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匂いで逃げた女を追うゼツに続き、プーさんを抱えて浮遊する。
白い猛獣から逃げ隠れしていた時とはまた別の静寂があった。
渡り廊下を通り、再び雪景色の広がる外に出る。血がポタポタと雪景色に道を作っていた。
民家を迂回するように続く血の道は、やがて大きな門の前で止まっていた。
これまた来たことのない場所だった。
門の目の前に佇む。「雪!!」と、聞き慣れた守護の声が聞こえた。
「ひな!?……正門って、ここだったの!?」
試しに飛んで門を越えようとしたが、見えない結界があるようで向こう側には行けない。
「無事だった?」
「うん。ゼツもプーさんもいるからね。やりたい放題」
「良かった、いつも通りで」
などと会話していると、ゼツが静かに、と制するように「ワフ」と発した。途端に緊張感が走る。
「…………」
何か、微かに咀嚼するような音が聞こえた気がする。
吹雪であまり視界がよくない中、小さな雪山に隠れるようにしてしゃがみ、何かを口に運ぶ黒いスーツの女の姿を発見した。
様子を伺うと、背の高い女が地に伏した子供を引き裂いて臓物を食べているのが分かった。
おえ、と思わず嘔吐いてしまった。
女は私に気づいたようで、こちらを振り返る。一撃だけ、刀を振るうと斬撃が女の顔に当たった。ボブヘアの女の顔に、メリ、と縦線が走った。
そのまま亀裂のような線の下から、白濁した陶器のような肌が露出した。
人だった外見から一転、殻を破るようにして中から白目のない、真っ黒で艶やかな目をした顔が剥き出しになった。
蛹が羽化する瞬間のような動作でスーツ姿の女の下から足が物凄く多い虫のような体躯が現れた。
「うわ、本体えっぐ……」
正直、人と虫の融合した悪魔のような守護が私の方に既にいるせいで、あまり容姿に恐怖は感じない。
ただ、強いか弱いかだけは伝わってくる。うちの守護と対等に戦えるくらいには強い。
口が縦に割れていて、触手みたいな舌が幾つもシュルシュルと出入りする。
女がこちらに向かって何か鋭利なものを飛ばした瞬間、爆発音と煙が隣で上がった。
プーさんが、珍しく某ゲームの写真家のような本来の姿に戻っていた。
「……防御くらい、自分でしてほしいものだな」
プーさんの姿の時とは大違いの皮肉めいた口調で、私を一瞥した。
そう、こいつはこいつで元々海外の上級悪魔みたいな奴だ。
「……おい、お前何してんの?遊んでんじゃねえよ。例のアレ、見つかったか?」
「いや、まだだ。まあ、これだけ時間は稼いだ。そろそろ頃合いだろう」
何の頃合いなのかさっぱり分からないが、正門の外からノイがプーさんに声をかける。プーさんは悠長に自身の細身の剣を抜き、斬れ味を確かめる素振りをしていた。
やはりプーさんは暇潰しでついて来た訳じゃなかったようだ。
ひなやあさかは別として、援護にノイが後から来るのも相当珍しいから、変だなとは思っていた。
「なんかあるの?」と聞けば、「ふっ、お前には関係ない」と鼻で笑われた。ずっとプーさんの姿でいいのに。なんだって本体の姿になると上から目線になるんだろう。
次の一撃が来る直前、ゼツに足元を掬われて背に乗った。
雪が積もった岩の後ろに隠れるようにして、ゼツは周囲を警戒する。
「何か来る」
ゼツの言う通り、吹雪の中、数名の小さな影がこちらへ向かって来ていた。
プーさんも既に感知していたようで、優雅な佇まいのまま、双方の動きに対応できるよう身構えたのが分かった。
咆哮と共に雪が舞い、白い猛獣とその手前に数名の子供達がいた。
その姿を目視で確認したプーさんが、正門に向かって剣を振った。途端、轟音と共に正門が崩れた。
「やっぱ内側からしか開かねえのな」
そう言って結界の中に入って来たノイは、これまた珍しく下層の正装だった。
普段適当に簡素な服を着ている奴が、唐突に何枚も重ねてきっちり正装をしている姿で登場するなんて、只事ではない。
「つか、開けるの遅せぇよ」
「あんな結界如き、外からでも破れないと同胞に見下されるぞ」
澄まし顔で嫌味を言い合うのを見るのも、なかなかに珍しい。
プーさんは普段、ぬいぐるみのようなふざけた格好をしてふざけた口調でボケ役を演じて私のPCに悪戯しているが、元よりノイの御目付け役としてうちにいる上級の悪魔みたいなものだ。
強さ的には、ノイより遥かに格上らしい。蔑む口調がよく似合うくらい、高貴な存在ではある。
さっきまで「ハチミツまだかな~」などとほざいていた奴とは、似ても似つかない。
そんな2人を尻目に、ひなとあさかが駆け寄ってきた。
「あの虎みたいな奴、敵?」
「……多分、味方かなぁ」
「敵意はないもんね」
念の為に、とあさかが私に物凄い強固な結界を張った。
連続で女側から鋭利な攻撃が飛んでくるも、あさかの結界は破られない。
「雪はここに居た方がいいと思う。ひなと一緒に。なんかね、気配がやけに多い」
あさかは目が沢山ある。開いた位置の目によって、視えるものが変わる。きっと今も服の下で本来ないはずの部分に開眼しているはずだ。
白い猛獣が、私の背後まで近寄った。
何だか悲しげな表情だった。理由は分からないが、酷く傷付いた顔をしていた。
正門を破壊されたことがそんなにショックだったのかな、と変な方向に思考を凝らしていると、猛獣はその悲しそうな目を子供達に向けた。
その中でも最年長であろう1人の女の子が、何を思ったのか隣にいた小さな男の子に向かってナイフを突きつけた。
白い猛獣がたじろいだ。男の子は、猛獣にとっては大事な存在なのかもしれないと、何となく悟った。
女の子は、日本語ではない別の言葉で威嚇している。何かを発した言葉に、追い討ちをかけられたような様子で猛獣がしょんぼりしている。
その斜め向かい側には、プーさんに攻撃を弾かれている激怒した女。
何だか訳の分からない状況だった。ゼツも分かっていないようで、「ワフゥ?」と首を傾げていた。
「あれ、待って、これ何?もしかして別?別の何か事件が重なってない?」
ひなも何が何だか分からないようで、私をつつくが、私だって分からない。誰か説明して欲しい。
ヒステリックな触手女が、手当り次第に子供を喰らおうと襲いかかる。
それを、プーさんとノイが割って入って子供達を守るが、中でも女の子は猛獣に向かって敵意を剥き出しにしている。
「……私……今ならこっそり帰ってもバレない気がする」
「ひなもそう思う」
「ワフッ」
目的だったワンピースも炎にくべたから、正直あとはもうヒステリック女を仕留めるだけだ。しかしノイも本来の姿になったプーさんもいる訳だから、この場はどうにかなるだろう。
恐る恐るひなとゼツと壊れた正門に向かって退却した時、ぽん、と肩を叩かれた。
敵かと思ってぎょっとして振り向けば、見知った守護が2名立っていた。
「あらあら~、随分と身隠れが上手くなったのねぇ。探したわよ〇〇」
と、聞き取れない発音でヒステリック女に呼びかけたのは守護のMariaだった。相変わらず目立つ赤のドレス姿で、戦闘には不向きな格好だった。
背後に姿勢よく立っていたMariaに仕えるAがひなの肩を掴んだ。
「おや、お逃げになるのですか?せっかく来たのに?」
「だってこのメンツだよ?絶対嫌な予感するもん。ねえ、雪」
「間違いなく目の前で腸飛ぶから私は帰りたい」
「でもあの獣、放置したら困るのでは?呼んだのはアレでしょう」
まあまあ落ち着いて、帰るのは腸が飛んだ後でもいいじゃないですか、などと野球観戦でもしに来たのかなと思うくらい悠長なことを言い、私とひなの背中を押して正門から遠ざけた。
Mariaはヒステリック女に向かって自身の可愛がっている大きな蜘蛛を飛ばし、女がそれに対抗している。
Mariaも本来の姿は上半身は人だが、下半身は蜘蛛というなかなか恐ろしいルックスだ。
半人半虫同士の戦いはあまり見たことがないし、Mariaが1体1で戦闘する姿もそうお目にかかれない。大概Aが先に仕留めてしまう。
「Aは仕留めないの?珍しいね……」
「私は手出し無用です。あれはMaria様の獲物ですので。私が手を出したらMaria様が御怒りになる」
Aは澄ました顔で岩陰に私達を押し戻す。
ノイとプーさんは既にヒステリック女から離れ、自分より小さな子供にナイフを突きつけている少女に対して身構えている。
敵対しない限り、彼等が矛先を向けることはない。
やはり、何か別の物事に巻き込まれているらしい。しかも背後で悲しげな顔の猛獣を見るに、2箇所じゃなくおそらく3箇所だ。
ヒステリック女に関しては、Mariaが「逃げ仰せた」という発言をしていたことから、MariaとAが個人的に追っていた奴だったのだろう。
で、脅しに使われている小さな男の子は猛獣が助けたいが訳あってどうにもならず、私を呼んだのだろう。
じゃあ、あのナイフを突きつけている少女は?という疑問だが、あのノイとプーさんがわざわざ正装で援護しに来たのもかなり引っかかった。
身構えてはいるが、少女に対して攻撃をしないのも不思議だった。
あさかは味方全員に結界を付与しながら、ナイフを喉元に突きつけられた男の子をしばし凝視した後、なんとも言えない顔で猛獣を見やった。
ふと、その時何を思ったのか、少女がナイフをMariaの方に投げつけた。
ナイフはあさかの結界に阻まれて、Mariaに届くことはなかった。
刹那、Aが一瞬で私達の背後から消えた。次の瞬間には少女の背後に出現し、ぽん、と少女の肩を叩いた。
肩に手を置いたのを見た瞬間、ひなが私の目を両手で覆った。
何がしたかったのかは容易に分かる。見なくていいものを見せないようにしてくれたのだ。
Aのあの仕草は、確実にもう攻撃を終えた後のものだからだ。
少女が振り向いて目にするのは、残念ながら自分の臓物だから……。
グロいものが嫌いなひなとあさかが「うげ……」と嫌そうに呟いたとの、少女の断末魔が聞こえたのはほぼ同時だったと思う。
そして、背後で大きな気配が動いた。
ひなの指の隙間から、白い体躯が男の子の方へと走るのが見えた。
猛獣はそのまま男の子だけを咥えるようにして、こちらに戻ってきた。背後で安堵した雰囲気を感じた。
ひながそっと手を離す。
臓物を引き摺り出された少女の様子を伺っていたノイが、小さく「違うな」と呟く。
プーさんの視線が、ついと他の子供達に逸れた。
他の子供達は少女が突然ナイフを取り出した辺りから終始戦慄した様子で、身動ぎすらしない。
その時気付いたが、他の子供の目が何だかおかしかった。霊魂特有の霊力も何も感じ取れない。
「お前が〇〇したいのはその子供だけか?〇〇〇は〇〇とそいつだけのようだが」
プーさんが痺れを切らしたように、猛獣に話しかけた。所々、私には聞き取れない言葉で。
猛獣はちらりと男の子に視線をやってから、頷いた。
次の瞬間、プーさんが片手を他の子供達に向けた。閃光が走り、子供達の首が飛んだ。あさかとひなの悲鳴が上がる。
しかし、雪の上に転がったのは人の生首ではなく、明らかに人工的に手作りされたカカシの頭部のようだった。
「……これで明らかだろう」
感情のない無機質な声音で吐き捨てるようにプーさんは言い、猛獣の傍の男の子へ手を向けた。
猛獣が咆哮を上げ、男の子の前に庇うように出た。
ノイとAは無表情で猛獣を見ているだけで手を出そうとはしなかった。
ひなと私だけが猛獣の前に阻むようにして立つ。
「ストップ!ちょいストップ全然状況が分かんないんだけど!」
「邪魔だ」
「この猛獣は?敵なの?呼んだのは猛獣なんでしょ?だったら……」
「退け」
そもそもなんで下層の正装なの、と問うより前に、プーさんが閃光を私とひなに向かって飛ばした。
プーさんの攻撃は、敵味方問わずに当たる。本人も分かっていて、今明らかに攻撃した。
え、ちょっと有り得なーーー……と吹き飛びながら思った。あさかが咄嗟に重ねて結界を張ったおかげで、無傷だったけれど。
猛獣にも結界を張ったのか、次に放たれた閃光は猛獣をすり抜けて男の子に当たった。直撃だった。
男の子の顔が割れた。もう、グロいを通り越して何が何だか分からなかった。目の前で、小さい子供の頭が割られた。しかも自分の守護がやった。
抗議しようと立ち上がったが、あさかの結界で前に進めなかった。
こっちに来ないで、とジェスチャーで言っていた。
嗅覚の優れたひなが、何かを感知したような顔で倒れた男の子を凝視した。
「あ、やばい」
自然とひなが言葉を零したのと、男の子の割れた頭から何かが出てきたのは同時だった。
正直、何とは言えない。色々な形状の霊体を見てきたが、あんな姿は見たことがなかった。アニメや漫画、ゲームでも見たことがない。
もしかしたらクトゥルフ神話とかその辺には登場するかもしれないが、もはや何処が頭で何処が胴体なのかも判別出来ない化け物が、小さな頭から這うように出てきた。
「……随分と野蛮な登場ねぇ。もう少し綺麗な挨拶はできないのかしら」
のんびりと声がした方を見やると、既に屍と化したヒステリック女の上に腰を下ろし、女の生首をハンドバッグのように適当に振りながら悠長にこちらを眺めるMariaの姿があった。
「おや、お珍しい。あまり遊ばなかったのですか」
「遊ぶまでもないわ、すっかり消耗していて相手にならないもの」
Aの言葉に、つまらなさそうに溜め息を吐く。
「ではこちらで御一緒に遊びますか?」
「……やめとく。生首が逃げないように見張りが必要でしょ?」
Mariaの足元では、蜘蛛達がヒステリック女の首から下だけになった屍を喰っていた。
その間にも、男の子の外見を破るようにして出てきた化け物が全身を顕にした。
白い猛獣は飛び退き、あさかの隣へと移動していた。あさかの影を伝ってゼツが上半身だけを影から覗かせている。
「……まだ外面被ってんだよなぁ」
大して興味もなさそうに呟いたノイが、空間に球体を出現させて吹き飛ばした。あれに当たると空間ごと爆ぜる。
その一撃を皮切りに、一斉に守護達が全員で襲いかかる。白い猛獣も最初こそ躊躇っていたようだが、応戦し始めた。
Mariaはそれをつまらなさそうに眺め、ひなは飛んできた攻撃を弾き返していた。
私はというと、全くもって何が何だか分からないまま岩陰に隠れて様子を伺っていた。
この状況で「私も!」と乱入すれば、確実に不機嫌なノイかプーさんにまた弾き飛ばされる気がした。
理由は分からないが、ノイの機嫌が寝起きより遥かに悪かった。触れぬが仏、とはまさにこのことだ。
正直めちゃくちゃ帰りたかった。
そういえば私、今日3連休中なんだ。2日目で、日曜。買い出しもまだ行ってない。卵の安売りは今日だから行かなきゃ。休みだから娘とゲームもやるって約束だったんだ。
確実に今考えるべき内容ではないが、もう現実逃避で自分を誤魔化した方がいいなと思った。
もう、疲労の限界だったんだと思う。
どれくらい経ったか知らないが、やがて周囲が静かになった。吹雪はいつの間にか止み、曇り空が広がっていた。
正門どころか周りの建物も崩壊していた。Mariaが大きな欠伸をひとつして、「終わった?」と呟く。
「ああ」と短く返したノイの片手に、今にも消えそうなほど弱った骨ばった細い女の首が収まっていた。あの男の子の面影は微塵もない。
いつ何処から女が出現したのか全然分からないが、多分それこそがあの化け物の中身だったのだろう。
ノイがいつになく無愛想で、プーさんはそれを面白そうに茶化す。格好つけているのではなく、本当に心底機嫌が悪い様子だった。
手も足も変な方向に折れた女は、悔しそうに何か異国語で怨念みたいな言葉を終始呟いている。鬱陶しい様子でノイが女の腹を蹴ると、それっきり気絶したように静かになってしまった。
「悪いけど、俺らこの後下層の仕事で忙しくなるから。3日くらい帰れないと思う」
「……分かった」
私の代わりにひなが息を切らして頷いた。相当な数の攻撃を弾いていたのが容易に分かる。
ノイはそのまま女を鷲掴みで連行し、正門の外へと出て行った。プーさんも剣先を振るって汚れを払い、鞘に収めてその後に続く。プーさんのついてきた目的は、最初からこれだったのだろう。
「私達も、お先に失礼しますね」とヒステリック女の生首をつまらなさそうに振り回すMariaを促し、Aも去っていく。
残されたのは、あさかとひな、ゼツと猛獣と私だった。
「……帰ろっか……」
あさかが疲れた顔で呟いた。ワフ、とゼツが賛成する。ひなに引っ張られ、私も立ち上がる。
何だか悲しげな雰囲気の猛獣にあさかが「……まあ……たまにあるよ、味方だと思ってた奴が裏切るとかそういうの」と励ますように言った。
「大ボスみたいなやつだったのは予想外だったけど……」
聞き取れるか否か、ギリギリの声音でひながぽつりと零した。
「……ここに残るなら自由にどうぞだけど、どうする?一緒に来る?」
私の問いに猛獣が少し目を泳がせた直後、急に氷の結晶のようなものが舞い、目の前にノイと同様に全身真っ白な容姿の人の姿が現れた。
目は、赤と金色だった。
「……待って。もしかして神様系なんじゃ……」
今更なひなのツッコミに、あさかは苦笑いしていた。
霊視で何を視たのか知らないが、確実にあさかは猛獣の強さやら格に気付いていたのだろう。
帰りの道中、ゼツがうちのツリーハウスでの決まりごとの説明をしていた。
こうやって、時々呼ばれた先で味方を連れ帰ってくることによって守護が増える。
生身に戻った私はさりげなく時計を見て泣いた。もう既に17時近かった。
3連休のうち1日が幽体離脱でさよならバイバイした。こんな日もあるさ、どころか私はこんなのがしょっちゅうだ。
「夜ご飯作るの面倒だな……適当にカレーにしよ……」
枕に突っ伏して独り言を呟いていると、S兄がすっ飛んできた。
「戻ったか!!怪我は?ゼツがいたから大丈夫か!良かった!」
他にも何か色々と言っていた気がするが「何があった?」と聞かれた時、何があったかあんまり思い出したくなくて「血と臓物と肉片がいっぱい飛んでた」とだけ伝えた。
S兄は「そうかぁ……お疲れ」と私の肩を叩いた。
「白い猛獣、ツリーハウスにいる?」
「ああ。ゼツが連れてきた」
「仲良くしてね」
「分かってる」
でも多分、気持ち落ち込んでいるだろうからあんまりどんちゃん騒ぎしないであげてね、と伝えてから、夜ご飯の支度に取りかかった。
久しぶりに刀いっぱい使ったな、斬撃いっぱい飛ばしたな、とカレーを作りながら考えていると、ふと人の姿の猛獣が隣にやってきた。
人の言葉ではないが、礼を言われたような気がする。
私じゃないよ、ほぼ守護だよ、最後仕留めてたの。
凄くファンタジーな内容かもしれないが、幽体離脱するといつもこんな感じだ。
場所によっては刀なんて使えなかったり、奪われたりもする。守護が全く来れない空間もある。
今日はゆっくり寝れるといいな、なんて執筆しながら考えてふと時計を見たら、もう夜中の3時になる頃だった。
昼夜逆転してるじゃねえかこの野郎、と誰にとは言わないが、だんだん腹が立ってきた。
明日こそ、ちゃんとゆっくり眠れますように。
ーーーーーーーーーーー
翌朝、申告通りノイとプーさんはまだ帰ってきていなかった。
Mariaは夫側の守護に自身の夫がいるため、何か伝言をしに行っていたようだったが、途中でAと一緒にこちらへ戻ってきた。
「あれは何だったの?」と聞けば、Mariaが言葉を選ぶように言った。
「私達が別件で結構前から動いていたのは知っていたでしょ?昨日仕留めたあの女をずっと探してたのよね。あそこ結界があったじゃない?あれ、外から中が見えなかったのよ。逃げ込むには丁度いいわよねぇ」
つまるところ、Maria達が以前仕留め損ねた敵が結界を盾にして逃げ隠れしていたらしく、プーさんが結界を割ったおかげで感知できたらしい。
以降はAに猛獣の言い分を通訳してもらったのだが、猛獣とMaria達が追っていた奴は最初こそ無関係だったようだ。
ただ、住人の中に自分の同胞(おそらくニタニタ顔の男だろう)を混ぜ、自身が住みやすい環境に変化させたようだ。
猛獣の視力を奪ったのもヒステリック女で間違いなかったようだ。元の住人は猛獣と、あの途中から変化してしまった男の子だけだったという。
男の子は猛獣が各地を転々と移動している最中に手負いだったところを拾い、そこからずっと世話をしてきたようだ。
人の年月でいうと50年以上一緒にいたようで、その間男の子に変化はなかったという。
その手負いの男の子は、Aが言うにはおそらく下層から逃亡してノイ達が長年追っていた奴だったのだろうということだった。
プーさんがあのぬいぐるみに化けれるように、下層の連中は真の姿が全くの別物ということが多々ある。
猛獣は何も知らず、容姿が傷だらけの小さな男の子だったことから可哀想に思い、自身の作った安全な空間に招き入れ匿ってしまったようだ。
ノイが相当不機嫌だったのは、自分達の獲物であり敵対している奴を長年匿っていた猛獣に対しての怒りと、何も知らず悠長に猛獣を援護しようとした私への腹立たしさだったのかもしれない。
と想像していると、Aがぼそっと「ノイのあの態度は元々あれが仕事モードなのかと」などと呟いた。下層では常にあんな態度なのかと、思わず頭を抱えた。
プーさんが2度目の幽体離脱でついてきた理由も、私が1度は生身に戻ったことで、追っていた奴の気配なのか匂いなのか、何かしら身に纏っていたのではないかと思う。
それでプーさんは影を伝ってゼツと援護という名目でさりげなく同行し、獲物を探していたのであれば、正直納得だ。
プーさんが獲物を見つけるまでの間に、ノイが戦闘時に備えてひなとあさかを呼んで正門の所でスタンバイしたのだろう。
そして猛獣自身も荒れに荒れたあの空間に住み着く気はなかったようで、すんなりとゼツに続いてツリーハウスで色々と手続きをしていた。
私が変な呼ばれ方をするのは、半分は私の霊力のせいだが、半分は守護が多過ぎるせいだと思う。だって、私を呼べば芋ずる式で最強メンバーも一緒に呼び込める。
呼び込んでしまえば、私に敵対さえしなきゃ味方として動いて解決してくれるのだ。自身が攻撃出来ない相手だとしても、守護の誰かしら攻撃が当たる。
傍から見たら私はとても便利な呼び鈴なんだろうなと思う。
しかしまあ、その度に休日を潰されるのは、大変遺憾である。
起きたら枕元に札束があってもいいんじゃないかと毎回思う。死後の死幣でもいい。時間外労働手当くらいは欲しいものだ。
余談だが、猛獣を連れて生身に戻った時、部屋で黒兎がひたすら足ダンを繰り返していた。
動物の本能的に、自分よりデカい肉食系の動物の気配を感知したのかもしれない。
猛獣が部屋からツリーハウスへ移動しても少しの間、耳を立てて毛を逆立てて威嚇していた。
そんな黒兎の様子を、猛獣は物珍しそうに眺めていた。