北方山脈でのドラゴン・イクシードとの戦い、そしてローガンスとの邂逅を経て俺は一人でニーベルン村へと戻ってきた。
セラピィはスキルのクールダウンの関係上、明日にならないと俺の元へはやって来れない。なので俺が王都へと帰るまでそのままセレナたちのところで居てもらうことになった。
またシエンさんにはドラゴン・イクシードの討伐について報告し、力が戻り次第にはなるが山脈周辺のワイバーンたちを統率してもとの活動区域へと戻していって欲しいとお願いしておいた。
彼女もそのことを快く承諾してくれた。
これで周辺の人たちの生活についても安心だろう。
そしてニーベルン村にてワイバーンの脅威は去ったということを村人たちに伝えるとみんな安堵の表情を浮かべて大いに盛り上がっていた。
しかしローガンスを逃してしまったこと、それに超越種とマモンの魔力に関する実験のこともあって何とも言えないモヤモヤした気持ちが渦巻いていた。
その気持ちが晴れることはなく、俺はこのままニーベルン村で一夜を過ごし、翌朝に王都へ向けて出発することにした。すぐにでも王都へと戻りたい気持ちもあったが御者の出発の準備などもあるためそれは仕方のないことである。
そうして行きと同じぐらい、約一週間ほどの時間をかけて王都へと帰って来ることが出来た。その頃には何とかモヤモヤも薄まって成すべきことを成そうと前向きに考えることができるようになっていた。
俺は王都に入ってすぐのところで御者さんと別れてそのままギルド本部へと向かうことにした。
今回の依頼での出来事はすぐにでもグランドマスターに伝えるべきだろうと思ったからだ。超越種を生み出す手段があるとなれば非常に脅威だからな。
少し焦りもあったのか無意識にちょっとだけ早歩きになっていた俺は数分ほどでギルド本部の前に到着した。
すると俺が着いたのを見計らったかのようなタイミングで二人の少女たちが勢いよく俺の方へと駆け寄ってきた。
「「ユウトさん…!!!」」
泣きそうな震えた声を出しながら俺の胸に飛び込んできた二人の少女、セレナとレイナは俺の服を強く掴んで顔を胸に埋めていた。
「二人ともどうしたんですか?!」
俺が理由を聞こうとしても二人は「ユウトさん…!」「よかった…!」などと言うだけでなかなか落ち着く様子はなかった。
とりあえずしばらく二人を宥めながら落ち着くまで様子を見ることにした。そんな時に彼女たちの後ろからふわっとセラピィが出てきて俺に彼女たちがこうなっているわけを教えてくれた。
「何かね、セラピィがセレナたちのところに逃げて行った時に何があったのかっていうのを伝えたんだよ。そしたら二人とも顔が真っ青になっちゃって泣き始めちゃったの。だからねセラピィが『ユウトなら大丈夫、生きてるよ』って伝えたら少し大丈夫になったんだけど、その時からずっと不安そうだったんだ」
「そう、だったのか…」
確かに俺とずっと行動を共にしていたセラピィがだけが先に帰ってきてあの時の状況を聞いたら心配にもなるよな。例えセラピィから俺がちゃんと生きているということが分かっていたとしても。実際に帰ってくるまではちゃんと無事なのかって心配で仕方なかっただろう。
本当に二人には心配をかけてしまった。
「二人とも、ごめんね。僕はこの通り無事だから」
「…本当に心配したんですからね」
「もう、何度も何度も無茶はしないでください…」
しばらく泣いていた二人だったが二人ともどうにかこうにか落ち着きを取り戻してくれた。すると落ち着いた二人からもう心配をかけるようなことはしないでくれときつく注意されてしまった。
俺は全くもってその通りだと深く反省するしか出来なかった。
だがあと一度はおそらく無茶をしないといけないかもしれない。
二人を守るためにもあと一度だけは約束を違えてしまうことになるだろう。
そのことについても二人に知っておいてもらいたいので俺はグランドマスターのもとにセレナとレイナの二人にも同行して欲しいと頼んだ。もちろんセラピィも一緒だ。
「大事なこと、なんですね」
「うん、もしかしたらもう一度無茶をしなければいけないかもしれないんだ。だからこそ二人にも聞いてもらいたい」
「「…分かりました」」
そうして俺たちはグランドマスターのところへと向かった。
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「ユウト、よく無事で戻ってきたね!」
俺たちはグランドマスターの部屋へすぐに通されると彼は大歓迎で迎えてくれた。
俺とグランドマスターは固い握手を交わして互いに目で語り合う。
「依頼は上手くいったようだね」
「ええ、ただ…」
俺は言葉の最後を少し濁してしまった。
もちろんワイバーンの異常行動の原因の調査とその討伐は成功した。それに原因と思われるドラゴン・イクシードの討伐にも成功したのだから大成功と言って間違いないだろう。
しかしそれと同時にとんでもなく大きい問題が発生してしまった。
「…何かあったようだね。詳しく聞かせてもらおう」
俺たちはグランドマスターの部屋にあるソファに座って話を始めた。
まず俺が北方山脈で見たこと、体験したことを漏れなく話す。
「…そうか、やはりマモン教が関わっていたのか」
「そんなっ!超越種を意図的に作り出すだなんて…!!!」
「ユウトさん、本当にご無事でよかったです…!」
俺の話を聞いた三人は小説の内容でも聞かされているかのような上手く現実に起こった事だと認識することが難しそうであった。俺だって話を聞かされただけでは信じられないような内容だと思う。
「いや、君を疑う訳ではないんだけど…その話本当なんだよね?」
「ええ、残念ながら全て事実です」
「私の魔眼でもユウトさんが嘘をついていないということは証明できます」
最後のセレナの言葉が止めになったのだろう、グランドマスターは頭を抱えてしまった。セレナの魔眼の力はグランドマスターも良く知っているからこそ今だけは嘘であって欲しかったと思っているのだろう。
「まさか、そんなことになっているなんて…」
「グランドマスター、これからどうしましょう?」
俺は頭を抱えているグランドマスターに今後のことを尋ねる。今回のことは俺だけで解決できる範疇を超えているだろうし、それにもしかすると王国全土が危機に陥るかもしれないほどの問題だ。
「…ユウト君の会った大司祭という人物はプレゼントがあると言っていたんだね?」
「はい、その通りです。それに『次回』だとか『とっておきを用意する』とも言っていました」
俺に確認をするとグランドマスターは少し黙り込んだ後に大きくため息をついた。
「ということは近々その男は君を狙って何かを仕掛けてくる可能性があるだろうね。それにもしかしたら君に直接ではなく、間接的に…他の何かに対してという可能性もゼロではないだろう」
「そう、ですね…」
つまりは俺がいるとそこが狙われてしまうという可能性が高いというわけだな。薄々分かってはいたが、それはつまり…
「僕がみんなの迷惑にならないように人里離れた場所とかでしばらく離れていた方がいいでしょうね…」
俺がそう言うと隣で話を聞いていたセレナとレイナが大きな声を出して立ち上がった。
「「ダメです!!!!!」」
「?!」
俺は突然の大声もそうだが彼女たちの迫力に驚かされた。
彼女たちは真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「何でそんな、ユウトさんだけが犠牲になろうとするんですか?!」
「そうですよ!もしそれでユウトさんが居なくなってしまったら、私たちは…私たちはどうすればいいんですか!!!」
彼女たちは目にうっすらと涙を滲ませながら必死に訴えかけてくる。彼女たちの気持ちも分かるが、俺も…彼女たちを危険な目には遭わせたくない…!
「僕だって…君たちのことが大切なんだ!!だからこそ少しでも危険だという可能性があるならその可能性に二人を晒したくないんだよ!!」
「……ちょっといいかな?」
互いに立ち上がって熱くなった感情をぶつけ合っている間にグランドマスターが気まずそうな顔をしながら割って入ってきた。
「…とりあえず三人とも落ち着いて」
「「「…はい」」」
俺たちは白熱した感情をゆっくりと抑えながらソファに腰を下ろしていった。その様子を見届けたグランドマスターは一つ咳払いをして話し始めた。
「まずユウト君、君が提案した案だが私的には却下だよ」
「ど、どうしてですか…?僕がターゲットである可能性が高い以上被害が出ないように離れるべきじゃ…」
俺はどうしてこの案が駄目なのか正直わからなかった。確かに今の自分は少し感情的になってしまっている部分もあるかもしれないが、この案に関しては論理的にも間違ってないと思う。
「確かに君が100%ターゲットであると分かっているのならばその作戦も一理あるだろうね。でも相手はどうやって君の居場所を突き止めるのかな?」
「それは…」
「多分だけど君とその男が出会った場所、そして君の強さから相手はおそらく君を王都にいる最高ランクの冒険者だと考えているのではないかな。それにその男は紛い物だとは言え超越種のように強力な魔物を人為的に作り出すことが出来るのだろう?それの力を披露したいと思っているのであれば大勢の人がいる場所を狙うかもしれない。もしそう思っているのであれば君が別の場所に移動しようともこの王都が先に狙われる可能性だってあるわけだ」
確かに…グランドマスターの考察はかなり筋が通っている。
もしそうならば俺が王都から離れても意味がないのかもしれない。
「つまりは君がターゲットであってもそれ以外が狙われる…そういう可能性があるっていうことだよ。そういうことならば今するべきことは戦力をばらけさせるのではなく、集めることじゃないかな?もちろん君も含めてね」
「…確かにグランドマスターの仰る通りかもしれないです。僕の視野が狭かったです」
俺は徐々に熱くなっていた心がクールダウンしていくのと共に自分がいかに全体を見れていないかを思い知った。セレナとレイナの気持ちの件もそうだけど、戦略的な可能性というところでもだ。
今の自分はステータスがかなり高くなっているということに心のどこかで奢っていたのかもしれないな。まだまだ精神は未熟、か。
「それにユウト君。冒険者ギルドのグランドマスターである私がそんな簡単に大切な冒険者を犠牲にさせるわけがないじゃないか」
「そうですよ、ユウトさん。何でも一人で背負おうとしないで周りにも頼ってください!」
「私は戦いは得意ではありませんが、冒険者のみなさんのサポートは出来ますよ!何たって受付嬢ですからね」
三人が優しく微笑む。
その光景が温かい光のように俺の心の中にあったモヤモヤを明るき照らして徐々に消し去っていく。それと同時に俺の目からは自然と大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「…ありがとう、ございます。本当に、ありがとう…」
涙が止まらない俺をセレナとレイナは優しく抱きしめてくれる。
俺はこの温もりを今後一切忘れることはない。
大切な、大切な宝物だ。
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