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ごく普通の朝を迎えた私は、夫を仕事に送り出し、子の朝食と昼食を用意した。
S兄が、やたらと心配した様子で「あの場所、俺は入れないみたいだ。次に呼ばれた時は行くなよ」と念を押してきたが、私も好きで呼ばれている訳ではない。
朝ごはんを済ませ、皿を洗っている時、ふと引っ張られる感覚に気づいた。
あのワンピースを盗った男が、ニタニタとして私の気配を辿って呼んでいるのを感知する。
早々に皿を洗い、意識を手放す前にベッドに寝そべった。こうしないと、キッチンでそのままバタンと倒れて最悪な場合、食器棚の角に頭をぶつけてしまう。
寝そべった後は早かった。
流れるように引っ張られ、視界が白くなり、気づけばあの男が目の前でニタニタしていた。
ワンピースに顔を埋めて匂いを嗅ぐ仕草が壮絶に気持ち悪い。
あとでワンピースだけ奪い返そうと起きた時は思っていたが、目の前で顔を埋めてスンスンしているのを見て前言撤回、やっぱりワンピースは諦めようと心に誓った。
思ったことをぼそっと吐き出してしまう性分は変わらず、私は「きもっ」とそのまま口に出してしまった。
ショルダーバッグは置いてきたが、刀は普段から身につけている。斬撃を飛ばすべきか迷ったが、ひとまずここは逃げようと思い、ドアへと駆け寄った。
施錠はされていないようで、雪景色の中に逃げ出した。
ちらっと振り向けば、男がワンピースで顔半分を隠すようにして真顔でこちらへ猛ダッシュして来るのが見えた。
危機感を覚えてS兄を呼んだが、やはり応答はない。一撃だけ振り向き様に斬撃を飛ばすと、男は初めて「ぎゃっ!!」と叫んだ。
血飛沫は飛んでいた。目は避けたようで、鼻と目の間に血が滲んでいた。
それまでニタニタしていた表情から一転、物凄く憎しみの篭った憎悪の視線に変わった。
手を伸ばして掴もうとする男を交わして飛び上がり、2階の半開きの窓から室内に入る。
物置部屋のようでほとんど外から差し込む光しか明かりがない。
男は憤怒の形相でワンピースを握り締め、血走った目で睨み上げながら踵を返して同じ建物へと入っていくのが見えた。
ここは2階だ。男の方が地形には詳しいだろうから、物置部屋に来るのも時間の問題だろう。
また窓から脱出して違う建物に行くか、はたまたこの建物の別の部屋に移動するかで迷っていると、私の足元で黒い影が動いた。
私の影からふわりと浮かび上がるようにして、大型犬の姿へと変化する。
「ゼツ!?」
思わぬ助っ人に、私は歓喜で小さく叫んでしまった。
ゼツは夫側の守護だ。夫の周囲に3体強い守護が常にいるが、その内の1匹がゼツである。
犬なのか狼なのか不明だが、濃く暗いグレーの毛並みに顔を埋めると獣特有の匂いがする。
犬や狼の霊体、というより、喋ろうと思えば男の低い声で話せることから察するに、どちらかというとS兄と同じく妖怪の類だと思う。
「ゼツは来れるんだね、ここ。S兄は入れないって言ってたから、百鬼(守護総勢のまとめた呼び名)は来れないと思ってた……」
「S兄が酷く心配していた。呼んでいるのはここの獣か」
「いや……まだ分かんないけど、私は今のところ猛獣に襲われてないし、ヒトコワの方が勝ってるから多分そう……」
「あの白い獣は視力を盗られているようだ。見てみろ」
小声で話しながら、無造作に積み重ねて置かれたダンボールの隙間からそっと廊下の様子を伺う。
まだあの男はここまで来ていない。部屋が沢山あることが不幸中の幸いだった。
ゼツが示す方向には、白い猛獣の徘徊する姿があった。
目は開けているが、相変わらず嗅覚で探るような動きをしている。
「お前を呼んだのが住人かあの獣かは知らんが、獣の視力を奪い返す方が良さそうだ」
「うんうん、僕もそう思うよぉ~」
「でもどうや……うぉあっ!!びっくりした!!」
ナチュラルにもう1人会話に参加してきた奴がいて、私は飛び上がった。
「しーっ、静かにしないと見つかっちゃうよ~」
まったり話す黄色いぬいぐるみのような外見の守護の両肩を思わず鷲掴みにしてしまう。
「プーさん!!何でいるの!?」
「面白そうだったからついてきちゃった~!僕もゼツの影追いに近いことできるからねぇ~。ところで今は何から隠れているの~?」
などと呑気に話すプーさんを、私はとても胡散臭いと思ってしまった。
黙り込む私を見て、プーさんはお決まりの「ハチミツまだかな~?」を呟いて静寂を破る。
プーさんが現実で職場についてくる時は本当にただの暇潰しらしいが、幽体離脱でついてくる時は何かしら本人に思惑がある。
ゼツも相当強いが、プーさんも桁外れの強さを誇っている。
ここ一帯をプーさん1人で歩かせて、いっぺんに住人達が襲ってきても、おそらく無傷だろう。
「……とりあえず今、住人から逃げていて、白い猛獣は様子見してる」
状況を小声で説明すると、プーさんは何処から出したのか不明の空の壺を抱きしめた。
「そうかぁ。僕ハチミツ探してきていいかなぁ」
「……いいけど、別行動ってこと?」
「僕ハチミツが欲しい」
ほら枯渇してる、と言わんばかりに空の壺を見せつけてくる。
うちのプーさんの「ハチミツまだかな~?」は本物に食べ物のハチミツが欲しい場合と、獲物を捕らえてハチミツに変換して食べる非道徳な場合がある。
ここでは確実に後者だ。つまるところ、敵がいっぱい、食べ放題と言いたいのだろう。
「……分かった……怪我しないようにね」
「僕は大丈夫~……ああそうだ、伝え忘れるところだった。ノイとひなとあさかが正門の所にいるよ~」
プーさんはひょいと廊下を見渡し、白い猛獣とは反対の方向に壺を抱えて出て行ってしまった。
「えっ、3人も来てるの?」
既に行ってしまったプーさんを見送り、ゼツに問いかける。
「我々は影から伝って中に入れたが、あの3人は入れなかったようだ。正面突破で援護を試みると言っていた。空間内に変わった結界があるのかもしれない」
「ちょっと心強くなってきた。やよいはお留守番?」
「ああ。生身の守護をしているはず」
やらかしのやよい(憑依勢の守護)が来ていないことがもっと心強い。やよいがいたら確実に計画がぶち壊される。
「この後ゼツはどうするの?」
「あの白い獣の視力を戻す」
「私も行った方がいい?」
「お前は盗られた服を取り返せ。そうしないと、延々と気配を伝って呼ばれるぞ」
「うわまじか……頑張るわ……」
悪口は良くないが、あのニタニタ顔に何度も呼ばれるのは心底ゴメンだ。本気でキショいと思ってしまった。申し訳ないが。心の底からキショい。
「状況に応じて呼べ。いつでも援護する」
そう言ってワフと気の抜けたいつもの調子に戻り、白い猛獣の方へと室内の影に溶け込むように駆けて行った。
私はひとまず、物置部屋から出ることにした。部屋だと思って入った所が外であるパターンが多いため、正直どの部屋に入ると何処に繋がっているのか全然分からない。階段も上下に行くだけとは限らない気がしてきた。
隣の重いドアを押し開けて中に入れば、そこには住人らしき子供達が大勢いた。ここも防音なのか、ザワザワしている。
子供達に紛れ込むようにして、次のドアを開ける。下手に注目を集めない方が良い気がする。
ドアの向こうはまた廊下だった。ただ、何だか見覚えがある。
隣のドアは鍵がかかっているようだ。もしかしたら、隣はあの10代後半の学生みたいな奴らが大勢いた防音の部屋かもしれない。
周囲の廊下の風景からも、既に通ったような既視感があった。
「まっじで迷路だ……」
途方に暮れて呟いた時、ガチャンと音が鳴り、目の前の鍵のかかったドアが開いた。
急に開いたドアに驚いて尻もちをつく私の目の前に、黄色いぬいぐるみのような手が伸ばされた。
「……わあ、びっくりした。何しているの、こんなところで」
絶対びっくりなどしていない様子で飄々と言い放ち、壺いっぱいのハチミツを手に入れたプーさんが私の腕を引っ張った。
「……もしかしてここにいた奴ら全員襲った?」
「ハチミツいっぱい、嬉しいな~!ハチミツとっても美味しいよ~」
「あー……うん、いや、敵っぽいからいいや……いいってことにしよう」
話を逸らしてふんふんと鼻歌を歌うプーさんを尻目に、目頭を抑えて自分を落ち着かせた。
「私のワンピースを持った男は?見なかった?」
「ワンピース?……見てない」
ちらりとこちらを見て、プーさんは首を振った。
「私そいつ探してくる」
「僕も一緒に行くよ~」
絶対に今のこの状況にプーさんの姿は相応しくない。しかもちゃっかり狩りもしている。
防音の学生達がいた部屋を通過し、既に通った雪景色を歩く。
プーさんは呑気に「ハチミツとっても美味しいよ~」と満足そうな顔でハチミツと化した住人を喰っている。
周囲に他の住人は見当たらない。ワンピースを奪ったあの男は何処へ行ったのか。
雪景色の中を、まだ入っていない建物がないか探し回る。しばらく歩き回っているうちに、ふと、吹雪の中で赤い両開きの扉を見つけた。
片方を押すと、ギイイイと軋む音が響いた。思わず周囲を確認するが、白い猛獣が来る気配はなかった。
室内は古い木造で、渡り廊下みたいな構造になっているようだった。
中央には狭い雪景色が広がり、更に廊下の奥にはもっと広い中庭のような空間がちらっと見えた。
「……もうやだ、迷子になる」
「地理音痴……」
「うるさい」
迷路のような構造にうんざりしながらも、無人の渡り廊下をプーさんと一緒に歩く。
垂れたハチミツがいい感じに、ヘンゼルとグレーテルの落としたパン屑みたいになっていた。
広い中庭の方に出ようとした時、突然廊下の端から「待ちなさい!!」と女の怒号が飛んだ。
背の高い、スーツ姿の女が立っていた。黒いボブヘアで、身なりがきっちりしている。
その左右にスーツ姿の男が2名いた。
「〇〇〇〇の顔に傷を負わせたのは、お前か!!この女狐!!!〇〇〇を〇〇〇で……」
ちょっと名前らしき単語や後半の言葉が聞き取れなかったが、女の後ろにあのワンピースを奪ったキショい男の姿が見えて、あいつのことだと悟った。
「雪は狐ではないよ~、ねえ、雪~」
プーさんは眉を跳ね上げて怪訝そうに私に話を振る。
「それどころじゃないでしょ、早く逃げるよ」
プーさんの脇の下に腕を突っ込み、抱えて高く浮遊した。
広いと思っていた中庭は案外狭く、雪が降っているものの除雪はされているようで、何やら祭りを開催しているような雰囲気だった。
女は怒り狂った形相で「捉えよ!」みたいな発言を左右の2名に命じていた。時々言語が日本語ではなかった。
背後でこちらを睨んでいるキショい男は、私のワンピースを齧っていた。口いっぱいに頬張ってギリギリと歯を食いしばっている。
取り返す、じゃなくてあのワンピースごと八つ裂きにしなければ、と悪寒が走った。
「あいつ雪のワンピース齧ってる……」
「まじでキモすぎるからあいつだけは己の手で仕留めたい」
抱えられながらハチミツを頬張るプーさんも、かなり引いていた。
「ねえ、もっと広い場所って何処だと思う?そもそもあるかな?」
「僕さっき来たばかりだから、分かんないよぉ~」
住人の手から逃れるように浮遊し、上から見下ろしながら、周囲を見渡す。
「……雪、大きい気配がする。……あっち」
プーさんが示す方向に浮遊すると、激怒した女と呼びかけに応じて増えた住人達が各々に棒やら槍みたいな武器を持ち出して追いかけてきた。
ずっと異国語のような言葉で叫んでいる。絶対あれは悪口だと思う。
キショい男は、きっとここではそれなりに地位のある奴だったのだろう。
プーさんは渡り廊下を示し、指示通りに浮遊して移動する。幾つかの小さな中庭を通り過ぎた辺りで、プーさんが「止まって~」と言った。
周囲を見渡し、近くのドアを開けるように指示を出した。
言われるがまま体当たりでドアを開けると、そこはかなり広い空間だった。外ではあるが、かなり整地されている。
「うわ、何ここ」
やたらとデカいおかしなサイズの祭壇があり、拷問器具みたいな物が沢山用意された、異質な空間だった。
空高く飛び上がろうとして、私は見えない何かに頭をぶつけた。
「いったぁ!何これ、結界?」
「これのせいでノイ達が入れないんだよ~」
のほほんとハチミツを食べながら言うプーさん。その手から零れたハチミツが、追いかけてきた住人達にかかる。
かかった途端に悲鳴が上がり、何故か肉の焦げたような匂いが立ち込めた。
ハチミツが付着した住人の皮膚が溶け出し、ものの数秒で黄色い液体と化した。しかもその溶けた液体が更に周囲の住人に付着すると、その住人も同じく溶けた。
まさか、とちょっと引いた目でプーさんを見ると、彼は満足気にニコニコしていた。
「ハチミツいっぱいだあ~!」
プーさんの壺の中に入れているハチミツの正体が他の霊体を溶かしたものだというのは、以前から知ってはいた。
しかし、プーさんとは既に数年一緒にいるが、狩りをしている瞬間がどういうものなのかは見たことがなかった。
「うわぁ、なんか見なきゃ良かった」
そう言いながらも飛行しプーさんを抱えて壺ごと振り回せば、雪景色の中に黄色いハチミツがどんどん増えていった。
絶対に普通に戦った方がいい気はしていたが、まとめて消せる方法を見つけてしまってお得感が満載だった。
背の高い女は入り口付近で惨劇を目の当たりにして、怒りで金切り声を上げているものの、近寄れない様子だった。
ブン、と飛んできた槍を交して、2階の開いていた窓に向かってプーさんを放り込んだ。
うわあああ、と間抜けな声を上げながら吹き飛ぶプーさん。零れ落ちるハチミツが真下で新たな惨劇を生み、ざっと50名以上いた住人が10名ほどにまで減った。
「プーさん、ゼツの援護に行って!全然来ないから何か手間取ってるのかも」
「……そう?雪1人で大丈夫?」
「対人なら多分何とかなる」
「じゃあ、行ってみる。すぐ戻るよお~」
全然急いですらいない様子でテチテチと悠長に廊下を歩いて行く黄色いぬいぐるみを見送った後、振り向けば女が槍を持つ手を伸ばしてきていた。
この女、普通の住人より2倍以上身長がデカい。3階くらいの高さまで浮遊していないと、ちょっと心もとない。
そこで違和感を覚えた。
この女、さっきよりちょっとデカくなってる?
最初に廊下で出会った時より縦に伸びているように思えた。あの時はまだ、天井に頭がつく寸前だったような……。
飛んでくる槍や他の武器を交わしながら、上から斬撃を飛ばす。キショい男を見れば、口にワンピースを含んだまま何やらモゴモゴ呟いているような気がした。
浮遊を続けるより、また廊下に戻った方がいいと思い、半開きの窓を潜ろうと近寄った刹那、目の前で勢いよく窓が閉まった。
窓の内側には誰もいない。えっ、と思い振り向けば、キショい男が満面の笑みを浮かべていた。
モゴモゴと口は動いているが、口角がかなり上がっている。
と、上の結界が頭に当たった。独り言ではなく詠唱だと気付いたのは、頭に触れた結界が上から押してくる感覚を悟った時だった。
刀でキショい男に斬撃を飛ばすが、寸前で女に弾かれる。弾いた斬撃が窓に当たったのに、窓は割れなかった。
徐々に下がっていく感覚に焦りを覚えた。ギリギリまで粘ったが、もうすぐ女の手が届きそうになる。
女が手を叩き、ぞろぞろと生き残っていた住人達が集合してきた。雪景色が、人で埋め尽くされた。
増えればそれだけ飛んでくる武器も増える。流石に対人でも1体100以上はちょっと勝ち目がない。しかもこの祭壇、拷問器具とかいっぱいあるし……。
「ゼツ!!!」と呼べば、少し離れたところで遠吠えが木霊した。
女の手が、私の片足を掴んだ。両足を掴まれたら、引き裂かれる気がした。
刀で精一杯斬り付けて時間を稼いでいると、何処かでパリン、と何かの割れる音がした。
途端に、女を含む押し寄せてきていた住人達がピタリを動きを止めた。
女が怯んだ瞬間、女の指の間に刀を刺し、隙間を作って何とか足を引き抜いた。
女の身長が、シュルシュルと少し小さくなっていく。
低い声音で何かを発した女は、渡り廊下に通じるドアを見つめていた。キショい男も詠唱を止めてドアを見つめている。
何か大きな気配が一直線にこちらへ向かってきているのを感知し、私はより上の方へ浮遊し逃げた。
静寂を破ったのは、獰猛な獣の咆哮だった。
大きな爪でドアが破壊され、ドアの付近にいた住人は押し潰された。
白い猛獣は手当り次第、住人達に牙を剥く。その様子はまさに阿鼻叫喚で、肉片や血飛沫が飛び散った。
女は顔面蒼白でキショい男の背を押して裏口らしきドアから逃げようとしていた。
しかし、開けようとしたドアが黄色く変色したのを見て、何かを叫んだ。
見るからにベタベタしたそれは、紛れもなく……。
「ハチミツ、足りなくなっちゃった」
ぽつりと悲しげな声と共に、阿鼻叫喚の現場に登場したプーさんは、ふわっとした動作でキショい男の足元にハチミツを出現させた。
ジュワッと肉が溶けるような香ばしい匂いと絶叫が轟いだ。
ワンピースがキショい男の口から吐き出される。斬撃を飛ばしてワンピースを木っ端微塵にした。
「ハチミツまだかなぁ~」
呑気に呟くプーさんの目の前で、徐々に溶けていくキショい男を何とか助けようと女が慌てふためく。
その女の喉元に、黒い影が噛み付いた。ゼツだった。
「危ないから上にいなさい」と、影からゼツの声だけが響いた。
変に行動して足でまといになっても困ると思い、言われた通りに浮上して上から見下ろす。
100名以上集結していた住人は、いつの間にかわずか30名ほどにまで減っていた。
白い猛獣の1口はかなりデカい。あの美女の時のように丁寧に食べ尽くす訳ではなく、身体の部位をもぎ取るような仕留め方で、流れるように多数の住人を噛みちぎっていた。
もう、音や匂いだけで判断している様子ではない。はっきりと目が見えているような素振りだった。
よく見れば、白い猛獣が移動する足元にだけふわりと黒い影が出現し、地面に触れないように工夫されている。きっとゼツの小技だ。
そして、身体を欠損し地に伏した住人達の真下にジュワッと黄色いハチミツが現れ、次々に飲み込まれていった。
背の高い女はゼツを振り払い、ハチミツや白い猛獣の攻撃を見事に交わして室内へと上手いこと逃げ込んだ。
キショい男はほとんどドロドロに溶けて、残った顔の半分だけがニタニタしたままこちらを見つめていた。
私は上から勢いよく、刀で顔を刺した。ぐしゃ、と骨がひしゃげるような音がした。
男はニタニタ顔のままだった。何故か幸せそうな表情だったのが、さらに気持ち悪い。最後までキショい男だった。
ゼツは女を追うのを止めて、私の方へと戻ってきた。
「ありがと、助かった。ところでさっき何か割った?」
「あの獣の視力にあたるものを見つけた。瓶に入っていたのを、割って奪い返した」
「やっぱりそうだったんだ」
守護達は現場の把握や推理が得意なのか、よく各々に行動して解決している。
「逃げたハチミツも食べなきゃ~」
仕留め損ねた女が出て行った方を示し、プーさんは不満げに呟いた。
白い猛獣は女以外のその場にいた住人達を食い尽くしたようで、身体を大きく震わせた。
血や肉片が身震いと共に飛び散り、私もゼツも返り血を浴びた。プーさんだけは壺を盾にして防御していた。
斬撃で引き裂いたワンピースの破片を全て拾い、祭壇の炎にくべた。これで万が一にも生き残りがいたとして、気配を追って呼ばれることはないだろう、多分。
プーさんは傍らでハチミツを掬いながら壺を満たしていく。このハチミツを喰らう行為、実はお腹を満たしているだけでなくプーさん自身の攻撃力をアップさせるものらしい。喰えば喰うだけ、プーさんの霊力も増す。
白い猛獣は、全ての住人を喰い散らかし、周囲を見渡し女ではない別の何かを探すような素振りでドアから出て行った。
きっとあの背の高い女を仕留めたら、もうここに呼ばれることはなくなるだろう。
そんなことを考えながら、ゼツとプーさんに続き祭壇を後にした。