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第20話 ヘンタイメガネの変態たる所以(2)

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2023年10月20日

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「幾ヶ瀬ぇ―?」


「しかも有夏のこと、有夏チャンって呼んでたよね。身の程も知らず抜け抜けと……」


「何だよ。有夏のことは大抵のヤツが有夏チャンって呼ぶよ? おかしいだろが、幾ヶ瀬。中島はしょうもないヤツで、ホントにしょうもない友だちで、高校卒業してから一回も会ってないしょうもない奴なんだ。第一、アイツはしょうもない」


思いつめたようにブツブツ言い始めた幾ヶ瀬と、床に転がったスマホを見比べ、有夏チャンは小さくため息をついた。


子供っぽくダダをこねる有夏チャンを、ヘンタイメガネがデレながら宥める光景はよくみるけど、今回のコレはちょっと険悪な感じだ。


それにしても見知らぬナカジマよ。

あの有夏チャンに「しょうもない」を連呼されて、何だか哀れな奴だな。

あの有夏チャンに「バカ」とも連呼されていたな。どうにも哀れな奴だ。


「有夏……」


「何だよ」


幾ヶ瀬がスマホを拾い上げた。


「ごめんね、有夏。勝手に解約して。また携帯買おうね」


有夏の表情が和らぐ。


明らかにホッとしたように見受けられた。


だがその顔は次の瞬間、凍り付く。


「有夏は俺とだけ連絡取れるやつ持ってりゃいいんだよ。他の奴と会ってちゃんと話なんてできるの? どうせ何も喋れないでしょ。隣りのクソビッチにさえウンとかウウンしか言えないくせに」


突然名前が出て──いや、名前じゃねぇけどな──盗み聞きしていたアタシは腰を抜かした。


同時に有夏が立ち上がる。


床を蹴るようにして玄関へ。


「有夏、どこ行くの!」


「うっざい! ついて来んな。キモいわ、死ね! 頭冷やせ!」


相変わらず語彙は乏しいが、押し殺した声に怒りがにじみ出ている。


玄関の扉が大きな音をたててバタンと閉まり、アタシの部屋の家具たちがまたびっくりして跳ねた。


アラヤダ、これって修羅場ってやつじゃね?




いやはや。


まったく勘弁してくださいよ。


アレはまさしく修羅場ってやつじゃないですか。


関係ないのにいつまでもドキドキして狼狽してるアタシ。


有夏チャンが出て行って3時間ほどが経っていた。


しばらく呆然としていたヘンタイメガネも、我に返ると慌てて飛び出していったのだが、今さっきすごすごと戻ってきたところだ。


どう言っていいか分からないくらいうなだれている。


心当たりを探したけど、見付けられなかったってところか。


心当たりっていっても元来が引きこもりの有夏チャンのことだ。


行動範囲は著しく狭い。


正直コンビニくらいしか思い当たる所がない。


アタシとしちゃ、ヘンタイメガネが仕事をほったらかして有夏チャンの捜索をしているところが、他人事ながら気がかりでならないんだが。


あの店、コックが何人かいるっぽいけど……大丈夫かいな、メガネのクビは。


「ま、アタシが心配したってしゃあねぇか」


自分に言い聞かせるように声に出して、覗き穴から離れた時のことだ。


突然、玄関チャイムがピンポンと鳴った。


ドンドンと扉が叩かれ、更にピンポンの連打。


「隣りの幾ヶ瀬ですけど! 聞きたいことがありまして!」


え? ヤベ。


アタシはうろたえた。


ノゾキがバレたに違いない。


小さな穴だ。


分かる筈ないと思っていたのに。


ああ、ついにアタシもム所暮らしか。


罪状ノゾキか。


親が泣くな。


「ちょっと! 居ないの!?」


ドンドンとピンポンは更に激しくなる。



「うぅ……」


仕方ない。


自首する凶悪犯の気持ちでアタシはドアを開けた。


すみませんでした、と言いかけた時だ。


ヘンタイメガネがアタシを押し退けて部屋の中へ侵入したのだ。


止める間もない。


無言で狭い部屋を見回し、キッチンスペースを確認し、お風呂とトイレまで見やがった。


「ちょっと、何するんですか。乙女の部屋を」


「誰が乙女……クソビッチが! ああ……すみませんね。まさかと思ったけど、一応確認したかっただけなんで。居ませんでした、はい」


今小っさい声でクソビッチって言ったな。


「誰か探してるんですかぁ? 同居してる胡桃沢さんのことですかぁ?」


「同居じゃない。同棲だ!」


一応気ぃ遣って「同居」って言ってやったのに、真っ向から言い切りやがった。


アタシは知ってるぞ?


正しくは同居でも同棲でもねぇぞ?


有夏チャンの部屋は別にあるんだから。


幾ヶ瀬による強制掃除が完了すると有夏チャン、自分の部屋に戻るじゃないか。

すぐに散らかしてゴミ屋敷に戻ってしまうんだが。


……悲しいかな、有夏チャン。

こう書くと、まるで本当にダメ人間みたいだ。


「胡桃沢さん、出て行っちゃったんですかぁ。さっきケンカみたいな大きな声が聞こえてましたもんねぇ」


おっとヤバイかな。怒らせちまうかな。


ノゾキがバレたわけじゃないとホッとしたアタシ、ちょっと大胆に出てみた。


「珍しいですね。胡桃沢さんが怒るなんて。いつも穏やかにお菓子食べて……」


あ、ヤバイと気付いた。


ヘンタイメガネが試合前のボクサーみたいに「フシューッ」と息を吐いたからだ。


「期限切れの菓子で有夏を餌付けしようったって、そうはいかないからな。この雌豚が」


「ヒィ。ごめんなさい……」


何てことだ、面と向かってメスブタ呼ばわりされた!

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