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フィオさんかわいそう過ぎる。😭
周りを見渡す。誰もがほっと胸を撫で下ろしていた。
『嫌疑をかけられたのが、自分じゃなくて良かった』
その安堵が、はっきりと伝わってきた。
でも、一人だけ違う顔をしている人がいた。
「そんなの、嘘です!」
声を上げたのは、フレデリカだった。年の近い下働きの使用人。いつも黙々と仕事をしている、目立たない少女だ。
屋敷に来たばかりで苦労していたようだから、何度か声をかけたのを覚えている。
「フィオさんがやったわけない!」
ロザリア様が、ゆっくりとフレデリカを見る。
「あなた、誰だったかしら?」
「フレデリカです。厨房づきの使用人で……」
「立場を弁えてくれる?」
「でも、こんなの……」
フレデリカは最後まで言えなかった。給仕長のおばさんがフレデリカの口を押さえたのだ。
グレイヴ卿が騎士団の遠征に同行している今、この家の最高権力者はロザリア様だ。彼女の機嫌ひとつで、しがない使用人の首は簡単に飛ぶ。解雇の隠喩ではなく、物理的な意味で。
僕はフレデリカに顔を向けた。
「いいよ、フレデリカ。訴えるだけ無駄さ。証拠なんてない……これは生贄なんだから」
フレデリカが困惑する。
新米の彼女は、屋敷の内情を知らないらしい。
「えっとね、賢者の石が盗まれたこと自体は、大した問題じゃないんだ。あれはグレイヴ卿やロザリア様みたいな、超一流の魔術師にしか使えない道具らしいから。使用人の誰が盗んだにせよ、闇市に流すしかない。グレイヴ家の財力と情報網があれば余裕で買い戻せるんじゃないかな? 問題は面子の方さ」
「面子?」
「王家に対して『犯人が分かってません』じゃ、グレイヴ家の顔が潰れるって話さ」
使用人たちに視線を巡らせながら、僕は続けた。
「誰かを処刑して、王族のご機嫌取りをしないといけないんだ」
使用人たちはみな気まずそうに、僕から目を逸らす。
「せっかくフレデリカが声を上げてくれたんだ。一応訊いておきます、ロザリア様。僕を犯人とする根拠を、何かお持ちですか?」
ロザリア様が薄っすらと微笑んだ。何も言わない、それで答えは十分わかる。
フレデリカが泣きそうな顔でこっちを見る。
「でも、何でフィオさんが」
「……僕が”王子様“だから」
フレデリカには優しく接してあげたいのに、自然と声が皮肉気になった。何年もニヒルな王子様を演じてきたことの弊害が出てる。
当主――アーノルド・グレイヴ卿の命令で、僕はある日突然、路地裏の少女から王子様へと変わり果てた。
髪はやたらとオシャレなボブカットにされ、男性用に仕立て直された謎デザインのメイド服があてがわれた。グレイヴ卿はよほど僕の容姿が気に入ったらしい。僕を彼にとって理想の王子様――という名の愛玩動物とすべく、徹底的に教育すると宣言した。
そういう癖をお持ちなら何処ぞの美少年を攫ったほうが早いだろとも思ったけど、彼にとって興が乗る相手は、あくまで女性であるらしい。一周回って意味不明だが、執着は本物だった。
最初に教え込まれたのは、立ち方だった。踵の置き方、背筋の伸ばし方、顎の引き具合。角度が一度ズレただけで、むち打ちの刑が待っていた。
声を出せばやり直し。
涙を流せば、最初から。
僕は感情を殺す方法を覚えた。そうでなければ命が危ういと学べば、自然と身体に染みつくものだ。
そんな境遇でも、使用人たちは僕に嫉妬し、つらくあたった。
『特別扱いだ』
『奇麗なお人形さん。スラム出身のくせに』
『ご主人に愛されている。楽できていいな』
『奴に俺たちの苦労がわかるものか』
遠巻き聞こえる声が耳に入るたび、喉の奥が冷えた。
卿の求める優雅な振る舞いを再現できなければ、神経毒をもつタバコの葉を噛まされ、激痛にのたうちまわることを、彼らは知らない。
そんな僕は、奥方のロザリア様にめちゃくちゃに嫌われた。当たり前だ。ご主人の変態的性癖をギュウギュウに詰め込んだ将来の妾。目障りに決まってる。
ロザリア様が指を鳴らすと、赤い紐がするりと伸びて僕の両手に纏わりついた。魔術師が使う拘束具だ。
あっという間に手枷の形に僕を縛る。この見た目で、鉄のワイヤーよりも頑丈らしい。
「ロザリア様。僕はさ、変態の旦那様のせいで苦労する貴方に、ちょっと同情してるんだよね。だから、貴方が僕にした数々の嫌がらせは、ぜんぶ許すことにしたんだ。腐った食事を無理やり食べさせようとしたことも、誰にでも身体を許すクソビッチと噂を流したことも、冷水を浴びせて冬の夜空に締め出したことも、全部許すよ。だから、これは意趣返しじゃなく、純粋な悪意と思ってくれて構わない」
赤い紐が今度は首にまとわりつく。
時間はあまりないらしい。
さあロザリア様、見目麗しき貴方様へ贈ろう。当主のお気に入りから罪人へ、一瞬で転落した、僕からの捨て台詞。
「ご愁傷様。貴方じゃ一生、旦那の食指は動かない」
赤い紐が僕の首を締め上げる。僕の意識が、闇へと堕ちる。
早すぎだろ。不敵に舌を出すくらいの時間はくれよ。
もうちょっと容赦してくれてもよくないか?
僕、まだたったの十五歳なんだけどな。