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学園長室の2つ隣の部屋にある面談室で、ナーシャは事務員に教えられながら書類の作成に勤しんでいた。
面談室の中は、ナーシャの腰ほどの高さの長テーブルが2つ重ねて置かれていた。椅子は壁際にいくつか有り、ナーシャ達が入った時に、事務員がテーブルの側に並べてくれる。
シンシアとナーシャはそこで食事も摂った。セリナとシンシアの侍女が、しっかりと準備してくれていた。
食事をしながらこの部屋でする事の説明を事務員から受ける。その後お茶を飲んでいる所に、ルオン公爵令息のハリスが部屋にやって来た。
ナーシャとハリスはお互いに初めましての挨拶をする。その時にナーシャは祖母が今も生きていたら、ハリスとの関係はどうだったのだろうかと少しだけ思いに耽る。
その後、ナーシャは事務員と書類作成、シンシアとハリスは何やら打ち合わせがあると言って、二人で窓際に椅子を並べて話をしていた。
書類は思ったよりも早く書き終えた。
ナーシャの署名を終えたあと、事務員がハリスを呼ぶ。
「ルオン公爵令息、こちらは書き終えました。残りは後見の部分になります」
「はい、ありがとうございます」
「書類はどうされますか?」
「少し話をしなければならないので、お待ちください」
事務員とハリスのやり取りを、ナーシャは自分の事なのに実感も沸かずに聞いていた。
だからかもしれない、ハリスに声をかけられても直ぐに反応できなかった。
「オリジエル侯爵令嬢?」
「ナーシャ!」
「えっ!?あっごめんなさい」
ぼんやりしていたナーシャに、シンシアまで声を掛けてくれたようで、ナーシャは恥ずかしくなった。自分の事なのにぼんやりなんかしてはいけない。
「ごめんなさい、ぼんやりなんてして。失礼しました」
頭を下げるナーシャに、ハリスは困った様な顔をしたが、不快には思わなかったようだ。
「オリジエル侯爵令嬢、頭を下げる必要はないです。誰でもこんな時は⋯。こんな事本当はあってはならないから」
ハリスの言葉にナーシャはもう一度頭を下げてから、しっかりと彼の顔を見た。
光に透ける様に煌めく金色の髪は、王家にも繋がる高貴な公爵家の色だ。エメラルドの瞳は祖母を思い出させる。
その事に、畏れ多いと思いながら、ナーシャは血の繋がりを感じた。
「先程、シンシア様と話しをさせていただきましたが、オリジエル侯爵令嬢の後見は我が公爵家がさせて頂きます。父もそのつもりで私に話してくれました。長らく疎遠となってしまった事をお詫びいたします」
「そんな!それはルオン公爵令息や公爵家のせいではないと思います」
「⋯⋯」
「きっと、オリジエル家で何かがあったのだと、子供の頃から薄々は感じていました」
ナーシャは、祖母と過ごす事も多かった為、祖母の侍女達の話なども聞き齧ったりしていた。祖母が実家と疎遠になっていた事も、その時に知っていたのだ。
「いえ、従姉伯母の意向とはいえ、貴方の立場を慮らなかったのは、父の失態だと昨夜反省しておりました。なので、今回の件はこちらで全て滞りなく進めさせて頂きます。ただ、その準備に少し時間を頂きたいそうです。今回の理由の場合は、書類が整った次の日には試験が行われます。ですから全ての準備が整った時点で公爵家から書類の提出をします。よろしいでしょうか?」
ナーシャは、ハリスの言葉に驚いてしまった。疎遠になった理由は、てっきり侯爵家で何かがあって、祖母の方が公爵家から手を引かれたのだと思っていたが、今のハリスの口振りだと、《《祖母の方から》》距離を取っていたことになる。詳しく聞きたい衝動にも駆られたが、それは今重要ではないと思えた。
いつか、話してもいい時がきた時に、ナーシャは自然と聞かされるのかもしれない。
今はただ、後見としてナーシャを見守ってくれることを約束してくれた公爵に、感謝をするだけだと思った。
「ルオン公爵家の意向に添います。今回の件、本当にありがとうございます」
「良かった。父に伝えますね。あの、失礼は承知しておりますが教えてください。オリジエル侯爵令嬢は、試験に受かる自信はありますか?」
ハリスの尤もな質問にナーシャは微笑んで答えた。
「私の教育はその命が尽きるまで、祖母が担ってくださいました。私は家庭教師より、学園終了過程を入学前に施されております」
「そうでしたか!良かった。それも伝えますね」
「はい、よろしくお願いします」
ナーシャが頭を下げると、ハリスはニコニコしながら書類を手に部屋を出て行った。
「ナーシャ、また一歩前進ね。公爵がお断りしたら、お父様が後見するって言ってたけれど、杞憂に終わったわね。でも縁石のほうがいいに決まってるわ。良かったねナーシャ」
シンシアの言葉は、ナーシャの胸にまた温かいものを齎してくれる。
この先、どんな人生になるか分からない。
公爵家の後見があっても、いい仕事に恵まれるかはナーシャ次第なのだ。
それでも、これから先どんなに辛い事があっても、この時のシンシアの温かさは忘れないだろうとナーシャは思った。
そして、その気持ちのまま、シンシアに抱きついた。
「シンシア、ありがとう。私の友達でいてくれて本当にありがとう。貴方がいつも私に勇気をくれるのよ」
そんなナーシャをシンシアも抱きしめ返す。
「ナーシャ、私こそ友達でいてくれてありがとう。ナーシャは、子供の頃からこの容姿のせいで一人ぼっちだった私の、初めての友達なのよ。私と友達になってくれて本当にありがとう」
シンシアの言葉にナーシャは胸が熱くなる。
シンシアは少し目が吊り上がっているので、一見すると気が強そうに見える。しかも髪色が赤髪なので、それに拍車を掛ける容姿をしていた為、子供の頃は周りから敬遠されていたようだ。
だが、ナーシャにとってもシンシアは初めての友達だった。
シンシアとの関係は、許される限りいつまでも続けていきたいと、ナーシャは心からそう思うのだ。
コメント
1件
第10話読みました〜。シンシアとの友情シーンが本当に温かくて、ちょっとウルッときちゃったよ…「初めての友達」って互いに思えてるのが尊すぎる。ハリスも誠実な人で安心した。祖母の過去がまだ謎で気になるけど、今はナーシャが前に進めたことが何よりだね。これからの展開も楽しみにしてる✨