テラーノベル
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夜の七時。月呼と侑加は最上階にあるオーセンティックバーをイメージとした部屋を利用することにした。ここにある飲み物はすべて無料で飲み放題とのことで、数人の局員がバーテンダーのようにカウンターに立っている。そこは酒の味を楽しむことを目的とした空間に思えるが、事前のルール説明にあったとおりに提供されても完全アルコールゼロで、月呼は二十歳未満の侑加に合わせてソフトドリンクを注文した。
ふたりはバルコニーにあるテーブル席に座る。暖房のきいた室内の方が快適でも、月呼はムードを大切にしたかった。バルコニーをオレンジ色の間接照明が照らしている。昨日はプラスの印象を抱かなかった冬の海も、侑加との関係が深まると落ち着いた雰囲気のあるものに見えてきた。
「前沙さんはふだんお酒を飲むの?」
侑加がたずねる。
「家では飲まないね。飲み会で飲むくらいかな」
弟たちが全員二十歳未満なのと、両親が翌朝の仕事にひびくと言って飲酒を控えていると、家で酒をたしなむ気にならない。
「侑加くんは二十歳になったらお酒を飲みたい?」
「うーん、どうだろう。特別興味はないかな」
侑加が二十歳になったあかつきには、ふたりで酒を酌みかわすのもいいだろう。侑加が人生で最初に酒を飲む相手が自分がだったら、と月呼は考える。
「しかし、この洋館、バーみたいな部屋まであるなんて。私、この洋館がまるごと欲しい!」
そう言って、洋館の規模をあらわすように両手で大きく円を描いた。
「この洋館を?」
「うん。洋館というかこの島。でも、買い取るとなると、たとえ三億円でも足りなさそう」
二十歳を過ぎた大人にしては子どもじみた発想と思われるかな、と月呼は心配になる。
「ふーん……」
侑加はあたりをきょろきょろと見渡す。
侑加と談笑している間、月呼は一度トイレへと席を立つ。バルコニーから部屋に入ると、ここへ来た時はいなかった慶迅と依榛がいることに気がつく。ふたりは食事をしながら会話をしているようだ。
月呼がふたたび侑加のもとに戻ってすぐのことである。
「……桟明日都って童顔なんだね」
侑加が言った。
「えっ、顔を見たの? どこで?」
「ここの局員に頼んで、インターネットにある画像を見せてもらった。丸顔で目がくりくりとしている」
おそらく、ミニゲームが終わって局員のもとへ行った時に確認したのだろう。
「そう、そう。彼のプレースタイルだけじゃなく、あのかわいい顔も好きだというファンはたくさんいるね」
プロサッカー選手は容姿を売りにした職業ではないが、目鼻立ちのバランスがいい桟明日都は俳優やアイドル歌手のようだとも言われている(アイドル歌手みたいだと言われることがほとんど)。桟明日都が出場する試合は見たことがなくても、彼の顔に惹かれてファンになる女性も多い。
「身長は百七十四センチメートル」
侑加は桟明日都の身長までもおぼえたようだ。
「そうなの。一般的に低くはないけれど、プロのサッカー選手の中だと特別高くはないね」
月呼は侑加が神戸のスターに興味を持ち、調べてくれたことにありがたさをおぼえる。
「……俺の身長は高すぎたのか」
侑加が顎に手をあてて考え込む。
「えっ?」
「……桟明日都って、俺とは全然違う」
「そりゃ、違うのは当たり前じゃない? 侑加くんと桟明日都は同じ人間じゃないんだから」
「前沙さんの理想はああいう人なんだって」
侑加が落ち込んだ様子で言った。
「ぷっ! あはは! 桟明日都は理想の恋人像とか、そういう対象じゃないよ。サッカー選手としてただ好きなだけ」
月呼は声に出して笑う。
「……」
侑加は気まずそうにする。
「ここでは言えないけれど、私がなんで彼を好きなのかは、理由を聞いたら納得するよ」
背景を知らなければ、月呼はだれからの影響も受けずに自発的にサッカーとサッカー選手を好きになったのだと、侑加が思ってしまうのも無理もない。
「俺、今日、ある参加者を殴りそうになったんだ」
侑加が話題をかえて言う。その現場を目撃していた月呼はどきっとした。
「えっ、ゆ、侑加くんが人を?」
見ていたとは言えず、しらばくれるしかない。自分は演技がへただなと、月呼は自分で思う。侑加はまったく感づいていない。
「俺はそいつを殴ろうとしたけれど殴らなかった。殴れなかったんだ」
月呼にはその理由がわかっている。あの時気介が言っていとおり、人に手を出せば三億円がパアになるだからだ。
「暴力行為は失格となる。そうなると帰らないといけない。この島を出たら、前沙さんと一緒にいられなくなる。俺は前沙さんと離れるのが嫌だから、ぐっとこらえた。賞金がどうこうより、俺はそれがなにより嫌だったんだ」
「えっ――」
月呼は意表をつかれる。てっきり、自分が金銭的に損をするのが嫌でそうしなかったと思っていたのに、あの瞬間にそこまで考えていたのかと。
「元の生活に戻ったら、静かになる」
「私、おしゃべりだからね」
月呼はへらへらと笑う。
「そう思うと、すごく寂しい」
侑加はこぶしをぐっとにぎる。
「俺は自分の気持ちに気がついたんだ。前沙さんと離ればなれになるのは寂しいって」
月呼の目をまっすぐ見て言う。外の寒さを感じないほど、月呼の胸が熱くなった。
「私も。侑加くんと話せなくなるのは悲しい」
「それから、前沙さんが昨日言っていたことが頭から離れなくて」
「どの話?」
「高校時代に好きな人がいたことと、趣味の集まりで同い年の男にホテルに連れていかれそうになったっていう話」
「ああ、あれね」
昨日は自分から話しておいて、月呼は過去に恋した男たちのことなとどうでもよくなっていた。今は目の前の侑加で自分の頭はいっぱいだ、と。
「まず、その男たちのことがうらやましいって思った。一度でも前沙さんに思ってもらえたなんて」
「えー」
それは私をよく言いすぎだよ、と月呼は謙遜するように笑う。
「それと同時に、どこのだれだかわからないのに不快な存在でもある。人生の少しでも前沙さんを夢中にさせたことに」
侑加が真顔となった。
「鈴木だっけ。前沙さんがその男とホテルに行っていたらと思うと――気が狂いそうで。そうだったとしても、前沙さんはなんにも悪いことをしていないのに。俺はなんでこんなにも前沙さんの過去にこだわっているのか」
「……」
月呼は言葉が出ない。ただ、侑加が自分に執心してくれていることがうれしかった。
「胸が痛くて――俺、変だ。病気なんだろうか」
侑加は胸をおさえる。
「そ、それって……」
嫉妬、と思った。侑加は月呼が昔恋した男たちをうらみ憎んでいる。
「私も同じだよ。昨日は軽い気持ちで侑加くんに『人生で人を好きになったことはある?』って聞いたけれど、侑加くんに好きな女の子がいたとか、彼女がいたとか、そういう話を聞くのはすごく嫌だ。聞きたくない」
月呼はその感情を表現するように、耳を手で塞ぐパフォーマンスをした。
「私も侑加くんが他の女性と仲よくしていたら、なにもおもしろくないよ。だから、自分のパートナー以外は好きになってはいけないっていうこのゲームのルールに、すごく感謝しているの。そうじゃないと、女性参加者の間で侑加くんの取り合いになっちゃうよ」
侑加はそっと月呼の手を取る。
「俺は前沙さんを傷つけることは絶対にしたくない」
目を開けて最初に、侑加の寝顔が目の前にあった時。まさにあの時から、月呼は侑加に特別なものを感じていた。
こちらがいくら運命の出会いと思っても、相手にもそう思ってもらえなければ、ただの勘違いで終わる。でも、侑加も月呼に特別な感情をいだき、慕っている様子だ。月呼は目の前で奇跡の瞬間を見ているような気分となる。
「私も自分の発言で訂正したいことがあるの」
「なに?」
「ホットケーキ、毎日食べたら飽きるって言ったけれど、侑加くんが食べたいのなら、私が侑加くんのために五千兆枚でも作りたい!」
それはゲーム期間中では到底作れない枚数で、一生をかけても到達しそうにない枚数だ。それくらい侑加とはそんな日々をくり返したいという意味である。
「残さず全部食べるよ」
侑加が月呼の目を見て、並びのいい歯を見せて笑う。
月呼が『棚原前沙』でないように、侑加も『仙敷侑加』ではない。だったら、本当はなんと言う名前なのか。
彼は何者なのか。大学生なのか、そうでないのか。この島に来るまでは、どんな生活を送っていたのか。十九年間の人生はどういうものだったのか。月呼は実際の侑加のことが知りたくてたまらなくなる。そして、それを知ることは、三億円より価値のあるものに感じていたのだった。
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コメント
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第27話、読み終えました。バーみたいな部屋での語らいが甘くて、特に侑加くんの「前沙さんと離れたくないから殴らなかった」っていう告白には胸が熱くなりましたね。嫉妬や執着がお互いに芽生えていく描写が丁寧で、三億円より「本当の侑加を知ること」のほうが価値があると月呼が感じるラスト、すごく素敵でした。