テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
13ed1
130
まろ
29
まるちゃ
37
#初体験
二十年以上昔の話です。
私の家からそう遠くない場所に、一軒の廃屋がありました。二階建てで庭の広い、昔ながらの、というより一昔前はそんな家ばかりだった頃の馴染み深い普通の家です。
住宅と畑ばかりが広がるなんの変哲もない地域でしたが、その建物は妙に薄暗く、鬱蒼とした気配を与えていました。
実際庭のみならず塀や門にまで葉が生い茂り、一種の要塞のようでもありました。当然門は蔦まみれで通行することは適いません。塀に取り付けられたポストから、山のようなチラシが顔を覗かせているだけでした。
大人になった今でも不気味に感じられるのですから、小学生たちの間で様々な噂が飛び交っても、なんら不思議ではありません。廃墟探索が違法行為になると知ったのも大人になってから。当時はそんなことを知る由もなく、好奇心ばかりがそこにはありました。
あるとき同級生の一人が、あの家を探検してみよう、と言いだしたのです。場を盛り上げるのが上手で、いつも面白い遊びを提供してくれる男の子。仮に七々原君としておきます。
放課後は大抵昼間の続きをして遊びますが、その日は一通り遊び尽くした上に新しい遊びも思いつかず、皆して木の根に腰をおろしていました。
「良いじゃん! 行こう、行こう!」
「えー、やだよお。なんか不気味じゃん」
七々原君の提案は一瞬でその場を湧き立たせましたが、私はあまり乗り気ではありませんでした。
何故なら親がそういったことに厳しく、ましてや怪談話に絡むものに近付けたがらなかったからです。とはいえ、私自身怖い話は好きでしたので、いつもこそこそと隠れながら本などを読んでいました。
ただ、それを抜きにしても、その廃屋探検は億劫でした。なんだか嫌な感じがするその建物には、あまり近付きたくなかったのです。
『その場所に行きたくないと思ったら、絶対に行かないこと。いい?』
母親の言葉が頭をよぎりました。七々原君には悪いけど、今回の遊びは抜けさせてもらおう。そう思ったのも束の間、私は探検組に手を引かれ、待機組の二人に見送られていました。
「ちょっ、ちょっと待って。私探検には行かないよ!」
「お前が来なかったら三人になるだろ。もしもの為のペアだよ」
いや、もしもの心配をするなら最初から行かなければいいのでは。私にしては割と真っ当な考えをしていたと、今では思えます。
それでも強引に抜けるのはなんだか申し訳なく、気付けば壊れかけた塀の隙間をするりと抜けていました。一応人目を気にしましたが、廃屋前は車の侵入が禁止されており、抜け道ではあるものの人の往来もそうありません。
庭はさほど荒れておらず、外から見た時の方が余程廃屋らしかったはずです。窓も割れているのかと思えば、内側にレースカーテンがかかっているだけで、とても綺麗な状態でした。
皆やや興奮気味で探検家気分を味わっていましたが、七々原君が玄関扉を開けたことでそれは一気に吹き飛びました。上がり框にぽつんと置かれた立て札には、
───この家に決して入るべからず───
と、かろうじて読めるくらいの文字が乱雑に書かれ、私たちの行く手を遮っていました。あまりにも異様な光景に、誰しも口を閉ざし、不安げな眼差しでお互いを見つめていました。
そもそも廃屋にしては綺麗すぎるような。もちろん、今まで廃屋に入ったことはありませんが、廃屋といえばもっと荒れた印象がありました。ただ、靴箱や棚に被った埃を見るに、長いこと人がいないのは確かでしょう。
私は早く帰りたい気持ちでいっぱいになり、思わず七々原君を見ました。他の子もなんとなく七々原君の様子を伺っていましたが、七々原君は徐ろに、
「ごめんくださーい」
と少しばかり大きな声を出したので、私たちは思わずぎょっとしました。もしかすると、七々原君も何か思うところがあったのかもしれません。
しかし、耳鳴りがしそうな程の静寂から無人であると判断したのか、七々原君は土足のまま上がっていきました。
「く、靴脱がないの?」
誰かが不安気な声をだしましたが、七々原君の顔は何かあったら瞬時に逃げると言っているようで、それ以上は誰も何も言いません。
有難いことに視界は驚くほど明瞭で、恐らく庭先から見えたように、本当にレースカーテンがかかっているだけなのでしょう。あの立て札さえなければ、怖さとはほぼ無縁ともいえる程の明るい部屋でした。その一際明るくて広い部屋を全員で見回っていると、上の方から、
「にゃあん」
と猫の鳴き声がしました。ほぼ全員が反射的に顔を上げると、そこには三十センチほど開けられた天袋からこちらを覗く、一つの丸い顔がありました。
「───え?」
天袋の暗闇に浮かぶその顔は、輪郭こそ分かるものの、それ以外はどうなっているのか。血色の悪い肌に、白目など殆どないような黒い目。明らかに猫ではない、生気のない人間の顔が「にゃああぁん……」と、歯のない口をがばりと開けて鳴いていたのです。
「うわあああぁああ!!!」
横にいた七々原君がありったけの声で叫ぶと、残りの二人も同様に叫び、我先に玄関へと走りだしました。
「ばか! はやく逃げるぞ!」
七々原君は私の手を強引に引っ張ると、玄関扉まで猛スピードで走りだし、転がるように外へ飛び出しました。
家の中も十二分に明るかったのですが、転がりでた外界は、西日が目に刺さる程眩しいものでした。
思わず玄関扉からあの明るかった部屋を振り返ると、私の腕より倍は長く、骨しか残っていないような手が、天袋から鳴きながら這い出ようとしているところでした。
「七々原立って……!」
這い出ながらじっと私の顔を凝視し続けるそれは、歯のない口を開け、にんまりとした、白目の殆どない目で笑っていました。
私は玄関扉を乱暴に閉めると、今度は私が七々原君の手を強引に引っ張り、侵入してきた塀の隙間から二人して道路に転がり出ました。飛び出した拍子なのか、塀の隙間で傷ついたのか、皆至る所から血が滲んでいましたが、そんなことはもうどうでも良かったはずです。
道路には先に走り出した二人が、半分泣いた状態でぜえぜえと息を切らしながら座り込んでいました。私も七々原君も全身で息をしていましたが、背後から、がちゃりと扉の開く音を聞きつけた瞬間、私と七々原君は座り込んでいた二人を引き摺るように立ち上がらせると、後ろを振り返ることなく公園まで走り抜けました。
あれ以降、私たちはあの廃屋について話すことはありませんでした。待機していた二人も私たちの異常な様子に聞く機会を失ったのか、なんとなく口にすることを憚っているようでした。
私は何度か近道としてその家の前を通っていましたが、ある日猫の鳴き声を聞いて以降、その道は使っていません。もし、あの塀の隙間から生気のない人間の顔が見えたらと思うと───。
大人になってから七々原君たちと会う機会は殆どありませんが、きっと私たちは皆同じことを思っていたはずです。あれは幽霊なんかではなかったと。
その廃屋は、二十年経った今でもあの時と同じように建っています。
コメント
1件
わあ……すごく怖かったです……! 最初は「普通の廃屋探検」かなと思って読んでたんですけど、あの「にゃあん」からの「にゃああぁん……」の落差、本当に背筋が凍りました。あの、天袋から覗く白目のない顔と、歯のない口。それに「這い出ようとする骨だけの手」……想像しただけで鳥肌が立ちます。大人になってから「あれは幽霊なんかじゃなかった」と振り返るところも、余韻が効いててぞっとしました。水底ずいさんの空気感の作り方、本当に巧みだなあ……!