祐希Side
 
 首元にもたれかかる智君の肩が震えている。さっきまでキスをしていた唇が今度は鎖骨辺りを彷徨うのと同時に、微かに痛みを伴う。
 
 「智君?」
 「‥印‥」
 「えっ?、」
 「‥俺もつけたくなったから。キスの跡なんて、数日経てば消えるだろうけど‥」
 消え入りそうに呟きながら、唇を寄せた部分を指でなぞる。涙は止まったようだが、時折寂しいと身を寄せる彼を‥俺は突き放せずにいた。
 かと言って、抱きしめることも出来ず‥
 
 こんな中途半端な想いが、この事態を招いてしまったのに。
 
 
 
 
 
 ‥そんな時、
 ふと‥インターホンの音が静かな部屋に鳴り響く。その音に反応するのと同時に、
 
 「‥行かないで!」
 俺にしがみつく智君が、ギュッと腕に力を込める。
 「大丈夫、また戻るよ、」
 今日は一緒にいると約束したから‥そう伝えるが、何故か震えて離れない彼を、それでも何とか説得し、離れてもらった。そんな俺を泣きそうに見つめる瞳。
何をそんなに怯えているんだろうと、不思議に思ったが‥
 
 来客者を見て理解した。
 
 
 
 「太志!?」
 慌てて玄関を開ける。
 
 ドアを開けた俺を、鋭い目つきで睨む彼の視線に驚き声をあげてしまう。
 「どうしたんだよ!?」
 「どうしたじゃねぇだろ!俺、忠告したろ?大変なことになるって。」
 「大変な事って‥」
 言いかけて気付く。太志の後ろに‥俯く藍がいた。
 
 「藍!?」
 咄嗟に駆け寄ろうとするが‥そんな俺の前に太志が立ち塞がる。
 「太志!?なんで?」
 「そんなに藍に会いたい?なら、なんでもっと大事にしてやらないわけ?話は聞いた‥藍から。お前‥俺の忠告聞かないから、こんな事になってんだぞ、分かってる?」
 
 強い口調。太志がこんなにも怒りを露わにするのは、初めてなんじゃないだろうか‥。
 
 「‥分かってる、全部俺の責任だ‥藍、ごめん‥」
 太志の後ろにいる藍に声を掛ける。が、返答はない。顔を見たくて覗き込むが、目の前の太志がそれを阻止する。
 「ごめん、太志、藍と話がしたい」
 
 「もちろん、そのつもりで連れてきたけど‥あのさ、今もしかして、智君いる?」
 
 キョロキョロと辺りを見渡していた太志の視線が‥玄関先の靴を見て止まる。
 「‥‥いるよ‥‥」
 
 「まだいるの?お前ら、昨夜から一緒なんだろ?はぁ‥あのさ、一つ聞いていい?」
 
 
 「なに?」
 「お前は、藍と付き合ってるんだろ?なのに、なんで智君といるわけ?まどろっこしいの嫌いだから単刀直入に聞くけど‥智君とも付き合ってんの?」
 
 「いや、まさか!」
 
 「そうか。それなら、これは嫉妬でも何でもない。裏切り行為って事なんだな、」
 「俺は藍を裏切るつもりは‥」
 「祐希、お前は裏切ってるよ。それは事実だろ?俺、言ったよな?藍を泣かせるなって。それがこの有様じゃん。藍は泣いてたぞ‥」
 「‥‥‥ごめん‥‥」
 「俺に謝ってどうすんだよ。‥まぁ、この後は2人で話し合ってみたら?‥本当はお前のこと一発殴りたいところだけど、藍が嫌だって言うから、やめとくわ。藍に感謝しろよ?」
 
 「ああ‥分かった。太志、ありがと」
 「別にお前のためじゃないからいいけど。で?智君呼んできてくれる?話し合う時にいたら邪魔になるだろ?」
「いるよ‥」
 太志が言い終わらないうちに、智君の言葉が被さる。
振り向くと、いつの間にかこちらにやって来て俺の腕にしがみついてきた。
 「智君、悪いんだけど‥俺と一緒に出ようか?」
 「ごめん‥出ていくつもりだけど‥その前に‥話がしたい‥藍と‥二人っきりで」
 太志の言葉にそう話す智君は‥俺にしがみつきながら、じっと藍を見つめている。
 「いや‥それは‥」
 「太志さん、俺、ええよ。智さんに聞きたいことがあるし‥」
 それまで語らず黙っていた藍がぐいっと前に進み出る。
一瞬目が合うも、すぐに逸らされてしまった。
藍の目線は、智君に移っている。真っすぐに‥
 
 「2人が話したいなら、それでいいかもな。じゃあ、祐希、俺等は別のとこに行こうぜ」
 
 二人きりで‥その意向を汲んで、太志と二人、別の部屋に行くことにした。智君は、去り際に俺の腕を強く掴んだが、藍は一切こっちを見ることなく智君の後を追って行ってしまう。一度もこちらを見る様子はなく‥
 
 
 もしかしたら、藍の気持ちはもう‥
 
 
 
 
 
藍Side
 
 リビングへとやって来た。相変わらず整理整頓されているが、先程まで2人がここに居た形跡らしきものを見つけてしまい‥思わず顔を逸らしてしまう。
 
 そんな俺を見て笑みを漏らす智さん。先輩と知りながらも思わずその表情を睨みつける。
 「何が可笑しいんすか?」
 「いや、ごめん。あまりにも凄い顔してたから。さっき、祐希と会ったときは無表情だったくせにって思ってさ‥」
 
 「‥‥‥‥」
 
 「関心無さそうだったじゃん?祐希に対して。諦めてくれたのかなって思ったんだけど?」
 「‥‥‥‥」
 「諦めてくれる?俺はそっちの方が都合がいいんだけど?」
 「‥話したい事ってそれなん?悪いけど、諦めるわけにはいかないんで‥」
 「諦めないんだ?祐希の事、無視してるように見えたけど」
 「祐希さんは‥後で2人で話すから‥」
 咄嗟に言い訳をしたが、本音は見れなかっただけだ。祐希さんの顔を見てしまったら、冷静ではいられない。きっと、みっともないぐらい泣き喚いてしまうだろうから‥
 
 「そっちは余裕っすね、さっきから祐希さんの腕を握ったりして‥」
 「ははっ、余裕?俺が?‥何にも分かってないんだな‥
 いつだって、余裕なんてなかったよ。あるわけがない。
 祐希を好きになって、でも‥報われなくて‥。
 そうだよな、祐希に愛されてるお前には分かるわけないよな。
 どうにかして一緒にいたいって気持ちなんて。
 今日だけでもって思う気持ちも。
 ずっと、ずっと、愛されて当たり前だって思ってるお前には一生わかんないよ! 」
 吐き捨てるように言い放つ智さんの瞳からは大粒の涙が溢れていた。
 「‥別にお前から祐希を奪えるなんて思ったことはないよ。結ばれるなんて‥ありえないって。だから、俺には今日しかなかったんだ!今日だけは‥祐希も俺といてくれるって言ってくれたのに‥。お前がそれを壊したんだ!」
 「壊す‥?壊したんはそっちやろ!俺やない!元々、祐希さんと協力してたんは智さんなんやろ?それで好きになったなんて‥自業自得やん!」
 ぶつけられる言葉に俺もカッとなり言葉が荒くなる。でも、本音だ。
 「ああ‥そうだよ、俺が勝手に好きになったんだよ!仕方ないじゃん、気付いたら好きになってたんだ。でも、案外祐希も求めてたんじゃないかな‥」
 「は?なに、言ってるん?」
 「昨夜の話だよ!酔った祐希にキスしたら‥すぐ応えてくれたし‥見る?俺の身体、跡があるから‥」
 「見たない!そんなもん‥」
 智さんが上着に手を掛けるのを見て、咄嗟に顔を背けたが‥
 見えてしまった、確かに‥跡があるのを。
 情事の後だ‥
 吐き気がする‥。
 「見ないの?祐希が残してくれた跡なのに‥残念」
 「智さん‥性格悪いっすよ?」
 「いいよ、別にどう思われたって構わないし‥。これが本音なんだ。失うものはないし‥」
 
 「失うものはないって‥、小川さんは?」
 「小川には明日伝える‥さっき、連絡したから。全部正直に伝える」
 そう告げる智さんの表情は真剣だった。
 「小川さん、許さんかもよ‥?」
 「忠告どうも。小川が許さないならそれを受け入れるだけだよ、覚悟は出来てる。」
 全てを失くしてもいいと思っているんだろうか。
 強い眼差しにはそれだけの覚悟が確かに見えた気がした‥。
 
 
 でも‥‥‥
 
 俺にだって譲れないものがある。
 
 「智さんの覚悟は分かった。でも‥俺も祐希さんが好きやから‥離れたくない。これからも一緒に居たいっ」
 
 「俺と1晩寝たとしても?」
 「‥それは‥正直腹が立ってる。二人とも殴りたいぐらい‥でも‥」
 そうだ‥言葉にして気付く。それでも、俺は祐希さんが好きなんだと。
 「悔しいけど、好きな気持ちは変わらんみたいやから。祐希さんが俺を選んでくれるなら一緒にいたい」
 迷いはない。正面から智さんを見つめ、気持ちをぶつけた。
そんな俺をゆっくりと見つめた後、不意に視線を逸らしボソリと話し出す。
 「そっか‥うん‥そう‥」
 俯いた姿勢のまま、何度も頷く姿は‥まるで自分自身に言い聞かせているようにも見える。
 
 
 「‥して‥ないよ‥」
 「えっ?」
 あまりにも声が小さく、聞こえない‥
 「俺‥やってない‥」
 「やってない?なにを?」
 「‥‥祐希と‥やったって言ったけど‥あれ‥嘘‥」
 
 「えっ‥‥‥‥?」
 
 俯いていた智さんが、ゆっくりとこちらを見つめたとき‥
 
 そのときの表情を俺は忘れないと思う。
 
 
 嘘をついた罪悪感からなのか、
 
 それとも、
 
 祐希さんを繋ぎ止めていたものを無くしてしまうからなのか‥
 
 俺にはわからないが、
 
 ただ静かに泣いている智さんを
 
 見つめることしか出来なかった。
 
 関係を持ったと嘘までついても、欲しかったのだろうか‥
 
 祐希さんとの繋がりが‥
全てを無くしても構わないと思うほどに‥
コメント
9件
嘘なん?!まんまと騙されましたわ😅祐希許さんぞ、酔ってたとは言えあんなに可愛い恋人が居るのに智さんと寝たなんてと思ってたのに😭祐希と藍くんはどうなるのか続きが楽しみです!
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! もう感情がおかしくなりそうです、藍くんが可哀想過ぎて仕方ないですね

らんくん泣きたいと思うのに頑張って戦ってえらいよ😭