう。このままじゃ風邪をひく」
おじいちゃんは自分が着ていた上着を脱いで、何も言わずに私の肩へそっとかけてくれた。少し大きなその上着は、冷えきった身体を包むには充分すぎるほど温かかった。
「……ありがとう、おじいちゃん」
折角止まったはずの涙が、また溢れそうになる。おじいちゃんはそんな私の様子を見て、また頭を撫でてくれた。
「さあ、早く行こう。風邪をひく前にな」
そう言って、私の手を引いてくれた。
_______________
「そう言えば……ウィスタリアの服があったな。少し借りよう」
家に着いて、リビングの椅子に座らせてもらったあとおじいちゃんはそんなことを言った。
「ウィスタリアって……お母さんの?どうしてここにあるの?」
「昔ロータスと一緒に泊まりに来た時があってな。その時に忘れて帰ったんだ。結局、返す時は来なかったが……」
お母さんとお父さんが、一度ここに泊まりに来た……やっぱり、二人はとても仲良しだったんだ。
「アナベルに貸すなら、ウィスタリアもきっと許してくれるだろう」
そう言って、おじいちゃんはお母さんの服を持ってきてくれる。真っ白なブラウスに薄い空色のロングスカートのセット。
「これが、お母さんの服?」
警察官だったお母さんも、こんなに可愛い服を着ていたんだと、少し驚いてしまった。
「ああ、向こうの部屋で着替えてくるといい」
服を受け取って、部屋を出る。ブラウスに袖を通して、スカートに足を通す。全身鏡に映る自分の姿は……母とそっくりだった。顔立ちも、体格も…。
「お母さん……やっぱり、私はお母さんの娘なのね…」
その事実に、私は酷く安心した。服からほんのり香る昔の母の匂い。いつも私を抱きしめてくれた優しい花の香り。
「着替え終わったか?」
扉がコンコンとノックされて、おじいちゃんの声が聞こえる。私はすぐに扉を開けて、部屋を出る。
「……そっくりだな、ウィスタリアと」
自分でも思ったことを、おじいちゃんにまで言われてしまった。
「お母さんの娘だもの」
そう、胸を張って言えるようになって、嬉しく思う。
「そうだな…ウィスタリアとロータスの娘で、儂の孫だものな……。さあ、タオルを貸してやろう。髪を拭いて、少し待っていなさい」
真っ白でふわふわなタオルを手渡される。おじいちゃん家の優しい香りがする。
「ありがとう」
リビングの椅子に座って、髪を拭く。服からお母さんの優しい香りがするからか、なんだか懐かしく感じる。
“ちゃんと髪を拭かないと、風邪ひいちゃうでしょう?”
“だいじょうぶだよ!あたしつよいもん!かぜなんてひかないよーだ!”
なんて、昔の何気ない会話を思い出す。あの後、私はお母さんの言う通り風邪をひいたっけ。
「……懐かしいなぁ」
「髪、拭けたみたいだな。どうだ、ココアでも飲むか?」
気づけばおじいちゃんが隣にいて、手に湯気の立ったココアが握られていた。
「ココア……飲みたいわ」
そう言えばおじいちゃんはココアを手渡してくれる。優しい香り…優しい温かさ。熱そうだから、少し息で冷まして、一口飲み込む。
「……この味って…」
昔、お父さんが入れてくれたココアの味とそっくりだった。お父さんはよく、辛いことがあると暖かいココアを入れてくれたのを、思い出す。
“おとーさん……あたしってわるいこなの……?”
“気にしなくていいんだよ、アナ。そんなこと忘れて、今は父さんと一緒にココアを飲もう”
いつも優しくて、暖かかったお父さんのココア。
「ロータスが好きな入れ方で作ってみたんだ。あまり作らないから、美味しいかどうかは分からないが……大丈夫か?」
胸の奥がじんわりと熱くなる。お父さんを思い出せるように。私が少しでも笑えるように。おじいちゃんは、この一杯を入れてくれたのだ。
「……とっても美味しいわ」
そう呟くと、おじいちゃんは嬉しそうに笑った。
「……ロータスは、お前が泣くと、自分まで泣きそうな顔をしていた」
ふと始まる、お父さんの話し。
「辛いことがあると、決まってココアを飲んでいた。ロータスの作るココアは、誰の作るココアよりも美味しかった」
昔よく作ってくれたお父さんのココアは、確かにとても美味しかった。
「ウィスタリアは、その服を気に入っていた。ロータスが似合うと言う度に、よく照れていたな」
お母さんの綺麗な服。優しかったお母さん。だけど……。
「……私…本当に生まれてきて、よかったの…?」
不意にこぼれる、私の本音。
「当たり前だ。ロータスもウィスタリアも、お前が生まれてきた日のことを何度も儂に話してくれた」
私の知らない両親の話。
「ふたりは、名前を何にするか三日も喧嘩していたな。他にも、夜中までお前を抱いて歩いていた。お前のことを愛しているから出来たんだよ」
「お前が初めて笑った日も、初めて歩いた日もな。あの二人は、それはそれは嬉しそうに儂へ話してくれた」
「『世界一可愛い娘だ』と、ロータスは毎日のように言って、ウィスタリアは『この子を守れる母親になりたい』と、何度も口にしていた」
初めて知った二人の話。
「……そっか」
それだけしか言えなかった。ぽたり、と雫がココアの表面へ落ちる。
「……あったかい……」
ココアなのか。おじいちゃんの優しさなのか。お父さんとお母さんの優しさなのか。もう、自分でも分からなかった。
「だからな、アナベル。お前は決して生まれてきてはいけない子なんかじゃない。お前は、ロータスとウィスタリアが誰よりも望んで生まれてきた子だ」
私はもう一度、ココアを口へ運ぶ。父の味がした。母の優しい匂いに包まれながら、その温もりだけは、胸いっぱいに抱きしめた。
コメント
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みぅです🤍🥀 第7話、読み終えました……。 アナベルが周りから「忌み子」って言われて、氷水までかけられてしまうシーン、胸がぎゅっとなったよ。それでもおじいちゃんだけはずっと味方でいてくれて、最後に母の服と父の味のココアで包み込んでくれる優しさが、本当に沁みた……。 「生まれてきてはいけない子なんかじゃない」って言葉、アナベルに届いてほしいなって強く思った。おじいちゃんの存在が、この話の大きな救いだね。次も読みます🌙