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みら

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「……今のあべちゃんも?」
阿部が佐久間を見る。
「え?」
佐久間はまだスマホの画面を見ていた。
イベントの日。
二人で笑っている写真。
「あのさ」
一度言葉が止まる。
いつもの佐久間なら。
思ったことをすぐ口にする。
でも今日は違った。
何度も。
言いかけて。
飲み込む。
阿部は急かさなかった。
ただ隣にいる。
少しして。
佐久間がゆっくり息を吐いた。
「俺さ」
「病院で」
阿部の表情が少しだけ変わる。
佐久間は。
それでも画面を見たまま続けた。
「あべちゃんが起きないの見て」
声が少し掠れる。
「一回、あべちゃんを失うかもしれないって思った」
阿部は何も言わない。
「呼んでも返事しないし」
「手握っても」
「全然動かないし」
佐久間がスマホを持つ手に力を入れる。
「ずっと喋ってた」
「俺」
「くだらないことも」
「今日こんなことあったよ、とか」
「あべちゃん起きたら絶対笑うよ、とか」
「起きたらうるさいって言ってよ、とか」
少しだけ。
笑おうとする。
でも。
笑えなかった。
「……何にも返ってこなかった」
部屋が静かになる。
テレビから。
エンディングの音だけが小さく流れている。
佐久間は。
それを消した。
「俺ね」
「病院で」
「一回だけ」
言葉が詰まる。
「部屋、戻れなくなったことあった」
阿部が。
ゆっくり佐久間を見る。
「廊下まで行ったのに」
「無理だった」
「またあべちゃん見たら」
「ほんとに起きないって分かっちゃう気がして」
佐久間は。
小さく息を吸う。
「泣きすぎて」
「息できなくなって」
「ふっかと翔太に止められて」
「……それでも」
少し間を置く。
「また戻った」
「うん」
「だって」
やっと。
阿部を見る。
目が。
もう赤かった。
「一人にしたくなかったから」
阿部の胸が。
少し痛む。
でも。
言葉を挟まない。
佐久間が。
自分で続けようとしているから。
「それで」
「この夢に来て」
「最初にあべちゃん見た時」
「生きてるって思った」
その時のことを。
佐久間は。
まだはっきり覚えていた。
普通に立っていて。
普通に話して。
笑って。
ちゃんと息をしている阿部。
それだけで。
本当なら。
十分だったはずだった。
「めちゃくちゃ嬉しかった」
「起きてるって」
「喋ってるって」
「笑ってるって」
「それだけで」
佐久間は。
唇を噛む。
「それだけで良かったはずなのに」
阿部は。
静かに待つ。
「俺のこと」
声が。
また小さくなる。
「知らなかったじゃん」
「……うん」
「佐久間って名前も」
「俺がどういうやつかも」
「俺と何してきたかも」
「何にも」
佐久間が。
目を伏せる。
「その時」
「俺」
「またあべちゃんいなくなったって思った」
阿部の目が。
少し見開かれる。
佐久間は。
苦しそうに笑った。
「変でしょ」
「目の前にいるのに」
「生きてるのに」
「ちゃんと笑ってるのに」
「俺のこと知らないだけで」
声が震える。
「いなくなったって思った」
一度。
病院で。
もう会えなくなるかもしれないと思った。
それだけでも。
壊れそうだった。
それなのに。
夢の中で。
もう一度。
知らない顔で見られた。
佐久間にとっては。
それが。
二回目だった。
「俺の中で」
佐久間は。
ゆっくり言った。
「二回、あべちゃんいなくなった」
阿部は何も言えなかった。
「病院で一回」
「夢に来て」
「生きてるって安心して」
「でも俺のこと知らなくて」
「もう一回」
佐久間は目元を拭った。
「……それが」
「すげえ嫌だった」
「でも」
「そんなふうに思う自分も」
「嫌だった」
阿部が。
佐久間を見る。
「なんで?」
佐久間は。
すぐには答えなかった。
少しして。
「だって」
「生きてるんだよ?」
「笑ってるんだよ?」
「それで十分なはずじゃん」
「なのに」
「俺のこと覚えてないってだけで」
「いなくなったみたいに思って」
涙が。
一つ落ちる。
「俺」
「すごい自分勝手だなって」
阿部は。
まだ否定しない。
「それで」
佐久間が。
スマホを伏せる。
「思い出してほしいって思った」
「ずっと」
「思い出してほしかった」
「でも」
声が。
また詰まる。
「半分くらい」
「俺のためだった」
阿部は。
黙って聞く。
佐久間は。
それが一番言いたくなかったみたいに。
顔を歪めた。
「昔のあべちゃんの人生を返したいとか」
「楽しかったことも思い出してほしいとか」
「もちろんそれもあった」
「でも」
「俺とのこと」
「忘れられたままなのが」
「嫌だった」
ぽろぽろと。
涙が落ちる。
「親友だったこと」
「いっぱい喋ったこと」
「本読んだこと」
「くだらないことで笑ったこと」
「俺があべちゃんのこと大事にしてたこと」
「全部」
「俺だけが覚えてるの」
「嫌だった」
阿部の胸が。
ぎゅっとなる。
佐久間が。
あの本を持ってきた日のことを思い出す。
「最初にさ」
「本すすめたじゃん」
「昔あべちゃんが好きだったやつ」
佐久間は。
苦しそうに笑った。
「優しくしたくて持ってっただけじゃなかった」
「知ってるって言ってほしかった」
「懐かしいって」
「これ好きだったって」
「昔のあべちゃんがまだいるって」
「確認したかった」
阿部は。
あの時。
本を読んで。
少し懐かしい気がすると言った。
それを聞いた佐久間が。
すごく嬉しそうにしていた。
今なら。
その意味が分かる。
「俺さ」
「その時めっちゃ嬉しかった」
「やっぱり残ってるって思って」
「でも」
佐久間が。
顔を伏せる。
「あとから」
「最低だなって思った」
「今のあべちゃん見ないで」
「昔のあべちゃん探してた」
「……」
「目の前にいるのに」
「ずっと」
「前のあべちゃんが出てくるの待ってた」
阿部は。
ゆっくり。
佐久間の方へ身体を向けた。
「でも」
佐久間は。
まだ止まらない。
「そのうち」
「分かんなくなった」
「俺」
「昔のあべちゃんに戻ってほしいのか」
「今のあべちゃんと仲良くなりたいのか」
「どっちなんだろって」
「……」
「イベントも」
「最初は」
「昔みたいに一緒に楽しめたらいいなって思ってた」
「でも」
佐久間の口元が。
少しだけ緩む。
「全然違った」
阿部が。
少し首を傾げる。
「何が?」
「昔みたいじゃなかった」
「今のあべちゃんが」
「勝手にハマって」
「俺より予習して」
「俺よりグッズ買って」
「俺より元気に立って」
阿部が少し笑う。
「佐久間途中座ってたもんね」
「そこは今言わなくていい!」
涙の残る顔で。
佐久間が笑う。
でも。
すぐに。
また表情が柔らかくなる。
「……楽しかった」
「すごく」
「今のあべちゃんと」
佐久間は。
はっきり言った。
「友達になれたって思った」
阿部の表情が。
少しだけ変わる。
「昔を思い出したからじゃなくて」
「今のあべちゃんが」
「俺の好きなもの好きになってくれて」
「一緒に笑って」
「また行こうって言ってくれて」
「それが」
「嬉しかった」
佐久間は。
手で顔を覆う。
「嬉しかったのに」
「また怖くなった」
阿部が静かに聞く。
「何が?」
しばらく。
返事がない。
やがて。
佐久間が。
小さく言った。
「夢、終わるじゃん」
阿部は何も言わず見る。
「最近」
「あべちゃん」
「帰ってもいいかもって思ってるでしょ」
阿部は少し驚く。
「分かるよ」
「歌ってる時も」
「踊ってる時も」
「前と違ったから」
「帰ること」
「前ほど嫌じゃなくなってる」
阿部は小さく頷いた。
「……うん」
「それ」
佐久間は。
一度。
目を閉じる。
「嬉しい」
「ほんとに」
「目覚ましてほしいし」
「現実でまた九人でいたいし」
「ステージにも立ちたい」
「全部ほんと」
それでも。
「でも」
また。
涙が溢れる。
「夢が終わったら」
「今のあべちゃんまで」
「いなくなる気がした」
阿部の胸が強く揺れる。
「昔のあべちゃんが戻ってきて」
「今のあべちゃんが消えるみたいで」
「俺」
「また失うのかなって」
佐久間は。
泣きながら笑う。
「三回目とか」
「もう嫌だ」
その言葉に。
阿部は。
少しだけ息を呑んだ。
そして。
ようやく。
手を伸ばす。
佐久間の腕にそっと触れた。
「佐久間」
「……うん」
「俺さ」
「この前言ったじゃん」
佐久間が顔を上げる。
「増えたって」
「……うん」
「前の俺に戻ったんじゃなくて」
「記憶なくした俺も」
「カフェで働いた俺も」
「佐久間と一から仲良くなった俺も」
「全部増えたって」
佐久間の目からまた涙が落ちる。
阿部は少しだけ笑った。
「だから」
「今の俺も」
「連れて帰るよ」
佐久間の表情が止まる。
「……連れて帰る?」
「うん」
「消えないよ」
阿部はまっすぐ佐久間を見る。
「俺の中にいるから」
「イベント行ったことも」
「コラボカフェ行ったことも」
「佐久間とまた友達になったことも」
「全部」
「俺が覚えて帰る」
佐久間の唇が小さく震える。
「でも」
「昔のことも思い出したら」
「今のこと薄くならない?」
「ならないでしょ」
阿部は即答した。
「昔が増えたからって」
「今日が減るわけじゃない」
「……」
「佐久間が昔の俺を覚えててくれたから」
阿部は。
少し考えて。
続ける。
「俺の昔はなくならなかったんだと思う」
佐久間が。
目を見開く。
「俺が忘れてても」
「佐久間が覚えててくれた」
「だから」
「戻ってこれたところもあるでしょ」
「……」
「それって」
阿部は少し笑う。
「悪いことじゃなくない?」
佐久間が。
何も言えなくなる。
「それに」
阿部は続ける。
「俺との昔を覚えてるから友達なんじゃないよ」
「……」
「俺」
佐久間を見る。
「佐久間のこと何も知らなかったのに」
「また友達になったじゃん」
佐久間の目から。
また涙が溢れた。
「本読んで」
「アニメ教えてもらって」
「イベント行って」
「一緒に笑って」
「また行こうって思った」
「それ」
「昔の記憶があったからじゃないよ」
阿部は。
少しだけ。
佐久間の手を握る。
「俺が佐久間のこと好きになったからだよ」
佐久間の顔が。
くしゃっと崩れる。
「……あべちゃん」
「だから」
阿部も。
目が少し熱くなる。
「昔の俺も」
「今の俺も」
「どっちも佐久間の友達でしょ」
「……」
「全部俺だから」
少し笑って。
「全部、佐久間の友達」
佐久間は。
耐えられなくなったように。
阿部へ抱きついた。
「あべちゃん……」
阿部も。
すぐに抱きしめ返す。
前みたいに。
理由を聞く必要はなかった。
今は。
もう分かっている。
「俺」
佐久間が。
阿部の肩に顔を埋めたまま言う。
「ずっと怖かった」
「うん」
「親友なのに気づけなかったことも」
「一人にしてって言われて」
「そのままにしたことも」
「うん」
「なんで俺のこと置いてこうとしたんだよって」
声が。
また震える。
「思っちゃったことも」
阿部は。
背中を撫でる。
「うん」
「そんなこと思う資格ないって」
「ずっと思ってた」
「うん」
「でも」
佐久間は。
泣きながら続ける。
「寂しかった」
「怖かった」
「俺の知らないところで」
「あべちゃんが全部終わらせようとしてたみたいで」
「俺」
「何だったんだろって」
阿部は。
少しだけ強く抱きしめる。
「佐久間」
「うん」
「俺」
ゆっくり言う。
「佐久間を置いていこうとしたわけじゃないよ」
佐久間が。
小さく息を止める。
「本当に」
「あの時は」
「誰かを選んで離れようとしてたんじゃなくて」
「全部から離れたかった」
「……」
「めめも」
「佐久間も」
「みんなも」
「嫌いだったわけじゃない」
「うん」
「好きだったからこそ」
「何も見たくなくなったんだと思う」
佐久間の腕に。
少し力が入る。
「でも」
阿部は。
ゆっくり続ける。
「今は違うよ」
「……」
「今は」
「帰ったらまた九人で歌いたい」
「佐久間とまたイベント行きたい」
「また本も教えてほしいし」
「うるさいって言いたい」
佐久間が。
泣きながら笑う。
「そこ?」
「そこも大事」
「……うん」
「だから」
阿部は。
少し身体を離す。
赤くなった目を見る。
「俺が帰るのは」
「みんなを置いていくためじゃない」
「……」
「みんなと続きをやるため」
佐久間は。
しばらく。
阿部を見ていた。
そして。
小さく。
「……また?」
と聞く。
阿部は。
笑った。
「また」
「現実でも?」
「現実で」
「イベントも?」
「行く」
「アニメも?」
「見る」
「本も?」
「読む」
「俺と?」
阿部は。
少し呆れたように笑う。
「佐久間と」
佐久間の目から。
また涙が落ちた。
でも。
今度は。
少し笑っていた。
「……良かった」
「うん」
「今のあべちゃんも」
「いなくならない?」
「いなくならない」
阿部は。
もう一度。
佐久間を抱きしめた。
「一緒に連れて帰るから」
佐久間は。
今度こそ。
力を抜いた。
「……うん」
長い間。
怖かった。
一度。
二度。
失ったと思った。
でも。
もしかしたら。
失ったのではなく。
増えていたのかもしれない。
昔の阿部も。
今の阿部も。
全部。
同じ一人の阿部だった。
「ねえ」
佐久間が。
まだ少し鼻声で言う。
「何?」
「次のイベント」
「うん」
「絶対一緒に行こうね」
阿部は。
迷わず頷いた。
「うん」
「今度は」
少し笑う。
「現実で」
佐久間も。
やっと。
ちゃんと笑った。
「約束ね」
「約束」
コメント
3件
シンメの強い絆を感じ、涙しました😔 やっぱり💚と🩷は特別🥹
いや……もう、この回、本当にすごかったです。佐久間の「二回、あべちゃんいなくなった」っていう感覚、胸が締め付けられました。目の前に生きて笑ってるのに、記憶がないだけで“いなくなった”って思ってしまうの、痛いくらい分かる。でも、それだけじゃなくて、阿部の「全部俺だから」「全部増えたんだ」っていう返しが、まっすぐで優しくて……。二人の関係性が一回り深まった感じがして、読んでて温かくなりました。次のイベント、現実で、一緒に行けるといいですね。