第19話 触れられた鼓動
陽の手がひよりの肩に添えられたまま、
夕方の風だけが二人の間を通り抜けていく。
ひよりの呼吸はまだ浅く、
胸の奥がぎゅっと痛んだままだった。
「ひより……無理に話さなくていいから。
ちょっとここ、座ろ?」
陽は近くのベンチを指さした。
強引じゃない。
でも、ひよりが倒れそうなのを見て、
自然に支えようとしている手だった。
ひよりは小さく頷き、
陽に導かれるようにベンチへ腰を下ろした。
座った瞬間、
張りつめていた緊張が少しだけ緩む。
陽は隣に座り、
ひよりの横顔をそっと覗き込んだ。
「……すごい勢いで走ってた。
何かから逃げてるみたいだった」
その言葉に、
ひよりの指先がびくっと震えた。
(……逃げてた。
思い出したくなかったのに……)
陽はその震えに気づいたのか、
声のトーンをさらに落とした。
「大丈夫。
俺、ひよりが落ち着くまでここにいるから」
その言葉が胸に触れた瞬間、
ひよりの喉がきゅっと締まった。
涙が出そうになる。
でも、泣きたくない。
泣いたら、全部崩れてしまいそうで。
ひよりは俯いたまま、
かすかに首を横に振った。
「……ごめん……陽くん……
ほんとに……なんでもないの……」
「なんでもなくないよ」
陽の声は優しいのに、
どこか揺るがない強さがあった。
「ひより、震えてる。
顔も真っ青。
“なんでもない”って言える状態じゃない」
ひよりは唇を噛んだ。
胸の奥がまた痛む。
でも、さっきとは違う痛みだった。
陽はひよりの手に触れようとして、
一瞬だけためらった。
そして、そっと指先だけを重ねた。
「触っていい?」
その問いかけに、
ひよりは驚いて顔を上げた。
陽は本気で、
ひよりの気持ちを優先しようとしていた。
ひよりは小さく、小さく頷いた。
陽はひよりの手を包むように握った。
温かい。
その温度が、ひよりの震えを少しずつ溶かしていく。
「……大丈夫。
ひよりが話せるときでいい。
今は、ここにいるだけでいいから」
夕日の光が二人の影を重ねていく。
ひよりの呼吸は、
ゆっくりと、少しずつ落ち着いていった。






