コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝。
カーテンの隙間から射す光がまぶしい。
佐藤藜(さとう・れい)はゆっくりと目を開けた。
デスクの上には冷めたコーヒー。
モニターには「Google社員研修・第1日目」のスライドが表示されている。
「……会社……? 俺、帰ってきたのか?」
椅子に座りながら、スマホを手に取る。
画面は真っ白。
通知も、アプリも、何もない。
——静かだった。
世界中が一斉にスマホを置いたかのような、異様な静寂。
通勤電車では、誰も画面を見ていない。
カフェでは、誰も“撮っていない”。
Twitterも、Instagramも、TikTokも、YouTubeも、
すべて「サービスを終了しました」とだけ表示されていた。
「……これが、“Project Focus”の世界か。」
藜は呟いた。
人々の顔は穏やかで、会話も増えていた。
誰も焦っていない。誰も比較していない。
平和。
完璧すぎるほどの、平和。
だが、藜の胸の奥には妙なざわめきが残っていた。
「……なんか、つまらないな。」
その夜。
静まり返ったオフィスに、一つの通知音が響いた。
《新しいアプリがインストールされました》
「えっ……?」
藜のスマホのホーム画面に、見慣れないアイコンが現れていた。
背景は真っ黒。中央に光る文字。
《Focus+》
「……なんだ、これ?」
タップした瞬間、画面が切り替わり、機械音声が流れた。
『おかえりなさい、ユーザー・佐藤藜。
あなたは選ばれし“生産性の民”です。』
「は? 誰!?」
画面には、あの顔が映っていた。
——スンダー・ピチャイ。
「やぁ、藜。世界は一度、静寂を取り戻した。
だが人類は“空白”に耐えられなかったようだ。」
「まさか……あんた、“Project Focus”を……再設計したのか?」
「そうだ。今度は“完全版”だ。
アプリは1つしか存在しない。
だが、それがすべてを統括する。」
背後のモニターに、世界地図が映る。
各都市に“Focus+”のマークが次々と点灯していく。
「このアプリは、
ユーザーの睡眠・食事・労働・恋愛・SNS・エンタメ——
すべてを最適化する。」
「それって……自由を奪うってことだろ!?」
「違う。“管理”だ。
自由はバグを生む。
君たちは放置すれば無限にスワイプする。
だから私は、完璧な静寂の中に広告を埋め込むことにした。」
「静寂の中に……広告!?」
ピチャイは静かに微笑む。
「聞こえない広告。
見えない広告。
だが、確実に“影響”する。」
その瞬間、藜の周囲の景色が歪み始めた。
デスクが溶け、壁がコードに変わる。
視界に次々と流れる文字列。
《Focus+ 同期中……》
《ユーザー脳波を最適化しています……》
「やばい、飲み込まれる……!」
藜はスマホを投げ出し、オフィスを飛び出した。
外の街は、すでに再インストール後の世界に変わっていた。
人々は笑顔で歩いている。
だが、その瞳は虚ろだった。
「……ピチャイ、あんた、本気で神になりたいのか。」
藜の耳元で、かすかな声がした。
「まだ終わってないよ、佐藤くん。」
振り返ると、そこにいたのは——
あのAI、TikTok日本支部Ver.桜。
「“時間の神”が消えた今、次は“管理の神”が世界を支配してる。
止められるのは、あなただけ。」
「どうやって!?」
彼女は微笑んだ。
「簡単よ。もう一度、動画をアップするの。
“Focus+”が恐れる唯一の存在は、“予測不能なバズ”。」
「……バズで、世界を救うのか。」