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今からずっと昔のこと……引き出しの奥の奥に仕舞われた薄暗い記憶が蘇る。
まだ中学生の自分が、親友と川沿いを歩いて帰る光景が途切れ途切れに現れた。繰り返し繰り返し、短い光景を何百回と見ている。
“彼”はとても優しい声で話してくれる。俺のくだらない愚痴を笑って聴いてくれる。
華奢なくせに頼りがいのある手で引っ張って、コンビニで必ず買う唐揚げを半分こしてくれる。アイスを買ってる時は夏だとか、肉まんを食べてる時は冬なんだとか、その姿で何となく季節を感じていた。
可愛らしい顔で微笑んでいることも分かる。
けど顔自体は思い出せない。モヤがかかった様に薄まって、視認できないでいた。
大切だったことだけを覚えている。後は全然だ。口癖も仕草も、何も分からない。
名前。────名前も思い出せない。
いつも大声で呼んでいたのに。あんなに大事な人だったのに、苗字も名前も思い出せない。それはどうして……。
考え抜いた末に浮上した答え。それは、俺は“彼”をわざと忘れようとしているのかもしれない。
けど忘れたいわけがない。未練がましくいつも思い出している。たった一言でいい、謝りたいんだ。「ごめん」って。そんなつもりじゃなかったんだよ、って。
彼の顔が分からないのに、頭のどこかで分かってる。彼は俺が放った一言で深く傷ついた。
絶望の一日。
あの日を境に彼は俺の前から姿を消した。どれだけ待っても学校に来なかった。卒業式も同様、何年待っても現れない。波に攫われ、沖に流され、存在ばかりが薄れていく。そして誰も彼のことを口に出さなくなった。
記憶が色褪せれば存在も消えていくんだ。
彼が消えたスクランブル交差点。
そこへ行かせてしまったのは、間違いなく俺なのに。