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#恋愛
ばたっちゅ
20,092
#誓い
耀聖(ようせい)
381
第百話 あの日の真実
箱を持ったその人は、しばらく何も言わなかった。
駅の音も、遠くを走る車の音も、
なぜか全部が遠く感じる。
彼は箱を見つめた。
ずっと探していたもの。
何度も写真を見返して、
何度も知らない番号からの言葉を追いかけて、
それでも辿り着けなかったもの。
それが、今。
目の前にある。
「……それ、ずっと持ってたの?」
彼女が静かに尋ねた。
その人は小さく頷いた。
「うん」
そして、箱を二人の前に差し出した。
「返すために、ずっと待ってた」
彼は箱を受け取った。
思っていたより、ずっと軽かった。
けれど、その重さを知っているような気がした。
「……開けてもいい?」
「もう、いいよ」
蓋を開ける。
中に入っていたのは、一枚の写真。
銀色のチャーム。
そして、折りたたまれた一枚の紙だった。
写真には、事故の前日の二人が写っていた。
駅の裏。
いつものベンチ。
二人は笑っている。
その写真を見た瞬間、彼の頭の奥で何かが弾けた。
――「明日、ちゃんと渡すから」
――「約束ね」
――「うん。戻ってくる」
途切れていた記憶が、少しずつつながっていく。
彼女も写真を見つめていた。
「……これ」
「知ってる?」
「ううん。でも……覚えてる」
彼女の声が震えた。
彼は紙を開いた。
そこには、短い言葉が書かれていた。
『忘れたままでいい。
でも、生きていて。
いつか全部思い出せたら、そのときは自分の言葉で伝えて。』
彼は息を止めた。
そして、ようやく思い出した。
事故の日。
自分は誰かを追っていたわけじゃなかった。
誰かから逃げていたわけでもない。
守ろうとしていた。
青いリボンを身につけていた、その人を。
けれど、自分が戻ろうとしたとき、
別の誰かから連絡が来た。
「こっちに来て」
その言葉を信じて向かった。
そして、その途中で事故に遭った。
その後。
病院で目を覚ました自分は、
事故のことだけじゃなく、
その前の出来事まで忘れていた。
でも――
全部を失ったわけではなかった。
断片的な記憶が残っていた。
だから、自分は怖くなった。
思い出してしまえば、
また誰かを巻き込むかもしれない。
また同じことが起きるかもしれない。
だから、自分から頼んだ。
「……忘れたい」
その言葉を口にした自分を、
今の自分が初めて理解した。
忘れたかったんじゃない。
守りたかった。
その人を。
そして、自分自身を。
「……だから、あの記録に」
彼女が呟く。
彼は頷いた。
「俺が、自分で残さないように頼んだんだ」
目の前の人が、静かに口を開いた。
「そう。君は全部を忘れることを選んだわけじゃない」
「……じゃあ、あなたは?」
その問いに、その人は少しだけ笑った。
「私は、約束を守っただけ」
「ずっと、電話してたのも?」
「うん」
「写真を残したのも?」
「うん」
「俺たちを、ここまで導いたのも?」
その人は答えなかった。
代わりに、箱の中からもう一枚の紙を取り出した。
そこには、事故の翌日に書かれた言葉があった。
『思い出す日は、二人で決める。
誰かに急かされない。
誰かに止められない。
自分たちで、もう一度選ぶ。』
彼はその文字を見つめた。
長い間、自分は誰かに
答えを与えてもらおうとしていた。
写真。
メモ。
病院の記録。
知らない番号からの言葉。
でも、本当は違った。
誰かが真実を教えるために残したものじゃない。
自分たちが、
自分たちの意思で思い出すために残したものだった。
「……じゃあ」
彼は顔を上げた。
「最後に、俺が言おうとしてた言葉は?」
その人は、少しだけ視線を逸らした。
「それは、私から言うことじゃない」
「……分かった」
彼は彼女を見る。
彼女も彼を見ていた。
長い間、二人の間にあった空白。
忘れていた時間。
見つからなかった答え。
それらを全部抱えたまま、彼は口を開いた。
「俺……あの日、何を言おうとしてたんだろう」
彼女はすぐには答えなかった。
ただ、銀色のチャームを手に取った。
裏側には、あの言葉が刻まれている。
――ずっと。
彼はそれを見て、ふっと笑った。
そして、ようやく思い出した。
事故の前日。
別れる直前。
自分は言った。
「ずっと、待ってて」
でも、それだけじゃなかった。
その続きは――
ずっと探していた、最後の一言。
彼は彼女を見つめた。
「……今度は、忘れない」
その瞬間。
彼女の目から、涙が一粒だけ落ちた。
箱を持っていたその人は、
何も言わずに二人から少し離れた。
もう、必要なものは渡した。
あとは二人の言葉で、続きを選ぶだけだった。
夕方の駅に、静かな風が吹いた。
長い間止まっていた二人の時間が、
今度こそ、ゆっくり動き始めた。
コメント
3件
いやあ、第100話「あの日の真実」、すごく良かったです。ずっと引っかかっていた「忘れることを選んだ」理由が「守るため」だった——あの紙の言葉、そして最後の「今度は、忘れない」。銀のチャームの「ずっと」が全部を繋いだ感じがして、読み終わったあと静かに息をつきました。空白の時間を「自分たちで選び直す」という構造、好きです。