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まろ
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まるちゃ
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#初体験
朝の整然とした空気が肺を満たす。時刻は六時半と少し。この時間帯は、どの教室や廊下にも静寂が響き渡り、校舎全体が眠りについていた。人の気配が感じられないかわりに、木々の呼吸で葉がさらさらと揺れる。日中のカゲロウたちがやってくるのは、まだまだ先のことだった。
「今のうちに探さないとな」
制服の袖を捲って時間を確認すると、次の場所まで足早に移動する。自分は今オカルト研究部の部長から、ひとつの調査を拝命されていた。当の本人はそれらしい理由で逃げているが、どうせ日中に行動して好奇な目で見られれでもしたのだろう。
まあ『指示した場所の木に首を括った跡がないか探せ』だなんて、オカルトを通り越して最早ホラー以外の何物でもない。
「首を括った跡、ねえ」
確か部長は七不思議のひとつである、首や木に関する怪談を検証していると言っていた。とはいえ、大抵どの学校でも七不思議が二十不思議くらいになるのだから、まだまだ先は長そうだ。
指示された幾つめかの木を探索中、遠くの方から少しずつ賑やかな空気が雪崩込んできた。ガヤガヤとした音が風にのり、校舎全体が息をし始めている。そろそろ教室に戻らないと。そう思い裏庭を横切ると、渡り廊下の近くに一本の木が植わっているのが見えた。
───こんなところに、木などあっただろうか。
いや、あったのだろうな。事実こうやって植わっているのだから、あるに決まっている。
渡り廊下を跨いでその木に歩みよると、これでもかと方方に伸ばした枝葉には青々とした生命力が湛えられている。それぞれの葉に息吹が通い、その大きく広がった陰は夏の一休憩にはもってこいの場所だった。
幹を支えに空を仰ぐと、風の通り道らしく朝の空気が体を撫でる。ざあ、と吹いた風に木が呼吸をしているかと思うと、それはとても気持ちの良い経験だった。
「あー……、夏は此処でサボるのもいいなあ」
体を目一杯伸ばすと、頭上からとさり、と何かが落ちてきた。伸びの状態で視線を向けると、芥ばかりの本能が最大限の警告を発している。風で生きたように見えるそれは、明らかに誰かが首を括ったであろう朽ちかけた縄紐だった。
反射的に見上げると、幾重にも巻き付かれた縄紐に重みで一部削り取られた木の表面。部長からの指示が痛いくらいに反響する。
───あった。
皮膚の表面だけを撫でる風が、小さな虫となって全身を這っている。それでもそれらから目を離すことができず、浅い呼吸の繰り返しで酸欠になりそうだった。風で枝葉の擦れる音に紛れ、
ぎぃ、
と軋む音が微かに聞こえる。幹に支えられていた腕を離すと、一歩、また一歩と後ずさった。その際、なぜこのタイミングで思い出してしまったのだろう。調査を受ける際に言われた部長の言葉が走馬灯のように脳裏を掠めた。
『今回調査すんのは、『括られの木』についてだ。七不思議なんざ、どれが当たりか分かりゃしねえが、もし括った痕跡を見つけても絶対木には触るなよ。何でか分かるか? 自分から括りにいくわけじゃない。向こうから括られるから、『括られの木』なんだ』
触るなよ。その言葉を思い出した瞬間、つぅ、と額を汗が伝っていった。先程まで触れていた腕と早鐘のように鳴り響く心臓が、とっとと此処から離れろと本能に警告している。
そして、あれだけ吹いていた風が嘘のようにやんでいた。遠くの方から聞こえる賑やかな音も消え、どこからも音という音がしない。自分の鼓動だけが脳髄に響く中、
ガサ……、
そう背後から聞こえた。人の気配をひしひしと感じたが、振り返っても良いことなど何もなさそうだ。それでも浅い呼吸なりに深く息を吸い込むと、思い切って大股で数歩進んで振り返る。
───誰も、誰もいなかった。
「はぁ……っ、は……っ」
相変わらず心臓はドラムロールのような音を奏でているが、校舎側から聞こえる賑やかな笑い声をはじめ、全ての音が元の様相に戻っていた。
額の汗を袖で拭いながら、ふう、と小さく息をつく。このままでは風邪をひくかもしれない。さやさやとした心地よい風に軽く仰ぎ見ると、
そこには、能面のような顔の何かが両手をこちらに伸ばして降りてくる瞬間だった───。
*
生徒たちが登校する幾分か前のこと、渡り廊下には気持ちの良い風が通り抜けていた。さやさやと吹く風が枝葉を揺らし、数枚の葉が緩やかに落ちていく。
枝葉の合間には、すっかり血の気の失せた手足がだらり、と垂れ下がっている。時折軋むような音が辺りに響いていたが、それも校舎からのざわめきによってかき消され、すぐに聞こえなくなってしまった。
ざあ、
風が、笑うように通り抜けた。
コメント
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みぅです🥀 第3話、読み終わりました……最後の一文、心臓が止まるかと思いました。能面みたいな顔の何かが、両手を伸ばして降りてくるシーン、頭から離れないです。あの木の描写がすごく丁寧で、風が吹くたびに木が呼吸してるみたいに感じる、っていう主人公の感覚、すごく好きでした。それだけに、後半の静寂と軋む音で一気に空気が変わって、そのギャップにゾッとしました。 「触るなよ」って部長の言葉、最後まで効いてましたね……。第4話も楽しみにしてます🌙