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K-Takasaka
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K-Takasaka
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#K-T
メバルが目を開けると、倉庫の天井が見えた。
見慣れた、薄汚れた天井だった。
隅には古い照明があり、配線の一部がむき出しになっている。壁際にはアオノの工具箱。ソファの上ではカキが毛布にくるまり、ミステーがその隣で妙な姿勢のまま眠っていた。
そして、目の前にはK-Tがいた。
「おはよう、メバル」
その声を聞いた瞬間、メバルは立ち上がった。
「Kさん!」
K-Tが一歩下がる。
「どうした」
メバルは彼の胸と腹を確認した。
傷はない。
血もない。
シャツは白いままだ。
前の未来で、バスに跳ね飛ばされたときの傷跡も残っていない。
「……生きてる」
「それは見ればわかる」
「本当に、生きてる」
「さっきから同じことを言っている」
メバルはK-Tの胸へ手を当てた。
鼓動がある。
何度も確認しているのに、安心できなかった。
この世界のK-Tは、いつも生きている。
そして、決まった時間になると死ぬ。
「今日は何日?」
「ライブ当日だ」
「何時?」
「午前十時半」
「まだ、時間がある」
メバルは呟いた。
K-Tは彼女の顔を見つめた。
「また夢を見たのか」
メバルは答えなかった。
前の未来を話しても、誰も死なせないという約束をしても、K-Tは最後には死んだ。
照明に貫かれた。
バスに撥ねられた。
どちらの未来でも、K-Tだけが死んだ。
そしてそのたびに、Xが電話をかけてくる。
――未来は変えられねえんだ。
メバルは拳を握った。
「今日のライブは絶対に中止」
「またか」
「今度は、倉庫そのものが危ない」
「何が起きる」
「わからない」
「わからないのに中止するのか」
「Xが来る」
K-Tの目が細くなった。
「また電話か」
「うん」
「何と言っていた」
「私たちの未来を知っている。次に何が起きるかを、先に言う」
「それが現実になる」
「そう」
メバルは、倉庫の入口を見た。
「前の未来では、バスの上にいた。金髪で、右腕が肩から先までなかった。赤い影みたいに見えた」
カキがソファから起き上がった。
「右腕がない?」
「Xっていう人?」
ミステーが尋ねる。
「たぶん、Kさんの未来の姿」
倉庫が静かになった。
K-Tは何も言わなかった。
メバルは彼を見る。
「違うの?」
「わからない」
「でも、Kさんと同じ声だった」
「声が似ている人間はいる」
「同じガラケーを持っていた」
K-Tの指がわずかに動いた。
メバルはそれを見逃さなかった。
「知ってるんだね」
「知らない」
「またその答え?」
「本当に知らない」
K-Tは窓の外へ目を向けた。
「ただ、俺がこの携帯を使い始めた理由は覚えていない」
「覚えていない?」
「ああ。気づいたときには持っていた」
アオノが工具を手にしたまま近づいてきた。
「それ、かなりおかしくない?」
「おかしい」
「製造番号を調べてみる」
アオノはK-Tからガラケーを受け取った。
裏蓋を外し、内部を確認する。
「……待って。これ、部品が普通のものじゃない」
「どういうこと?」
「古い機種に見えるけど、中身が改造されてる。記録媒体も、電波の受信装置も変」
「未来から来た携帯?」
カキが言った。
「冗談でも、笑えない」
マサカゲが進行表を閉じる。
「ライブは中止する。全員、今日は倉庫から出ない」
「それが一番危険かもしれない」
ミステーが呟いた。
全員がミステーを見る。
「Xは、どこにいても未来を知っている。場所を変えても、同じことが起きる」
「怖いことを言うな」
カキがミステーの肩をつかむ。
「でも、そうかもしれない」
メバルは窓の外を見た。
電柱の影に、何かが立っていた。
赤い光のようなもの。
金髪の輪郭。
右腕のない男。
メバルは窓へ駆け寄った。
しかし、影はもう消えていた。
「見た?」
「何を?」
マサカゲが聞く。
「X」
外へ出ると、倉庫の裏には誰もいなかった。
ただ、地面に古いガラケーが落ちている。
K-Tのものと同じ型だった。
メバルが拾おうとした瞬間、その携帯が鳴った。
低い音が三回。
表示には、X。
K-Tが後ろから手を伸ばした。
「触るな」
「でも――」
「俺が出る」
「駄目」
メバルは携帯を見つめた。
「今回は私が出る」
通話ボタンを押す。
『よう、メバル』
声は、やはりK-Tと同じだった。
だが、今度は近かった。
すぐ耳元で囁かれているようだった。
「どこにいるの」
『後ろを見ろよ』
メバルは振り返った。
そこにはK-Tが立っている。
『面白いだろ? 同じ顔が二人いるみたいで』
メバルは息を呑んだ。
『今日の午後九時三分、K-Tは死ぬ』
「何が起きるの」
『お前が知りたいのは、そこだろ?』
「言って」
『ライブを中止しても、倉庫を出ても、場所を変えても関係ねえ』
Xは楽しそうに続けた。
『午後九時三分、アオノが作った緊急電源装置が暴走する。高圧電流がステージ中央へ流れる』
アオノの顔が青ざめた。
『K-Tは、メバルを助けるために電線をつかむ』
「そんなことさせない」
『赤い液体が、指先から腕を伝って落ちる』
「やめて」
『皮膚が焼けて、骨が見える。胸が跳ねて、身体が床に叩きつけられる』
「やめろ!」
メバルが叫ぶ。
『K-Tは死ぬ。お前はまた、あいつの身体を抱く』
「未来は変えられる!」
『変えてみろよ』
「変える!」
『これでわかっただろ? 未来は変えられねえんだ』
通話が切れた。
メバルは携帯を地面へ叩きつけた。
「アオノ、装置を止めて!」
「わかった!」
六人は倉庫へ戻った。
アオノは緊急電源装置を分解し、内部の回路を確認した。
「この装置は、まだ接続していない。暴走するはずがない」
「なら、処分して」
「でも、ライブをやるなら必要で――」
「ライブなんてどうでもいい!」
メバルは叫んだ。
「Kさんが死ぬんだったら、全部捨てて!」
アオノは黙って装置の電源を抜いた。
マサカゲは倉庫のブレーカーを落とし、照明と音響設備をすべて停止させた。カキとミステーは観客が来ないよう、入口に張り紙を出した。
それでも、時間は進む。
午後八時。
午後八時半。
午後八時五十分。
何も起きない。
メバルはK-Tから離れなかった。
「ずっと見られている気がする」
K-Tが言った。
「Xに?」
「たぶん」
「見られているなら、見返せばいい」
「どこにいるのかわからない」
「見つける」
「メバル」
「何?」
「俺がもし――」
「言わないで」
「まだ何も言っていない」
「死ぬ話は禁止」
K-Tは少しだけ笑った。
「わかった」
午後九時を過ぎた。
メバルは、ようやく息を吐いた。
「外れた?」
アオノが時計を見る。
「九時一分」
「あと二分」
メバルはK-Tの手をつかんだ。
九時二分。
倉庫の中には、非常灯だけが点いている。
九時三分。
何も起きない。
「ほら」
メバルはK-Tを見る。
「未来は変わった」
K-Tも時計を見た。
「そうだな」
その瞬間、アオノが顔を上げた。
「装置は停止してる。でも、電流値がおかしい」
「どういうこと?」
「流れていないはずなのに、出力だけが上がってる!」
床下から、青白い光が走った。
電源装置ではない。
倉庫の壁に埋め込まれた古いケーブルが、勝手に発光している。
「全員、離れろ!」
K-Tが叫ぶ。
光がステージ中央へ集まり、メバルの足元で弾けた。
メバルは動けなかった。
足元から、青白い電流が這い上がる。
「メバル!」
K-Tが走った。
「来ないで!」
「動くな!」
K-Tはメバルの肩をつかみ、彼女を引き離そうとした。
その瞬間、床下から伸びたケーブルがK-Tの腕に絡みついた。
青白い光が、彼の身体を貫く。
K-Tの背中が大きく反り返った。
「Kさん!」
焼けた匂いが倉庫に広がった。
K-Tの指が痙攣し、腕から赤い液体が流れ落ちる。皮膚の一部が裂け、白い骨のようなものが一瞬だけ覗いた。
彼の胸が激しく上下する。
「離れて!」
K-Tが叫ぶ。
「嫌!」
メバルは彼の腕をつかんだ。
「離れろ、メバル!」
「一人で死なせない!」
電流がさらに強くなった。
K-Tの身体が床から浮き、次の瞬間、ステージへ叩きつけられた。
「Kさん!」
メバルが駆け寄る。
K-Tの指先から煙が上がっている。胸元は黒く焼け、その周囲から赤い液体が滲み出していた。
「動かないで」
「……メバル」
「話さないで!」
「お前は……無事か」
「無事だから、あんたも生きて!」
K-Tは彼女の手を探した。
メバルが握る。
焼けた指が、彼女の手の中でわずかに動いた。
「未来は……変わったか」
「変わった!」
「そうか」
「だから、あんたも変わって! 生きて!」
K-Tの目が、ゆっくり閉じていく。
「……努力する」
「努力じゃなくて、約束!」
「約束……した」
その言葉を最後に、K-Tの手が落ちた。
床に、赤い雫が一滴落ちる。
それから、もう一滴。
メバルは彼の胸に耳を当てた。
鼓動は、なかった。
背後で、ガラケーが鳴った。
低い着信音が三回。
メバルは振り返らずに通話ボタンを押した。
『残念だったな』
Xの声が聞こえる。
『一分だけ未来を変えた』
メバルはK-Tの身体を抱きしめた。
「あんたが生きているってことは、未来は変わるんだ!」
『でも、今は死んでる』
「次は助ける!」
『次も死ぬ』
「何度でも!」
『何度でも、俺が殺す』
メバルの目の前に、倉庫の窓が映った。
その向こうに、赤いシルエットが立っている。
金髪。
左手にガラケー。
右腕は、肩から先がない。
Xはガラス越しに、K-Tの死体を見下ろしていた。
『次は、俺の腕がなくなった理由を教えてやる』
「待って!」
『その代わり、K-Tはもっと苦しんで死ぬ』
Xは笑った。
『これでわかっただろ? 未来は変えられねえんだ』
通話が切れる。
メバルはK-Tを抱いたまま、赤い影を睨みつけた。
「変えられる」
Xの姿は、もう消えていた。
「絶対に変える」
倉庫の時計が、午後九時四分を指した。
メバルの手の中で、K-Tのガラケーが白く光る。
次の瞬間、世界が暗転した。
コメント
1件
第3話、読み終わりました……。Xの予告がまさか一分の誤差で的中するとは。メバルがK-Tに「生きて」と叫び続けるシーン、すごく胸が締め付けられました。それでも彼女は「次は助ける」と諦めない。ラストのガラケーの発光はリセットの合図なのか——そうだとすれば、ループものの中で「世界の理」みたいなものを感じます。設定や伏線の貼り方が本当に丁寧で、続きが気になって仕方ないです!