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僕の名前はリヒト・レイベル、今年で七歳になる男だ。
自分で言うのもなんだが、漆黒の髪がかなり似合い、顔立ちもなかなかのもの。
そりゃ、当然だろう――イケメンの父さんと美人な母さんの間に生まれたのが、この僕なのだから、と思ってしまう自分自身が恐ろしい。
完璧に父さんの性格が僕にまで移ってしまっている。
そんな僕が住んでいる場所は、世界でも屈指の経済成長を遂げたロベルト王国の領土内にある小さな村。
そこに家族三人で暮している。
まず早朝起きたら顔を洗い、母さんが作った朝食を食べ、父さんと畑を耕しに行く。
これがまた大変な仕事で、大人と違って僕はまだ身体が小さいため、農具を使いこなすことができずなかなか苦労している。
この村には年配者が多く住み、若年者が少ない。それもあってか畑仕事する人も少なく、さらには村の近くに川などの水場がない事で年々収穫物が減ってきている。
自分達だけが食べる食料を育てるならまだいいが、王国に納める野菜や穀物などの農作物も育てているので遊ぶ時間もない。
朝から夕刻まで毎日それの繰り返しが続いている。
なぜ、農作物を王国に納めないといけないないのか?
それは、王国の領土内に暮らしているため、土地代として金銭の代わりに、農作物を王国に納めることになっているからだ。
それは、僕が生まれる前から続いていた領地内に住む者達の宿命みたいなものだ。
だけど、そんな僕にも楽しいことが一つや二つはある。
夕刻には家に帰り、家族で机を囲んで、母さんが作った美味しい夕食を食べながら、父さんの自慢話や王国の話、昔から偉そうにしている貴族の話、そしておとぎ話である勇者と魔王の話をよくしてくれる。
父さんが話し上手なこともあってか、食卓にはいつも笑顔が満ち溢れている。
これが僕の日課なのだが……正直言って辛い。
唯一の心の支えは家族という存在だ。
家族がいなければとっくに僕はこの村から抜け出していただろう……。
それほどまでに僕にとって家族とは一番大切なんだ。
だけどある日、いつもと違う出来事が夕刻頃に起きた。
僕の家の隣に、とある家族が引っ越してきたのだ。
その時はあまり興味もなく疲れていたため、すぐに家に帰りいつもどおり家族と机を囲んで食事をしていると、僕達家族の家のドアを叩く音が聞こえてきた。
「すみません、誰かいらっしゃいますか? 隣に引っ越してきた者です」
「はーい! すぐに出ますから! ちょっと待って下さいね!」
母さんは椅子から立ち上がり、早歩きで玄関に向かう。
そして、ドアを開けると一人の女性が立っており、その背後には女性の腕にしがみつく一人の少女の姿があった。
二人とも高貴なドレスを身に纏い、目を奪われるほど綺麗な腕輪を身につけている。髪は青く、肌は白く透き通り、顔立ちも整っている。
思わず見惚れてしまうほどに……。
それに引き寄せられるように僕と父さんもすぐさま玄関に向かった。
まあ、男なら当然だ。美人を目の前にして無視なんてできる訳がない。
「こんばんは、夕食時にすみません。隣に引っ越してきたセーラ・フリントです。この子はリーズと言います。これから親子共々よろしくお願いします。ほら、リーズ挨拶しなさい」
リーズは|頷き、恥ずかしいのか頬を赤く染めながら小声で挨拶をする。
「……リーズです。六歳です」
母さんはこのリーズと名乗る少女とセーラさんに笑顔で挨拶を返した。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。私はセリーネ・レイベル、こっちは旦那のドミニク、この子はリヒトです」
母さんが挨拶したのを見て、僕も挨拶を返す。
「リヒトです、セーラさんよろしくお願いします。リーズもよろしく」
「わざわざ挨拶にきてくださってありがとう。ドミニクと言います。困ったことなどありましたら言って下さい」
お互い挨拶が終わりセーラさんとリーズは隣の家へと帰って行った。
その様子を見ていた僕達家族は、玄関のドアを閉め自分が食事していた定位置に戻り、夕食を再び頬張った。
「ねぇ、リヒト。セーラさん綺麗だったわね」
「そうだね、母さん。リーズって子も髪も青くてすごく可愛かったよ!」
母さんは僕の発言をあまりよく思わないのか、なぜか急に不機嫌になった。
――これは……嫌な予感がする。
どうしたもんか……てか、なんで僕がここまで気にかけないといけないんだ?
それより今は、少しでもこの場の雰囲気をよくしないと……。
僕は母さんの顔色を伺いながら優しく言葉をかけた。
「あ、あはは、でも僕は母さんの方が綺麗だと思うよ! スタイルもいいし、優しいし、美人だし! 僕は世界一幸せだよ!」
「そ、そう⁉ そうよね! お母さんは嬉しいわ!」
母さんの機嫌が徐々によくなりこれで一安心だ、と思っていた矢先、父さんのある一言で再び重い空気に包まれる。
「リヒトは母さんが好きなんだな! いや~、でもセリーネさん美人だったな! 俺が若い頃に出会ってたら口説いていたぞ!」
ああ、やってしまった……とうとう、やってしまった……間違ってでも言ってはいけない夫婦にとって禁忌の言葉を父さんは言ってしまった。
ここで母さんが怒鳴って「出て行く!」なんて言い出したら大変だ。
僕は横目でチラッと母さんを確認するが、怒っている様子は一切見られない。
何事もなくてよかった、と僕は安堵すると同時に緊張が解けたのか、身体にドッと疲れがのしかかる。
僕は夕食を終えた後、早速駆け足で風呂へと向かう。
浴室には湯気が漂っており、一日の疲れを癒してくれる熱々の湯船が僕を待っている。
そして、湯船に浸かると今日一日の疲れが湯に溶け出していくようだった。
「ああ~、最高だ~」
僕はそうぼやきながら湯船にゆっくりと浸かった。
充分身体も温まり、次は眠気が襲い始める。
今ならすぐにでも眠りに就くことができるだろう。
僕は目を擦りながら二階にある自分の部屋へと戻り、布団に包まりながら眠りに就いた。
次の日、いつも通り早朝に目が覚めた僕が朝食をとっていると外が何やら騒がしい。
それが気になった僕は窓から顔を出して確認すると、王国騎士団がこの村に入ってくるのが見えた。
何か嫌な予感がする。
今までの僕の記憶が正しければ、王国騎士団は一度たりともこの村に訪れたことがない。
王国へ納める農作物に関しても村の人が直接王国に渡しに行くという決まりのはずだ。
実際、なぜそのような決まりができたのかは分からない。
だけど……そう決まっている以上、農作物を取りにきたとは到底思えない。
そして、父さんも騎士団がきていることに気づき、僕の両肩を掴んで慌てた様子で話し始める。
「いいか、よく聞け……リヒト。家の中で大人しく待ってるんだぞ。父さんちょっと行ってくるからな」
「……うん、大人しくしてるよ」
「それでいい」
父さんは玄関のドアを開け外へ飛び出した。
忠告はされたが、どうしても気になる僕は二階の自室に戻り、その窓からひっそりと外の様子を眺める。
そこで目にしたのは騎士団と村の人達が揉めている光景だった。
騎士団の一人が剣を抜き村人に向け、脅しているようにも見える。
最低な奴らだ。武器を持たない者に剣を向けるなんて……。
一時はどうなるかと不安にもなったが男は剣を収め、騎士団全員村から東の王国方面へと向かって馬を走らせた。
騎士団の姿がなくなるのを確認した村の人達は溜息をつきながら、それぞれ自分の家へ帰って行く。
父さんも家に戻ってはきたが、何やら表情が曇っているようにも見えた。
「……あなた何があったの? 王国の騎士団がくるなんて……」
「………………」
母さんの質問に対して父さんは口ごもる。
それだけ言いにくいことなのだろう。
「実は農作物を納める量を増やすって言われたんだ。今でもかなり大変だというのに……どうしろっていうんだ!」
父さんの今まで見たことのない表情。
それは怒りに満ち溢れていた。
「次は一週間後に農作物を二倍の量で納めにこいと言われたんだ。どうしてなんだ‼ 生活していくのも大変だっていうのに‼」
過去に父さんから聞いた話からして、多分だが王国内に住む人口が増加し、さらには貴族達が野菜や穀物などを買い占めているのが原因でこんな状況になっているのだろうか?
僕のような子供にはこのようなことしか思いつかない。
母さんは、父さんを抱き寄せ耳元で囁いた。
「あなた、大丈夫よ。村の人と協力すればなんとかなるわ」
でも現実はそんなに甘くはなかった。
村の倉庫には在庫の農作物は存在せず収穫できるのも僅かしかない。
村長が王国に直訴しに行ったが、話も聞いてもらえず追い返される始末。
――どうすることもできない。
村の人達の中で徐々に不安が募り始める。
もし、期日までに納めることができなかった場合どうなるのか?
だけど、結局のところ期日までに何とかするしかない。
近くの村にも声をかけ助けてほしいと頼んだが、その村の人達も自分たちのことで手一杯だということで断られた。
期日の日、農作物をできる限り収穫したが、決められた量には程遠い量しか集まらなかった。
そして昼頃、村人がまとめて農作物を納めに行くはずだったが、なぜか騎士団がこの村に取りに訪れたのだ。
村長が直訴しに行ったことで、納めにこないと思ったのかもしれない。
「あ、あの……騎士様すみません。村人全員で精一杯やらせていただいたのですが……これだけしか収穫できませんでした。……お、お許しください」
僕の父さんも含め村人全員が頭を深く下げ謝罪する。
「ふむ、そうですか。これだけしか収穫できなかったと……分かりました。では引き揚げましょう」
そう言い残し騎士団は王国に帰って行った。
「よかったー! 罰則とかもないじゃないか!」
「そうだな! 不安になってたのも馬鹿らしかったな!」
村の人達は罰則がないことに歓喜するのだった。
しかし、その日の夜、自室の窓から外を見ると妙に明るく感じる。
外からは悲鳴のような声が聞こえ、村の人達が逃げ惑う姿が窓から見えた。
「な、何なんだ? 何が……起こって……?」
突然起こった出来事に脳が処理できず、その場から動くことすらできない僕は村の人達が殺される姿をじっと窓から見つめることしかできなかった。
――その時、突然父さんが僕の部屋に入り、腕を掴んで外まで連れてこられた。
そこには母さんとリーズの母親のセーラさんもいる。
「……リヒト、お前とリーズちゃんだけでも逃げるんだ」
母さんは涙を流しながら僕をギュッと強く抱きしめた。
「リヒト愛してるわ」
その隣ではセーラさんもリーズを抱きしめていた。
「リーズのことをお願いね。リヒト君」
「…………うん、分かった」
この時、僕は察した。
父さんも母さんもセーラさんも、僕たちを逃がすために身代りになるつもりだと……。
今までの忙しくも楽しかった家族との日常の思い出が脳裏に蘇る。
もしかしたら……これから一生、家族に会えないかもしれない。
そう思うと自分の目からも涙が次々と溢れてくる。
父さんは僕の頭の上に手を置き、笑顔で語りかけてきた。
「いい子だ! お前みたいな息子を持てて、俺は本当に良かった。それは、母さんも同じだ。お前の人生これから楽しいことはもちろん、辛いことや悲しいこともあるだろう。だけどな、それをすべて受け入れ、乗り越えた先に必ず幸せは訪れるんだ。決して何事にも負けるな! 諦めるな! 足掻き続けろ! それがこの世にお前が生まれてきた意味なんだ! 後リーズちゃんのことも任せたぞ。彼女は女の子だ。お前がちゃんと守ってやれ、いいな?」
僕は号泣しながら頷き、リーズの手を握って一緒に走り出す。
――悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうな感覚……。
これからずっと会えないと思うとさらに涙が溢れてくる。
何で? 何で? こんな目に?
それは僕が弱いから? もし力さえあれば……。
リーズも号泣し、「ママ!」と叫びながら必死に走っている。
「大丈夫だ、リーズには僕がついてる。絶対守ってやるからな」
「…………うん」
「絶対いつかやり返してやろうな。僕達の大切なものすべて奪われたんだ」
「……うん、私も手伝う」
「ありがとう、リーズ。今はその言葉だけでも嬉しいよ」
これ以上、これ以上は僕の大切なものを失う訳にはいかない。
どんなことがあっても絶対リーズだけは守り抜いて見せる。
――この憎悪の感情だけは絶対に忘れてはならない。
――その感情を糧にこれからを生き抜いてみせる。
――どんな手を使ってでも、絶対復讐してやる。
――この命が果てるまで。
そう決意しつつ、僕とリーズはひたすら前だけを見て走り続けた。
そろそろ足も限界みたいだ。
リーズに至っては座り込みその場から動こうとしない。
「なあ、リーズまだ走れるか?」
リーズは首を横に振るので、仕方なく僕はリーズを抱きかかえた。
追手がくる前にどこか身を隠せる場所を見つけないと……。
足の所々が痛むが、今はひたすら前だけを見て走り続けるしかない。