テラーノベル
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歪んだ中太が大好きです。
その瞬間、弾けた光は熱を帯びておらず、ただ無慈味に世界のスケールを書き換えた。 瓦礫の隙間に取り残されたのは、あまりに巨大すぎる黒外套と、その襟元から困惑したように顔を出す、縮んだばかりの小さな子供だ。
「……あ、」
唇から零れたのは、鈴を転がすような高い声。 太宰は自分の掌を見つめた。白くて、柔らかくて、まだ人生の重みを知らない小さな手。けれどその脳内には、暗黒時代の狡猾な記憶が克明に刻まれている。
(……ああ。これは、最高の「カード」だ)
太宰の瞳に、一瞬だけ大人特有の昏い光が宿る。 自分を探して必死に瓦礫を掻き分ける中也の足音が聞こえる。普段の太宰なら、その音にすら皮肉を投げただろう。けれど今は違う。
「……だざい! どこだ、返事をしろ!」
焦燥に駆られた中也の声。 太宰は咄嗟に表情を作った。潤んだ瞳、震える肩。何もかもを失くして、ただ目の前の男を頼るしかない、「無垢で不安定な子供」の仮面を。
「……だれ……? こわいよ、おにいさん……」
ひらがなをなぞるような、たどたどしい声。 その瞬間、目の前に現れた中也の顔が、見たこともないほど劇的に揺らいだ。
中也のセーフハウスは、今や「完璧な子供部屋」と化していた。 マフィアの幹部であるはずの中也は、首領に「特異点現象の経過観察」という名目の育児休暇を申請し、この数日間、片時も太宰のそばを離れない。
「ほら、太宰。こぼさねぇように食えよ」
ダイニングで、中也がスープをスプーンで掬って太宰の口元に運ぶ。 本来の太宰なら「自分で食べられるよ」と撥ね除けるだろう。だが、今の太宰は違う。彼は中也の袖をぎゅっと掴み、不安そうに中也を見上げながら、あむ、と小さく口を開けた。
「……おいしい。ちゅうや、ずっと、いっしょにいてくれる……?」
「ああ。……どっこにも行かねぇよ」
中也の手が太宰の頬を撫でる。その手つきは驚くほど優しく、壊れ物を扱うかのようだ。 太宰は、中也が「記憶を失い、自分を怖がっているかもしれない子供」を気遣って、その獰猛な本性を必死に隠しているのだと思っている。
中也が時折見せる、食い入るような視線。 それは「心配」ゆえの凝視であり、自分を保護しようとする「正義感」の表れだと太宰は解釈していた。
「ちゅうやの、おてて、あったかい……」
太宰は中也の掌に顔を擦り寄せた。 構ってほしい。もっと自分だけを見てほしい。 大人だった頃の太宰は、自分のメンヘラ気質な部分や、他者に依存したいという渇望を「冗談」や「心中志願」という煙幕で隠してきた。けれど、この子供の体は、それらを「純粋な甘え」として出力することを許してくれる。
(ふふ、中也は本当にチョロいな。私がこうしていれば、ずっと優しくしてくれる)
太宰は内心で嘲笑う。 中也の独占欲――それが、愛玩動物を閉じ込めるための「檻」の温度であることには、全く気づいていない。 中也が太宰の服を、自分の好みのもの以外すべて処分したことも。 寝る時に、太宰の足首にそっと自分の指を回し、逃げられないようにサイズを確かめていることも。 すべては「お世話」の一環だと信じ込んでいる。
「なぁ、太宰。……お前、俺が居ねぇと、もう何もできねぇよな?」
ふとした瞬間に、中也が耳元で囁く。 その声には、隠しきれない悦楽が混じっていた。 太宰の細い首筋に、中也の鼻先が埋められる。子供の体温を確認するようなその仕草に、太宰はただ、構ってもらえている喜びで胸を膨らませた。
「うん……。ちゅうやがいないと、だめ。……だから、ずっと、だっこしてて?」
太宰は中也の首に、細い腕を回してしがみつく。 中也の瞳の奥で、捕食者のような支配欲がドロリと濁ったのを、太宰は「深い愛情」だと思い込んで、満足げに目を閉じた。
記憶があることを隠して、中也をコントロールしているつもりでいる太宰。 太宰の記憶がないことを逆手に取り、一歩ずつ、着実に「逃げられない雛」に作り変えていく中也。
共依存の温床のなかで、二人は歪な幸せを噛み締めていた。 太宰がいつか元の姿に戻ったとき、この「甘い檻」の本当の形に気づくのか、あるいは、檻そのものを愛するようになってしまうのか。 それはまだ、誰にもわからない。
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